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軍師の誕生

 弟の分析にもあったように、ウルフェン王国の第一優先は『領内の統一』だ。

 その次にナカラ進出の前進基地の設置。水の補給が容易な事から、ラルウは好条件なのである。

 ゆえに、弟はナカラ防衛の要として、ラルウに拠点を作ることを提唱していた。連発銃を効果的に運用できるなら、三千人規模……およそ二個大隊規模の訓練された銃兵を防衛に充てることで、数万の軍勢を迎撃できると計算していた。

 広大な草原の民である、北方辺境の国々は、主力を騎兵に置く。峻嶮にして長大な『世界の背骨』ことリュウコツ山脈の氷河から流れ出る雪解け水によってつくられた、スケールの大きな扇状地は起伏に乏しく、地形を利用した戦術があまり通用しない。

 騎兵の機動力を利用して、敵の陣形を崩すという戦術のみが発達したのは、そのためだ。

 つまり、北の辺境諸国の兵は、機動戦に強く攻城戦に弱いというのが定説だった。

「傭兵頼みの第一王子のビフィータ・ウルフェンだが、どうもラルウに眼を付けているらしい」

 ラルウは、ベルズの他に三隊の商隊を持っているのだが、主に北方辺境を回っている部隊からそんな情報が入ったそうだ。

 初期の敗戦の痛手から回復し、十分に兵力を蓄えたビフィータ王子陣営が、王都ウシュクベィ奪還のための布石として、『冷たい砂漠』という天然の要害を挟むが、王都の背後に位置するラルウを、別働隊の拠点にするつもりらしい。

 直接の脅威は弱いにせよ、冷たい砂漠を通って王都の背後を衝くことが可能な位置に部隊があるのは、第二王子側としては気になるところだろう。

 兵力が拮抗しつつある現在、こうした地味な策はじわじわと効いてくる。ビフィータ王子は慧眼の持ち主か、あるいは、優秀な軍師がいる。

「……で、その傭兵部隊だが、山賊まがいの連中さ。『冷たい砂漠』以南では『切り取り自由』のお墨付きをビフィータ王子にもらって、やりたい放題というわけなんだよ」

 お墨付きとはいえ、冷たい砂漠はナカラの公領だし、ラルウをはじめとする各都市は、小さいとはいえ各々が独立した小国家群だ。

 侵略行為は重大な国際協定違反である。

 しかも、ウルフェンは形上はナカラの北方の運用を自治という形で任された属国。官僚システム上は、アウトソーシングされた地方行政官に過ぎない。

 その地方行政官が、自領でもない場所の略奪を許可するというのもおかしな話である。そもそも、ビフィータ王子は未だ、前王の正式な後継者というわけでもないのである。許可書を出すこと自体おかしい。

 つまり、ラルウを含む北の辺境の小国家群は、ウルフェン内乱の余波を受けて滅亡の危機にさらされているということだ。

 どのみち、ウルフェン内乱が収まれば、巨像の前の蟻のようなもので、ナカラに向かう進軍の途中で踏みつぶされる運命なのだから『詰み』であることには変わりないのであるが……。

「ラルウは無事なのか?」

 私の問いに、ベルズが渋い顔をした。

「今のところはな。だが、いつ襲撃されるかわからんし、襲撃されたらひとたまりもない」

 辺境を荒らしまわっている傭兵団はおよそ二百人規模。景気がいいので、噂を聞きつけた大小のならず者集団が合流しており、今ではもっと規模が大きくなっている可能性が高いそうだ。

 国家とはいえ、ラルウの規模は小さな集落程度。女子供も含めて千五百人に満たない。

 そのうち、矢弾が飛び交う戦場を経験しているのは、ベルズが率いる商隊五十人のみ。他、三隊の正体は十名以下の小さな商隊で、戦場でのデモンストレーションは行わない。

 傭兵団の中核は、最初から組んでいる二百人。しかも、傭兵というのは、勝つためにはどんな手段を使うかわからない。

 不利だと思えば、撤退も素早い。そして、隙を見て何度も襲ってくる。

 規模の小さいラルウは、ベルズの隊を自国に常駐させる甲斐性はないのだ。これはなかり、ラルウ側にとって頭の痛い状況だろう。

「傭兵は、損になる戦い方はしない。だから、ラルウが『襲うには割が合わない物件』であると、思わせれることが出来ればいいのだが……」

 そのセリフを聞いてわかったのだが、このベルズという男は、『戦』も『商い』として思考している。

 戦場を『銭稼ぎの場』として考えている傭兵の思考なら、なまじ軍人より正しく彼らの思考をベルズなら読めるのだろう。

「我々は、戦場に立ったことはあるが、前線を指揮したことはないんだ。ラルウの人々に至っては、戦場すら知らない。鍛冶職人なのだからね」

 ベルズが、私を見て言う。

 なぜ私がダテツ街道に捨て置かれなかったのか、本当の理由が今、わかった。

 私は『胡椒箱』を持っていたことにより、ベルズの注意を惹いた。

 だから、私を助け、身元を確かめるために荷物を探る。そこで見つけたのは、弟の戦術書だ。

 ベルズは、その戦術書を読んだと言っていた。その戦術書は、弱兵が屈強の兵に勝つためにどうしたらいいか書かれたものだ。

 つまり……

「私に、『軍師』の役をやれと?」

 私の手にある、戦術書にベルズが眼をやる。

「互いの利害は一致すると思ったのだがね」

 間違いなく、ラルウは戦場になる。

 弟のように、ラルウが持つ本当の価値を知らない者がラルウを滅ぼせば、この場所は単なる水場に過ぎない。

 これからの戦の在り方を変えるかもしれない発明を行ったという事実は、馬蹄に踏みにじられ、砂塵に消えてしまう。 

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