第二十四話 クエスト
「魔法ぉ?」
ハンモックに揺られながら、眠そうな目を俺に向けながら、クレイリーファラーズは面倒くさそうに口を開く。
「ええ。火魔法を覚えたいんです」
「どうして火魔法なのですか?」
「いや、料理をするときに、いつも火を起こすのが面倒くさいんですよ。冬の間は暖炉に火がいつもあったのでよかったのですが、今は常に火があるわけではないので、必要になったときにその都度火を起さなきゃいけないんですよ。ディガロを使ってもいいのですけれど、あれだと威力がありすぎるのですよ。確か、火魔法って、魔力ですぐに火を起こせますよね? そんなにレベルの高いものでなくていいので覚えたいんですよ。今後の役にも立つと思うので」
「そうですね。がんばってください」
「いや、どう頑張ったらいいのかがわからないので、聞いているんですが?」
「火魔法ねぇ……。どうだったかしら……ふぁぁぁぁ」
この野郎、大あくびをぶっこいてやがる……。最近ではまさしく、食っちゃ寝の生活を送っている。別にメシを作るわけでもなく、掃除をするわけでもなく、上げ膳据え膳の生活になりつつある。これはいけない。今後のこともあるので、俺は意を決して、彼女に小言を言おうと口を開いた。
「わかりました。自分で何とかします。あなたがそういう態度なら仕方がありませんね。では今後は、一切おやつは作りませんので。……どうしました? そんな目を見開いてもダメです。だってそうでしょう? 世の中ギブ・アンド・テイクじゃないですか。……わかりませんか? 持ちつ持たれつというのが基本だと思うのですよ。助けてもくれない人に、どうして俺がおやつを作らなきゃいけないんですか。欲しければ自分で作ってください? ほら、ヴァーロがあるでしょう? お腹がすいたら、あれを食べておけばいいじゃないですか。はい、ご苦労様です。さて、今日は、サツマイモの白煮でも作りましょうかね……。何です? 腕つかまないでください。離していただけますか? は、な、し、て、く、だ、さ、い」
「……ごめんなさい」
「なに? 何だって?」
「ごめんなさい!」
そこまで言うと、彼女はものすごい速さで起き上がり、ハンモックの上で正座をする。これは……? 反省しているつもりなのだろうか? 相変わらずのジト目で俺をじっと睨んでいる。
「で、火魔法を覚えるのはどうすれば?」
「まあ、一番手っ取り早いのは、魔法使いに教えてもらうことですね」
「その魔法使いはどこに?」
「ギルドがありますでしょ? そこにクエストを出すのです」
「クエストぉ?」
「この村の領主に、火魔法LV1を取得させる……みたいな依頼を出すのです。それを見た冒険者の中で、火魔法が使える人がいれば、その依頼を受けてくれる人がいるかもしれません」
「ほう、なるほど」
「まあ、この村は平和ですし、魔物もそんなに強くないですから、高ランクの冒険者はめったにやっては来ないのですが、それなりに魔法が使える人はいるでしょう。気長に待つつもりで、依頼を出してみてはいかがですか?」
「わかりました。そうしましょうか」
「ちゃんと教えましたよね? ですから、オヤツ、作ってくださいね!」
「……わかりました。今日のところは作りましょう。では、ギルドへの依頼、お願いしますね」
「どうして私が!?」
「ほら、俺、ここの領主ですよ? 領主自らがギルドに行って、おおそれながら、僕ちゃんの家庭教師を募集しておりまして、どなたか来ていただけませんか……って言うのって、何か違う、って感じしませんか? いや、俺はいいんですよ? でも、ギルド側からはどう思いますかね? あそこのお宅には確か、クレイリー何とかさんという方がおいででしたよね? あの方は何をしているのでしょうか? なんて思われませんかね? それが村中に広まって、あの人は……みたいなねぇ? そんな噂が立たないかなーと心配したのですよ。いや、それでもいい、問題ない。ドンと来い……というのであれば、全然いいのです。俺が行きます。ええ、行かせていただきますとも。ただ、ギルドに行くのは初めてなので、いろいろと手続きについて時間がかかるかもしれませんね。と、いうことは、俺が帰ってくるまで必然的にオヤツはお預けになりますが……」
「もういいです! 私が行きます!」
「すみませんね。よろしくお願いします。あ、クレイリーファラーズさんが帰ってこられたら、オヤツが食べられるようにしておきますね。今日は多めに作りますね」
彼女は無言で出かける準備をしている。そして、いそいそと屋敷の玄関に向かって行ったが、ピタリと足を止め、クルリと振り返る。
「あなた、女性にモテないでしょ!」
「は?」
「女性は、優しい男性が好きなのです! あなたは少し、女性の扱い方を覚えたほうがいいですよ!」
「その、怒った顔、世界で一番かわいいですよ」
「はっ!? いっ……行ってきます」
クレイリーファラーズは顔を真っ赤にしながら、いそいそと屋敷を出ていった。
彼女は、それから30分もしないうちに帰ってきた。機嫌は既に直っていた。その様子にちょっとした不気味さを感じたが、特に何も言わず、サツマイモの白煮を二人でおいしく食べた。ちなみに、多めに用意したサツマイモの大半は、彼女の胃袋に収まったことは言うまでもない。




