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第百八十九話  何かがおかしい?

「……!?」


キョロキョロと周囲を見廻しているのは、ヴァシュロンだった。目の前にはいつもの、避難所の光景が広がっている。と、いうより、ここは最早避難所という名前に違和感を覚えるほどに発達した、一つの街になっていた。


彼女の目の前には、農夫や冒険者、商人と言った多種多様な人々が行き交っている。その中には顔見知りもいるが、中には全く知らない人もいる。つい最近まで、知った顔ばかりだったこの場所も、外から様々な人がやって来ているのだろう。初めて見る顔も多くなった。


そんなことを考えながら、彼女は首をかしげる。何とはなく……。言葉では説明できないが、いつもとは違う違和感があるのだ。これはここ最近ずっと感じていたことだ。


「どうされましたか?」


声をかけてきたのは、ウォーリアだ。彼はいつもと同じにこやかな笑みを浮かべながら、恭しく一礼する。


「いえ、なんでもないわ。ここももう、街みたいになってきたわね」


「そうですね……。最初、こちらに参ったときの様子が、嘘のようです」


そう言って彼は、ゆっくりと街を見渡す。


「また是非、私の店においで下さい」


「そうね。また、お願いしに行こうかしら」


「いつでもお越しください!」


そう言って彼は、再び丁寧に一礼をして、自分の店のある方向に足を向けた。


「さて、姫様。参りましょうか」


穏やかな声で話しかけてくるのは、パルテックだ。彼女はゆっくりと頷いて、彼女と共に、領主の館に向かって歩き出した。


◆ ◆ ◆


「キュイっ、キュイッ、キュイッ」


領主屋敷に着くと、庭の方向から何やら鳴き声が聞こえる。きっとこれはワオンの声だろう。そんなことを考えながら庭を覗くと、そこには水浴びをしているワオンの姿があった。


テーブルの上に水を張った盥を置き、その中でワオンが水浴びをしている。彼女は全身を泡だらけにしながら、尻もちをつくような格好で座っている。両手は天に向かって挙げられていて、まるで、バンザイをするような姿勢になっている。


「ああ、まだ手が届かないんだな」


そんなワオンを愛おしそうにノスヤとレークが眺めている。いつもいるクレ……何とかという女性はいないようだ。


「何をしているのよ?」


「やあ、おはよう。いや、ワオンを水浴びさせていたら、俺のマネをして、体を洗おうとしているんだ」


「あなたのマネ?」


ヴァシュロンは首をかしげる。体中を泡だらけにしているのだろうか? 通常は布を湿らせて、それで体を拭くものだ。その後、クリーンの魔法をかければ、十分きれいになるのだ。頭は確かに湯をかけて洗うが、体を泡だらけにするというのは、彼女には理解ができなかった。


「ハハハ、ワオン。手が届かないな。洗ってあげるよ」


「きゅっきゅっきゅ~」


わしゃわしゃとノスヤがワオンの頭を洗っている。彼女は気持ちよさそうな表情を浮かべながら、その身を任せている。


「考えてみれば、不思議ね」


「うん?」


「だって、ワオンはドラゴンよ? ドラゴンが人間に体を洗わせるなんて、おそらく前代未聞だわ」


「そうかな?」


ノスヤはそう言いながら、ワオンの頭に水をかけて泡を洗い落とす。


「うわっ!」

「きゃっ!」


ワオンが体を震わせた瞬間、水しぶきが飛んできた。ノスヤは顔についた水滴を腕で拭いながら、傍らにあったタオルでワオンを包み、体を拭いてやる。ヴァシュロンも顔に付いた水滴をハンカチで拭いながら、その様子を眺めている。


「最近感じている違和感は、これかしら?」


「ヴぇっ!?」


ノスヤが驚いたような表情でヴァシュロンを眺めている。


「最近、何だかいつもと違うって感じがしていたんだけれど、もしかすると、あなたの振る舞いが、私が当たり前だと思っていることと違うことが多いからなのかしら?」


「そ……そんなことは、ない、と、思う、よ?」


「そうかしら?」


「そうだよ、きっと……うわっ!」


気が付けば、ノスヤの顔のすぐ近くに、ヴァシュロンの顔があった。鼻がくっつくのではないかと思うほど、彼女の顔が近くにあった。彼女の鼻息が顔にかかる……。


「何か、企んでない?」


「な……何を企むのさ?」


「何か、最近、おかしいのよ」


「ううう……」


「隠していることがあるなら、言ってちょうだい。隠し事は嫌いなのよ」


「えっと……」


「……言いなさいよ」


「う、う、う……実は……その……」


「あなた、男らしくないわね! 私に隠れてコソコソと何をするつもりかしら? 男なら、正々堂々としなさいよ!」


「わかった、わかったよ。実は、君に内緒で、ずっとダンスの練習をしていたんだ」


「はあ?」


「その……毎日、パルテックさんにお願いして……」


「夕方になるといつも出掛けていたのは、そのためだったの!?」


ヴァシュロンは振り向きながらパルテックに声をかける。彼女は少し苦笑いを浮かべながら、恭しく頭を下げる。


「呆れた。私に怒られたからって、何もパルテックを呼びだして練習する必要なんてないわ! パルテックはもう、老女なのよ? どうして私に頼まないのよ!」


「姫様! 老女とは聞き捨てなりません! このパルテック、まだまだ若い者には負けませんよ」


ヴァシュロンは腕を組みながら、ノスヤとパルテックを眺めている。しばらくすると彼女はフッと息を吐き、呆れたような表情を浮かべながら口を開いた。


「まあ、いいわ。昼食が終わったら練習をしましょう。今日はみっちり相手をしてあげるわ」


その様子を見ながらノスヤは、ゆっくりと息を吐き出すのだった……。

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