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第百二十七話 二度あることは三度ある

ヴァシュロンは相変わらず俺を睨みつけている。その後ろではデオルドがニヤリと笑っている。そして、さらにその後ろでは、老婆がオロオロとした表情で少女を見ている。


「いや、俺は戦うのは好きではない」


その言葉に少女は目を丸くしている。


「あなた……それでも、貴族なの?」


「あいにくだが俺は、貴族という地位や名誉には一切関心がない。俺の興味は、俺とこの村に住む人々が、いかに平和で快適な暮らしをするか、という一点のみだ。そのためならば何でもしたいと思う。ただ、この村の安全を脅かすのならば、その相手に対して、相応の罰を与えるけれどね」


「この村の安全? そんなものは兵士を増やして防御を固めればいいことだわ。それよりも……」


「話を整理するとだね」


俺は少し声を張って話し始めた。もうこれ以上、なし崩し的に騒動に巻き込まれるのは御免だと思ったのだ。その様子に、ヴァシュロンは黙って俺を見据えている。


「元々、俺はこの女性ひととは何も関係はなかった。勝手に彼女がこの屋敷にやって来て、俺と結婚すると言ってのけたんだ。だが、その直後に迎えが来て彼女は家に帰ったはずだけれども、また、こうして俺のところにやって来た。そして、今また二人がこうして迎えに来ている。それで合っていますよね?」


そう言って俺は周りを見廻す。全員が俺に視線を向けたまま何も言おうとはしない。それを確認して俺は、さらに言葉を続ける。


「言ってみればこれは、あなた方の家で起こったことに俺が巻き込まれている形になっているのです。やれ、兵を向けるだの、やるならやってみろだのと言われていますが、そもそも俺はこの問題の被害者です。何故、俺や、俺が治めるはめになっているこの村が危険にさらされるのか? 訳がわかりません」


「ひどい! あなたは私を助けたじゃない! 助けておいて、ここに来て私を見捨てるの? ひどい! ひどいわ!」


「ヴァシュロンさん。俺は、あなたは頭のいい人だと思っています。よく、冷静になって考えてみてください。どこかの誰かのような考え方になっていませんか? あなたはそれでいいのですか?」


俺の言葉に、少女は悔しそうな表情を浮かべながら、唇を噛んでいる。


「おっしゃる通り。おっしゃること、いちいちごもっともです」


デオルドが満面の笑みを湛えながら、俺に話しかけてくる。彼はヴァシュロンとパルテックを交互に見ながら、二人を説得しにかかる。


「姫様、お聞きになりましたか? こちらのご領主様は、姫様の御振舞いを迷惑だと言っていおいでです。さあ、帰りましょう。お屋敷に戻るのです」


その言葉に少女は再びキッとした表情で俺を睨みつける。よく見るとその目には涙が溜まっていた。そんな彼女をデオルドはさらに帰るように促している。


「ちょっと待ってください」


俺の言葉が予想外であったかのように、デオルドはキョトンとした表情を浮かべる。並の男ならば間抜けな面構えになるのだが、この男にかかってはそんな状況でも、イケメンはイケメンだ。


「一つ、聞いてもいいですか?」


「何なりと」


「二度あることは三度あると言います。こちらの方は、これまでに二度、お屋敷を飛び出して私の許に来ています。三度目はない、と言い切れますか?」


「もちろんでございます。二度と、姫様があなた様に近づくことはございません」


「では、二度とこちらの方が、俺の許に自分の意志で来ることは、ないのですね?」


「ええ。神に誓って」


「わかりました。そこまで言うのならば、お返ししましょう。ただし、三度目があった場合は、あなたは俺の命令には何でも従ってもらいますからね?」


「何でも致しましょう」


「男に二言はないな?」


「お話がくどうございます。では、姫様。迎えの馬車にお乗りください」


そう言って彼は、少女を引き立てようとする。ヴァシュロンの目からは涙が伝わっているが、俺はその彼女に向かってウインクを投げかけた。


彼女は一瞬、え? という表情を浮かべたが、やがて俺の意図を悟ったと見えて、頬を伝う涙を拭い、ゆっくりと屋敷を出ていった。その様子を見て、デオルドはヤレヤレといった表情を浮かべ、その表情を崩すことのないまま、俺に向かって一礼をした。それが合図であったかのように老婆が少女の後を追い、そして、イケメン野郎も大股で彼女の後を追った。


「……大丈夫、でしたか?」


レークが心配そうな表情で玄関に出てくる。その後ろを、クレイリーファラーズが、あくびをしながら出てきた。


「やっと帰りましたか~」


俺は無言で二人に向かって頷く。しばらくすると、玄関の外が何やら騒がしくなった。少しの間、男女が言い争うような声が聞こえていたが、やがて、玄関の扉が再び勢いよく開かれ、ヴァシュロンが、まるで飛び込むようにして俺たちの許に走ってきた。


「姫様!」


顔を蒼白にして、デオルドが彼女の後を追いかけてきた。ヴァシュロンは俺の背中に隠れるようにして、顔だけをピョコっと出して、まるで宣言するかのように口を開いた。


「私は屋敷には戻らないわ! 私は、このお屋敷でしばらく暮らすことにするわ!」


……デオルドの整った表情が、初めて醜く崩れた。

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