第百七十九話 さらに丸投げ
その三日後、俺はヴァシュロンと共にシーズの前に座っていた。彼は三日前に現れた同じ時間に屋敷にやって来た。相当、時間については厳格に守る人のようだ。
そのシーズは、先程から何も言わずに、俺たちが提出した警備計画を睨んでいる。無表情ではあるが、その雰囲気からは、どうやらお眼鏡にかなうものではなかったらしい。体中からダルそうな雰囲気が溢れている。何ともイヤな感じだ。
一方、隣に座るヴァシュロンは、顎をクイッと上げた状態で、シーズを睨んでいる。その雰囲気は自信満々で、どないや、驚いたやろ? ウチらが本気出したら、こんだけのもんを作れるんやでぇ~といった感じがありありと伝わってくる。シーズのこの雰囲気を前に、よくそんな態度が取れるものだ。この人には、恐怖感というものはないのだろうか? 彼女の様子を横目で見ながら俺は、こりゃ、色んな意味で大変なことになりそうだと思いながら、じっと顔を伏せる。
「で、どうなのよ?」
ヴァシュロンが沈黙を破るようにして口を開く。シーズはゆっくりと顔を上げ、大きなため息をつく。
「これは……到底受け入れることはできませんね」
「あら、そう。それは残念ね」
「こんな警備計画では、我々は責任を取れません」
「何の話かしら? 責任? 別にあなたに責任を取れなんて言っていないわよ」
「ヴァシュロン嬢、言うまでもないことですが、今回の会談における責任はすべて、我々が負うのです。この警備計画では我々は、その責任を負いかねます」
「まあ、それならば仕方がないわね。私は、これが一番いいと思っているけれども、あなたが出来ないというのであれば、仕方がないわね」
イヤにあっさり引き下がるんだなと思いながら、俺はゆっくりと顔を上げる。俺がヴァシュロンと話し合いながら決めた警備計画は、ざっとこんなものだ。
・鎧兜を装備した兵士たちは、基本的に目立たないところで隠れて待機する。
・要人たちの周囲には、村の女性たちを配置して、ソフトな印象を演出する。
・身辺警護には、村人の中から腕の立つ女性を配置する。
・兵士たちは村の外を中心に警備する。会談が行われる館には、楽器のできるものを配置して、音楽が流せるように配慮する。
・帝国側の使者が乗った馬車は、できるだけゆっくりと村の中を走らせる。
「この計画ではまず、兵士を連れてきた意味がありません。彼らは言わば盾の役割を果たすのです。何かコトが起こったとき、その身を捨てて要人を守るのです。それを……女性を配置するなど、本末転倒もいいところです」
「……」
「それに、音楽などはいりません。会談の耳障りです。最後の帝国の使者が乗った馬車をゆっくり走らせる案については、悪くはないと思いますが、これでは襲ってくださいと言っているようなものです。このような穴だらけの警備計画では、とても受け入れることはできませんね」
そう言ってシーズは再び大きなため息をついた。そして、ゆっくりと視線を俺に向ける。
「そういうことだ、ノスヤ。やはりこの村の警備については、当初、私が提案した通りで実施することにする。いいな?」
「ええと……」
俺の態度が煮え切らないものに見えたのか、シーズは再び大きなため息をついた。俺は俺で、頭の中で色々と考えているのだ。
「あなたの案では、私も責任を取れないです」
思わず俺はそんな言葉を言い放っていた。シーズが驚いたような表情で俺を見ている。隣のヴァシュロンも目を丸くして俺を見ている。やっちまったとは思ったが、ここのまま終わらせてくれるシーズではない。俺は小さく息を吐いてちょっと気合を入れて、覚悟を決めて口を開く。
「あなたの案では、警備が成功しても、村の運営が上手くいかなくなります。両国の平和は大切ですが、俺にとってはここの村人たちの生活も大切です。言われている意味はわからなくもないですが、互いが互いの主張をするだけでは、解決には至らないと思うのですよ。互いの妥協点を探ることはできないですかね?」
そのとき、パチパチパチと手を叩く音がする。ヴァシュロンだ。
「ご領主様の言う通りだわ。そうよ。お互いがお互いのことを主張し合っていては、解決はできないわ。お互いが歩み寄らないと。もしかしてあなたたちは、帝国との話し合いも、こんな感じで進めようとしているのかしら? それでは、上手くいくものも、上手くいかないと思うわ。私は、あなたはそんな愚かなことはしないと思っているわ。だから、今こそあなたの腕を見せて欲しいのよ」
彼女の言葉に、シーズの表情がどんどんと険しくなる。この小娘、言わせておけば勝手なことを言いやがって……などと思っているに違いない。
何か言ってくるかと思ったが、シーズは険しい表情のまま、何も言わなくなってしまった。その雰囲気からは、どうやら俺たちの案を受け入れる気はないように見えた。
「どうして何も言わないのよ? 私たちの案との間に、歩み寄る気はあるの? ないの?」
シーズは腕を組んだまま何も答えない。
「返事がないなら仕方がないわ。あなたに話をしても無駄ということなのかしら。じゃあ、仕方がないわね」
「仕方がないって……どうするつもりだ?」
驚く俺に、彼女は真っすぐな瞳を向けながら、毅然として言い放った。
「この国の宰相である、メゾ・クレール様に、直接、私たちの案を聞いてもらうわ」
その声に、シーズの目が見開かれた……。




