第二十七話 習得
「なに、魔法というのはな、実はそんなに難しいものではないのじゃ」
ハウオウルは、先程の厳しい顔から打って変わっていつもの優しい笑顔になった。そして、懐から紙の束を取り出し、俺に差し出した。
「ここにな、魔法の詠唱を書いておいた。それを声に出して言いながら、頭の中でイメージしてみるのじゃ」
俺は渡された紙をめくってみる。そこには、とてもきれいな字で書かれた文字が羅列していた。俺は火魔法LV1と書かれた個所を、声を出して読んでみる。
「天上の神よ……」
「ああ、待て待て。火魔法は人差し指を出して詠唱するのじゃ」
ハウオウルは、まるで子供をあやすかのような優しい声で諭す。確かにクレイリーファラーズが以前そんなことを言っていたなと思いながら、俺は人差し指を出して、再び詠唱を開始する。
「天上の神よ、我が人差し指に、一抹の炎を授け給え……あれ?」
イメージでは指から炎が立ち上る予定だったのだが、実際は何も起こらない。おかしい。土魔法はイメージしたものを掌から出そうと頭の中で描くと、その通りのものがでてくるのだが……。火魔法の適性がないからだろうか。その様子をハウオウルは、にこやかに眺めている。
「ホッホッホ。詠唱しただけでは発動せぬな。まずは心を落ち着けて、体の力を抜くのじゃ。そして、指先に小さな炎が出るようにイメージしながら詠唱してみるのじゃ。ほれ、一緒に外で昼寝をしたじゃろう? あの心地よさを思い出してみぃ」
なるほどと、俺は目を閉じて、昼寝をしていた場面を思い出してみる。心地いい風……その風が運んでくる緑と土のにおい。燦々と降り注ぐ太陽の光……、クレイリーファラーズは……いらない。ああ、平和だな……。
そんなことを考えつつ、俺は人差し指に意識を集中する。小さな火、小さな火が出る……。
「天上の神よ、我が人差し指に、一抹の炎を……」
ボンッ!
気が付くと人差し指に、ちょっと大き目の火の玉ができていた。
「うおおお! できた~」
「ホッホッホ」
喜ぶ俺を、ハウオウルは笑顔で眺めている。俺は何度も炎を出しては消し、出しては消しを繰り返す。そして、カマドの前に立ち、その中に魔法で出した炎を入れる。一度目はすぐに消えてしまったが、何度か試すうちに、炎を消さずにカマドの中に燃やし続けることができるようになった。
「うおお! これで火をつける手間が省ける!」
本当に大満足だった。今まで、なかなか火をつけるのには、苦労をしていたのだ。これで料理がしやすくなるし、冬場の寒さから逃れることが出来るだろう。俺は心の底から湧き上がる喜びに打ち震えていた。
その後、ハウオウルは、俺に水魔法を教えてくれた。これもコツは火魔法と同じだが、氷を出すときに素早く水を凍らせなければならず、これがうまくタイミングを掴むことができなかった。通常は水を出すことができれば、割合簡単に氷を出すことができるらしいが、俺は何と3時間もかかってやっと氷を出すことができるようになった。その間、ハウオウルはあきらめずに何度も何度もそのコツを教え続けてくれたのだった。
「さて、もう日も暮れるな。火魔法と水魔法の基本はこれで終わりじゃ。あとは詠唱の内容をよく理解しながらLVを上げていきなされ。一応、LV3までの詠唱を書いておいた。それ以上になると、詠唱が膨大になるうえに、魔力を練るという作業が必要になる。それは長い修行がいるでの。まあ、ご領主が魔導士や大魔導士を目指すというのであれば別じゃが、そこまでの魔法は必要なかろう?」
彼はカッカッカと笑う。
「さて、そろそろ日も暮れる。儂は宿に帰るとしようかの。あと一週間はこの村にいる予定にしておるから、わからぬことがあれば、いつでも呼んでくだされ」
「え? 先生は村を出られるのですか?」
「ホッホッホ、儂はこれでも冒険者じゃ。世界中を歩いておるのじゃ。ひと所に住むのは性に合わぬでな」
「……そうですか。もし、気が向いたらで結構ですので、一年に一度は、この村に戻ってきてもらえませんか?」
彼は一瞬目を見開いたが、再び柔和な顔に戻って、口を開く。
「ホホホホホ。珍しいことを言うご領主さまじゃな」
「お礼がしたいのです」
「お礼ぃ!?」
「ええ。まさかこれだけ短期間で火魔法と水魔法が覚えられるとは思いませんでした。ご迷惑かもしれませんが、俺がこの村の領主でいる間は、先生の食事と住居は面倒を見させてもらいたいのです」
「ホホホホホ、そのような話はいろんな国でよくいただくのじゃがな、儂は……」
「気が向いたら、で結構です」
「気が向いたら、か。ええのう、それは」
「俺も、強制されるのはキライなので」
「ウフフフフ。ご領主とは、話が合いそうじゃ」
彼は微笑みを湛えながら、屋敷を後にしようとする。そのとき、ふと足を止め、再び俺の許に戻ってきた。
「そうじゃ、生活魔法を教えておこうかの」
「生活魔法?」
「ライトとクリーンじゃな。ライトはその名の通り光を出せる。クリーンは浄化じゃ。消毒してくれたり、少しくらいの汚れを取ってくれたりする」
「おお、是非お願いします」
ハウオウルは見本を見せると言って、ライトを出し、クリーンの魔法をかけてくれた。それを見ながら俺は何度か練習をしてみると、意外にそれらはすぐにマスターすることができた。
「これで生活が色んな意味で楽になりますね! ありがとうございます!」
大喜びする俺を満足そうに眺めながら、ハウオウルは宿に帰っていった。俺は覚えたての生活魔法でライトを出して部屋を明るくする。そして、火魔法でカマドに火をつける。
「おおっ! なんて便利なんだ! さて、今日は何を作ろうかな~」
俺は腕まくりをしながら、キッチンに立つ。そのとき、裏庭に通じる勝手口が勢いよく開いき、クレイリーファラーズが飛び込んできた。
「姿を見ないなと思っていたら……どこ行っていたんですか?」
「ちょっと来てください!」
「え?」
「裏庭が……大変なことになっています!」
「ちょっとちょっと!」
俺はクレイリーファラーズに腕を掴まれ、無理やり裏庭に連れて行かれた。




