第百二十二話　おいひい

「……そんなわけないでしょ」

「そうよね」

全く不毛な会話が流れた。この少女は一体、どんな頭の構造をしているのだろうか？

そんなことを考えていると、俺も腹が減ってきた。焼き肉弁当は二人前しかないために、もう一人前追加で作ることにする。屋敷にあるオークの肉を使って、ちゃっちゃと生姜炒めを作る。野菜をたっぷりと入れたので、栄養も満点だ。

早速皆でそれを食べるが、何故かヴァシュロンは料理に手をつけず、俺たちの食事を目を白黒させて驚いている。

「どうした？　食べないのか？」

「何をしているの？」

「食事に決まっているだろうに」

よくよく聞いてみると、彼女の家では、料理は自分の皿に盛りつけられて出てくるものであり、一つの皿を皆で共有しながら食べるというのは、ほぼ初めて見る光景だというのだ。

「そんな……他人が口を付けたフォークが料理に触れているわ。不潔だわ！」

「そんなことを言っていると、結婚なんか到底できないですよ？」

クレイリーファラーズが、意地悪なことを言う。だが少女は、そんな挑発に易々と乗ってしまう。

「料理と結婚は、別だわ！」

「別なものですか。結婚すればキスもするでしょうに。そんなことを言っていたら、キスもできないじゃないですか？　それともあなたは、キスもしないと？」

「キッ……キッ……」

少女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。意外に可愛い所があるじゃないか。

せっかく、俺が腕によりをかけて作った料理だったが、彼女はどうしても手をつけることができなかった。

「別に食べなくても、死にはしないわ！」

そんな強がりを言っているが、確実に腹は減っているようで、折に触れてお腹の鳴る音が聞こえてくる。彼女は忌々しそうに自分の腹を見つめながら、お腹をさすったり、体を曲げたりしている。その様子を見かねてレークが何か作りましょうかと言ってくる。俺は、しばらく考えて、ワオンを抱きながら彼女とともにキッチンに入った。

しばらくすると、少女がダイニングの椅子に座って項垂れていた。クレイリーファラーズにへこまされたのかと思ったが、いつの間にか天巫女は姿を消している。おそらく、町の酒場に酒の試飲に行ったか、避難所に行って、ウォーリアとガールズトークに花を咲かせに行ったのだろう。

料理の匂いを感じたのか、少女は顔を上げて俺たちに視線を向ける。

「腹が減っているのだろう？　ま、こんなものしかできないけれど、よかったら食べな？」

俺が作ったのは、卵サンドだ。フワフワの卵焼きに、その下には先ほどの料理でも作った、オークの肉が挟んでいる。そして、レークはサラダを作り、さらにはデザートにソメスの実を、皮をキレイに剥いた状態で、一口サイズにカットした状態で盛り付けていた。

少女は俺の様子を気にしていたが、やがてフォークを手に取ったが、キョロキョロと何かを探す素振りを見せた。

「ナイフがないわね」

「ああ、ナイフ無しで食べるんだよ」

「リリレイス王国は変わっているわね！　こんな大きなものをフォークだけで食べるのかしら？」

少女はフォークを手に持ったまま固まっている。俺はその言葉に呆れてしまい、ため息をつきながら丁寧に説明をする。

「その目の前にあるパンに具を挟んだものは、サンドイッチと言う。それはパンを手で掴んで食べるのだ。フォークはサラダとソメスの実を食べるのに使ってくれればいい」

「ソメスの実？　ソメスの実なの？　これ？」

「そうだよ」

「一年に一度くらいしか食べられない食べ物なのに……」

「そうか？　ウチじゃしょっちゅう出てくるぞ？　何てったって、裏庭にはソメスの木があるからな」

「ソメスの木？　このお屋敷で？」

「そうだよ。嘘だと思うなら食事の後に見てみるといい。ついでに、タンラの木も裏庭に生えているぞ」

俺の言葉を聞いて、何が可笑しいのか、彼女は突然大爆笑をしだした。

「アハハハハ！　タンラの木ですって。タンラの木は暖かい島でないと育たないのよ？　こんな雪の降る村にタンラの木は生えないわ。いくら私でも、そのくらいのことは知っているわ！」

「それが生えているんだよ。裏庭に巨大な黒い木がある。お前さんもこの村に来るときに見たはずだ。それがタンラの木だ。何故かこの村には生えているんだ。ちょっと待っていろ」

そう言うと俺はキッチンに生き、テルヴィーニからタンラの実を取り出し、再び少女の許に戻ってきた。

「ほら、この村で獲れた、タンラの実だ。ほとんど数は獲れないけれどね」

実際は売るほどに獲れるのだが、ちょっと勿体を付けておくことにする。少女は目を見開いて固まっている。それはそうだ。公爵家の令嬢とはいえ、タンラの実を食べたことなど一度あるかないかのことだろう。どうやらこの様子では、タンラの実は知ってはいるようだが、まだ食べたことはないようだ。

「よかったら、食後のデザートに食べな？　それより、サンドイッチ、早く食べないと冷めてしまうよ？」

俺の言葉に、少女はじっと皿に目を落としていたが、やがて、何かを覚悟するかのような表情を見せ、恐る恐るサンドイッチを手に取って、一気にそれを口の中に入れた。

「……おいひい」

そう呟いたかと思うと、少女は瞬く間にサンドイッチを完食し、その他の料理も全て平らげてしまった。

少女は公爵家の娘らしく、懐からハンカチのような布を出し、丁寧に自分の口元を拭きとった。そして、しばらくすると、再び俺にあの、気の強そうな眼差しを向けてきた。

「あなたに一つ、聞きたいことがあるわ！」

また、何か面倒くさい話をされるのか？　俺は心の中でため息をついた……。