第百四十九話 怒りの矛先
クレイリーファラーズがものすごい剣幕で怒鳴っている。怖い……。ただのポンコツ天巫女だと思っていたが、さっきといい、今といい、いつもの彼女ではない。その表情はまるで般若のようだ。
その迫力に圧倒されているのか、能弁であるはずのヴァシュロンが黙りこくっている。その隣で、パルテックも俯いたまま黙ったままだ。
俺の帰宅に気付いたクレイリーファラーズは視線だけを俺に向け、再び目の前に座る二人に視線を向けた。
「あの……一体どうしたのですか?」
遠慮がちに彼女に尋ねてみる。そこまで怒っている理由がわからないし、それほど大惨事になるのであれば、領主として聞いておかねばならない。
「こんなことって……絶対許されないわ!」
プリプリと怒りをぶちまける彼女に、もう少し詳しく説明してくれと促す。
「これを見てください! シマタ病にかかっている木です! まさか、こんなものを持ち込んでくるなんて……」
「あの……そのシマタ病とは……?」
クレイリーファラーズ曰く、シマタ病とは、木を腐らせる病気なのだそうだ。森の木はもちろん、ソメスの木などの果実が実る木などにも感染するらしい。この病気にかかった木はまず、全体に苔のようなものが生える。そしてそれは日が経つにつれて紫色に変色していく。最終的に、シマタ病に侵された木は、バラバラになって崩れ落ちるらしい。そのとき、その木に生えていた紫色の苔が、煙のようになって放出される。それこそがシマタ病の元となる胞子であり、それらは周囲の木に寄生して、さらに木を腐らせるのだそうだ。つまり、この病気を放っておくと、周辺の木々に甚大な被害を及ぼす。下手をすると、その国の木が滅んでしまう可能性すらあるのだ。
「インダークは人の心というものがないのですか!? こんなものをこの村に持ち込んだら、森が枯れてしまいます。それだけじゃありません。この村のソメスの木やタンラの木も枯れるでしょう。リンゴなどの甘い果実が実る木も枯れてしまいます。そうなれば食後のデザートがなくなるのですよ? あり得ない。そんなこと、あり得ないでしょ!?」
……怒りの矛先が少しずれている気がするのは、俺の気のせいだろうか? そんなことを思いながら、俺は考える。今聞いた話が本当であるならば、これはものすごい攻撃を仕掛けられてきていることになる。幸い、村人たちの奔走のお蔭で、この村にはシマタ病に侵されている木は見つけることはできなかった。布袋にそれらの木がいくつか入っていたところを見ると、どうやら彼らは、シマタ病に侵された木をバラ撒く直前であったようだ。これは、ワオンのお手柄であったと言っていい。
詳しく話を聞くと、胞子が飛散する直前になると、木が甘い香りを出すらしく、おそらくワオンはその香りに気づいたために、深夜にもかかわらず起き出して、屋敷の外に出ていったようだ。
そのとき、俺の中で一つの疑問が浮かび上がった。
「ちょっと待て。この村にシマタ病を感染させたとして、インダークも無傷では済まないのではないですか? この村はインダークと国境を接していますから、この村がシマタ病に侵されると、インダークの森にも感染するのではないですか?」
「そう思うでしょ? ですが、敵もバカじゃないのですよ。この時期は東に向かって風が吹いています。ですから、今の時期にこの村に感染させておけば、自然と国中に広がるように計算されているのですよ。そして、季節が変わる頃には、この村の森林は死に絶えています」
「……そんなことをすれば、侵攻してきても国を維持していくのが難しいでしょうに」
「知りませんよ、そんなことまでは。何か、そんな環境でもどうにかなる方法があるのか、単にこのリリレイス王国を崩壊させるだけが目的なのか……。いずれにせよ、ロクなことは考えていないと思います。本当に……マジで、テメェらいい加減にしろよ?」
相変わらず、クレイリーファラーズは目の前に座るヴァシュロンたちに悪態をついている。そのとき、彼女がスッと顔を上げた。
「あなたのその話は、まだ続くのかしら?」
「何ですって?」
「気持ちはわからなくはないけれど、それを私に言ったところで、何の解決にもならないと思うけれど。ましてや私は、こんなことを考えてもいないし、実行してもいないわ。同じ帝国の人間として、まさか帝国がこんな愚かなことをするとは、信じたくはないけれど……。あなたの怒りは、私にではなくて、もっと他にぶつけるべきだと思うわ」
「おお……その通り」
思わず呟いた俺を、クレイリーファラーズは怖い顔で睨みつけている。
その後、パルテックの話によると、帝国ではかなり昔に、シマタ病の被害に遭った経験があり、その後、この病気のことを研究し続けてきたのだと言うことを教えてくれた。その研究は、一歩間違えると、あまりにも大きな被害を出すために、地下の研究室で、秘密裏にコトが進められていたのだそうだ。と、いうことは、帝国はシマタ病に感染しない特効薬でも開発したのだろうか……?
「……あの、イケメン野郎に聞いてみるか」
そう呟いて俺は、屋敷を出るのだった……。




