第二百五十三話 ドラゴンの生態
「しっ、死ぬってどういうことですか?」
あまりにも予想外の話に、俺は戸惑いを隠せない。アルマイトはやさしげな笑みを浮かべながら、諭すように話しかけてくる。
「大丈夫です。死なないようにする方法はあります」
「そもそも、何で死ぬなんて……」
「わかりやすく言えば、栄養が不足して死んでしまうのです」
「え……栄養?」
「この仔竜……ワオンちゃんは、いきなり環境が変わったでしょう? この王都まで旅をしていた日数も考えると、お屋敷を出てから数日間、このワオンちゃんは、あまり食事を摂っていないのではないですか?」
「ええ? ……そうですかね?」
「普段、ワオンちゃんは何を食べていましたか?」
「ええと……」
ワオンの食事を思い出してみる。朝食はパンにオムレツ、ソメスの実かタンラの実。昼食は、セルフィンさんのお弁当か、肉料理など。夜は……その時々によって違うが、肉料理が多かった気がする。
話を聞いたアルマイトは、大きく頷いた。
「なるほど。それでは、旅の途中や王都での食事はいかがでしょうか?」
「肉料理か、野菜が多かった気がします」
「仔竜に最も必要なものは、卵です」
「そうなのですか?」
「毎日食べられればそれに越したことはありませんが、それでも、三日に一度は卵を食べさせなければなりません。ただでさえ、普段とは環境が違っていますので、食事量は減っているはずです。そこにきて、卵が食べられないとなると、急速に栄養不足状態に陥ります。そうなると、仔竜は突然倒れたり、下手をすると死んでしまったりすることがあります」
「そ……そうなのですか? 元気そうに見えますけれど……。うわっ!」
気が付けば、アルマイトの顔が至近距離にあった。思わずのけぞるようにしてその場を飛びのく。
「そこなのです! ドラゴンは強い生き物というイメージがあるために、仔竜であっても、すぐに弱ることがないだろうと人は考えがちなのです。しかし、仔竜はとてもデリケートな生き物です。人間とそう変わりません。ただでさえ、親許から無理やり引き離されて、生まれたところとは全く異なる環境に置かれているのです。その負担は想像しているよりもはるかに重いものです」
「は……はい……」
「仔竜だけでなく、ドラゴンは総じて病の兆候が出にくい傾向があります。様子がおかしいなと思ったときにはすでに手遅れとなっていることが多いのです」
アルマイトは、ドラゴンの首が置かれている机の許に歩いて行く。そして、引き出しから何かを取り出して、再び俺の許に戻ってきた。
「毎朝、これを食べさせてください」
彼の掌には、小さな、深緑色の丸薬が数個乗っていた。
「この一粒で、およそ鶏の卵五つ分の栄養が含まれていますので、栄養不足とはならないと思います」
「たっ、食べますかね……」
「試してみましょうか?」
アルマイトは左手で丸薬をつまむと、ワオンの鼻先にそれを持っていった。彼女は、スンスンと鼻を鳴らしていたが、やがて、大きな口を開けたかと思うと、アルマイトはそこに丸薬を放り込んだ。
「ほら、食べたでしょう」
「ワオン……美味いか?」
「んきゅきゅ~」
あまり美味しくはなさそうだ。この仔が美味しいものを食べたときは、尻尾をブンブン振るのだ。だが、今、尻尾はだらりと垂れたままだ。
「掌に薬を置いて食べさせてもいいですし、食べなければ、さっきのように、薬を鼻先にもっていって匂いを嗅がせてください。そうすれば、食べるでしょう」
「あっ、ありがとうございます。それにしても、よくご存じですね。さすがは、竜医を名乗るだけありますね」
「いえいえ。そんな……。ここまで知識を習得するのに、多くの仔竜が亡くなりました。凄まじい数のドラゴンの命の上に、今の私があるのです」
彼は寂しそうな表情を浮かべながら、遠くに視線を向けた。どうやら、俺にはうかがい知れない悲しい過去がありそうだ。
「このドラゴンは、何というドラゴンですか?」
突然、クレイリーファラーズの声が聞こえた。彼女は机の上に載っているドラゴンの首を興味深そうに眺めている。やめなさいよ。今はそんな話をする雰囲気じゃないでしょうが。
俺は手で彼女を制するが、アルマイトは机に近づくと、クレイリーファラーズに向かって口を開いた。
「これはアッシェルドラゴンです」
「アッシェルドラゴンというと、水の中で生息しているという……?」
「よくご存じで。大きな湖の底で暮らしているドラゴンです」
「どうして、首だけになっているのです?」
「首だけが湖のほとりに打ち上げられていたのです。これが、人の手によるものか、ドラゴンや別の魔物の仕業かを調べているところです」
「ちなみに……これが調べ終わったら、この首はどうなるのですか?」
「すべて解体されて、必要なもの以外は、ギルドに売ることになります」
「例えば、捨てるところなどは……」
「ありません。ドラゴンのものは何でも……たとえ、骨の一本、血の一滴でも、用途がありますから」
「ちぇっ、なーんだ」
小さい声で呟いているけれど、聞こえちゃってるよ。頼むから、事を荒立てないでくれよ……。




