第百五十六話 帝国の意図
リリレイス王国でシマタ病の感染が確認されたのは、二ヶ所だけだったそうだ。ただ、その場所が問題で、感染が確認されたのはいずれも、昨年数少ない豊作だった村で起こっていた。インダーク帝国の狙いは、我が国を日干し(干乾し)にすることであることであり、さらには、収穫時期を待って侵攻することで、国民の多くを手なづけることができると考えているらしい。と言うのも、今年は昨年を上回る凶作になる可能性が高い。そうなれば、確実に民は飢える。そこに大量の食料と共に侵攻すれば、この国の民は簡単にインダークに靡くだろう……。そういう算段があるのだ……そんな内容を認めた手紙を、シーズが寄こしてきたのは、つい三日前のことだ。俺は改めてその手紙を読みながら一人、物思いにふける。
どうやらインダークは本気でこの国を攻めたいらしい。ここまで国を疲弊させておいて、一体何の得があると言うのだろうか。ただ、戦略的には見事だと思う。大規模な兵糧攻めを行い、それが上手くいっているのだから。この作戦を考えついたヤツは相当に頭がいいと思う。と、同時に、性格の悪さも一級品だとも思う。
「……ただいま」
そんなことを考えていると、クレイリーファラーズが屋敷に戻ってきた。彼女は捕らえられているデオルドのところに行き、その様子を見てきたのだった。俺が尋問したときには、あれほど頑なに喋らなかった彼だが、今は素直に質問に答えているのだという。おそらく彼は嘘は言っていないだろうとクレイリーファラーズは言う。その言葉を信じるならば、どうやら帝国の狙いは、この村であるようなのだ。
ちなみに、デオルドの尋問は、ウォーリアとサポスが担当している。ちょうど、シーズの手紙を携えてやって来たとき、彼が話を聞いてみようと言い出したのだ。ガチムチのオネエに、果たして心を開くのかと不安になったが、案ずるより産むがやすしのことわざ通り、デオルドはすぐに心を開いて打ち解けたのだと言う。そこからデオルドは、聞かれたことに対して、何でもしゃべるようになった。
「あの筋肉ヒゲダルマ、なかなかですよ」
サポスは、その風貌に似合わず、あのクレイリーファラーズでさえ感心するコミュ力の持ち主らしい。彼曰く、自分自身のことを理解してくれていると相手が思わなければ、なかなか口を割るものではないのだと言う。彼が実際に行った手法は、ただひたすらにデオルドの苦労をねぎらいながら、「わかるわぁ」「大変だったわね」という言葉を投げかけていたのだそうだ。すると、デオルドの目から涙が溢れ、号泣したのだと言う。彼が喋るようになったのは、それからなのだそうだ。
「筋肉ヒゲダルマが言うには、信頼関係がなければ、会話は成り立たないのだそうです。それがない中では人は絶対本心を語らないと言っていました」
「なるほど……」
俺は思わず頷く。信頼関係……。俺が村人たちとの間で大切にしたいと思っていた事柄だが、そこには、相手のことを理解するだけでなく、相手が理解してもらっているという思いがないとダメだとサポスは言うのだ。その言葉を聞いて俺は、果たして村人たちが、自分は領主に理解してもらっていると思ってくれているかと考える。
人は見かけによらないとは言うが、まさかあの迫力満点の兵士から、こんな勉強になることを教わるとは思わなかった。きっと彼はこれまでの人生の中で、相当の苦労をしてきたのだろう。
「まあ、ああいった方は基本的に優しいですからね。他の男性もあんな優しさを持てれば、私ももっとガツガツいけますのに……」
え? まさか、自分が草食系だと言うのだろうか? 神様、この天巫女は嘘を言っています。舌を抜いてください……。ってあれは閻魔大王か。閻魔大王って神様か?
そんな下らない事を考えていると、クレイリーファラーズが再び口を開く。
「デオルドさんの話では、インダークはこの村を支配することで、神の加護を受けている国であると、世界に吹聴したいみたいですね」
「……何じゃそら?」
「昨年の農薬も、元々はこの村を壊滅させることが狙いだったようです。あのタンラの木を枯れさせることが目的で、他の村々が受け入れてくれるかどうかは正直、どっちでもよかったみたいですが、帝国の予想に反して他の村々がこぞってあの農薬を購入して畑に撒いたおかげで、この国全体がメチャメチャになるという予想外の結果を生んでいるというわけです」
「で、次はこの村を力づくで侵攻しようと……?」
「どうも帝国は、何らかの権威が欲しいと思っているみたいですね。今は逆に、神の加護を受けていると言う権威が欲しくてたまらない……。そのために、細心の注意を払って、戦略を実行している……そんな感じみたいです」
「くっ……くだらねぇ……」
俺は心底から呆れていた。そんなものを手に入れたところで、何の得があると言うのだろうか。そんなもののために、どれほど多くの人が傷つき、人生が変わってしまったのか……。俺の心の中で、沸々とした怒りが込み上げてきた。
「本当に下らないと思います。ただ、帝国の意図がこんなにくだらないことだとこの村人たちに知れると、ちょっと面倒なことになるかもしれませんね」
「面倒なこと?」
「ヴァシュロンさんは帝国の方でしょ? それも、帝国軍の総司令官の娘です。下手をすると、彼女が辛い立場に置かれることになるかもしれませんね……」
クレイリーファラーズの言葉が俺の胸に突き刺さった。そう言えば、今日は彼女の姿を見ていない。俺は何となく、彼女のことが心配になった……。
お盆休みに入るため、次話は8/16に投稿予定です




