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第百三十話  天真爛漫 

俺の目の前には二人の兵士が座っている。そして、その二人ともが、呆然とした表情で俺を眺めている。


俺の隣には、ヴァシュロンが座っていて、顔を小刻みに動かしながら、向かいに座る兵士たちを観察している。こんな状況下でも全くひるまない彼女は、生まれつき心臓が強くできているらしい。その好奇心の強さには、さすがの俺もちょっとビビってしまう。


「あの……本当に、コンスタン・リヤン・インダーク将軍の令嬢で?」


ようやく兵士の一人が口を開いた。まさか、これから攻め込んでくるかもしれない国の、最高司令官の娘が目の前にいるとは普通、思わないよね。俺は彼らの心を汲みながら、大きく頷く。


「証拠は、ありますか?」


さらに質問を続ける兵士。その態度にじれたヴァシュロンが立ち上がりながら口を開く。


「しつこいわね! 私は、ヴァシュロン・リヤン・インダークよ! 何か文句があるのかしら?」


その剣幕に兵士たちは絶句している。そんな彼らを眺めながら、彼女はため息をつくと、着ているカラフルなローブのボタンを外し、スルリと脱いで、無造作にテーブルの上に放り投げる。


「裏地にリャン・インダーク家の紋章が刺しゅうされているわ。それで証拠になるかしら?」


髪をかき上げながら彼女は椅子に座る。長袖のTシャツのような上着と、スパッツのようなショートパンツをはいている。予想通り胸はほとんどなく、一見すると少年のような体つきだが、その抜けるような白い肌が何とも言えぬ雰囲気を醸し出している。


兵士たちは、目の前の少女の男前すぎる振る舞いに圧倒されながらも、ローブを丹念に確かめ始めた。


「……間違いない。コンスタン将軍の紋章に間違いない」


兵士の一人がそう呟いて、隣の兵士と顔を見合わせる。そして、二人そろって俺に視線を向ける。


「あの……それでは、こちらのお方を捕虜にしたということで?」


「いや、そうじゃない。お客様だ」


「こっ……これは私としたことが……。そうですね。お客様としてお迎えしたのですね」


狼狽しまくる兵士たちに、ヴァシュロンが腕組みをしながら、椅子から立ち上がった。


「私は、この村に色々なことを学びに来たのよ! 決して捕虜になったのではないわ! そもそも、この国とインダーク帝国が戦争をしているわけではないのに、捕虜がどうした……なんて話をすること自体がおかしいわ!」


「まっ、まず、座ってくれ。もう、そのローブはいいかな? 早くそいつを着てくれないかな?」


俺はドキドキしながら口を開く。それはそうだ。彼女が腕組をしていると、シャツがピタリと張り付いて、体のラインがモロに見えてしまっていたのだ。何となくこれは見てはいけない、見せてはいけないものだと感じた俺は、すぐに彼女を座らせ、服を着させたのだ。本当に、この少女には羞恥心というものがないのだろうか?


彼女がテキパキとローブを着ている間に、俺は兵士たちに早く帰るように促す。彼らは小声で、このことはしっかり、シーズ様にお伝えしますと言って、慌てながら屋敷を後にした。


「あれ? もう帰ってしまったの?」


「ああ、彼らはひと月に一度、俺の様子を見に来るだけなんだ。俺が生きていることを確認したら、すぐに帰るのさ」


「ふぅーん」


わかったような、わからないような表情を浮かべながら、彼女は首をかしげている。


正直、ヴァシュロンのことをシーズに報告することは、かなり悩んだ。このまま隠し通すことも考えたが、何となく、直感的に、この問題はシーズに協力を仰いだ方がよいと思ったのだ。それは、ヴァシュロンからシーズは抜群の頭脳を持ち、その調整能力の高さは近隣の国まで鳴り響いていると聞いたことが、兄に報告する決断のきっかけとなった。


彼女がこの村に来てまだ、一週間ほどだが、その天真爛漫さには驚かせられっぱなしなのだ。好奇心が強いこともさることながら、喜怒哀楽を正直に表現する。怒るときは怒るし、嬉しいときは、本当にうれしそうな顔をする。本来貴族の女性というものは、あまり自分の感情を出さないのが美徳とされているが、彼女はその真逆をいっている。これは、彼女の母親の影響が強いらしい。


家庭教師のパルテックの話では、彼女の母は身分は高かったものの、かなりズケズケとモノを言う人であったらしい。らしいというのは、すでに彼女の母親は亡くなっているのだ。現在の母親は継母であり、リヤン・インダーク家では、前妻のことはほぼ、なかったことのように扱われているらしい。だが、幸運なことに継母はそんなヴァシュロンのことを可愛がり、母娘の関係は良好なのだという。


だが、彼女は母親の能弁さを受け継いで、わからないことを自分が納得するまで聞かないと気が済まない性格なのだという。手を変え品を変え繰り出される質問に、父をはじめ屋敷の人間は辟易していたのだそうだ。そこで、人生経験豊かな老人であれば、そんな彼女をうまく宥められるだろうとの父の計らいで、このパルテックが家庭教師に迎えられたのだという。


その効果は抜群で、このパルテックは少女の質問に答えつつ、自分で調べることを教えていった。元々好奇心が旺盛だったこともあり、彼女はどんどんとわからないことを書物などで調べていったのだそうだ。


「……この村にお見えになったのも、大凶作であった国で人々が他国に流出せず、しかも、この村だけが豊作だったと聞いたのが、姫様が興味を持ったきっかけなのでございます。それから、どうやら神の加護を受けているらしいと知るまでに時間はかかりませんでした。そうなれば姫様は、村に行ってみたいと思うもの。ただ、まさか、お屋敷の宝物庫からアイテムを盗み出して、この村に徒歩で向かわれるとは、この婆も思いもよりませんでした」


そんなことを、パルテックは微笑みを湛えながら教えてくれた。それを聞いて俺は、できるだけ彼女の天真爛漫さが失われないようにしてやりたいと思うのだった。


一方、兄・シーズは、兵士たちからの報告を聞くや否や、目を丸くしながら立ち上がった。そして、兵士たちに向け、矢継ぎ早に指示を与え、そして最後にこう言った。――これから、ラッツ村に向かう、と。

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