二人で
クラリッサとの再会。
翌日、アイーダ公爵家でクラリッサと会った。
「少し、お痩せになりましたね」
「ターニャさんこそ」
落ち着いた雰囲気の応接室で向かい合い、揃ってほっと笑いあう。なんだかずいぶんと久しぶりに会った気がする。
魔力枯渇と心労、王太子宮での気の抜けない日々は若いクラリッサでも大変だったのだろう。クラリッサの白い肌は蒼ざめ、頬に窶れが見えた。微笑みつつもそっと目を伏せる仕草に彼女が負った傷が垣間見えるようで胸が痛む。
アイーダ公爵は昨日の密室会議に呼ばれていなかった。ヘンドリックとランスロットの最大の被害者であるクラリッサの父親に、合わせる顔がなかったんだと思う。反論を許されず、その場で賠償だの慰謝料だのを決められてしまうのを避けたかった、というのも、まあ、あるにはあるだろうが、気まずいというのが大きかったのではないかな。王家の財布とはいえ公爵家は国政に関わっていないし、俺とエイゴが知らせても乗り込んでこないのなら、それが公爵家の意志なのだろう。
「タナカ商会ですが、一件落着しましたので、来月の中頃に全店再開の目途が立ちました」
従業員と家族を呼び戻すだけなら三日で済むけど、仕入れと店舗再開の準備が色々とあるのだ。
「良かったですわ。これで一安心ですわね」
「はい」
なんとなく紅茶に口をつける。何から、どう切り出せばいいのか迷った。
クラリッサは期待と不安が半々の表情でじっと待っている。
「クラリッサ様」
「はい」
辛かったら言ってください、と前置きして意を決した。
「ヘンドリックとオデットですが、自発呼吸はしていますが、目を覚ます気配はないそうです」
「……はい」
「アスクレーオス様の予測では、ゴーレムになったことで体内にある魔力を形成する核となる器官、あるは魂に何らかの問題が起きたのではないか、とのことです」
「はい」
「私には魂のことはわからないですが、このまま目覚めなければ食事や排泄といった生命活動ができず、遠からず衰弱死すると思われます」
「……そう、ですか……」
クラリッサはショックを受けたようだったが、覚悟はしていたのだろう。取り乱すことはなかった。
いきなり『魂』なんてワードが出て来た時は俺も「は?」となったが、わからないなりに納得できる部分もあった。
魔法属性は本人の資質と想像力、そして経験によって変動していくが、魔力量は遺伝による。遺伝子に書かれた設計図が家、つまり血筋によって違ってくるのだ。この設計図に魔法に関することも細かく設定されていると仮定できる。
俺が五十CCの原チャリだとしたらクラリッサはジャンボ機くらいの差があるのはそういうわけだ。
ゴーレムの術式が術者本人をゴーレムの心臓と脳に書き換えるものだとしたら、動かすべき体がないヘンドリックとオデットが目覚めないのは当然といえる。そして心臓と脳だけでは生きているとはいえない状態だ。
「あの二人を生かしておくのならゴーレムかそれに近い魔法の体を造り、それに組み込むしかないでしょう。それに……」
つい言葉が途切れてしまった。顔が歪んだのをクラリッサに見せないよううつむく。アスクレーオスはここまで考えたのだろうか……。
「それに?」
「それに……目覚めないからといって意識がないとは限りません。オデットはともかくヘンドリックは外部からの刺激に反応しているように見えました」
脳死、あるいは植物状態なら本人の意識はないだろう。だが動かない肉体の中で意識だけが目覚めているとなれば想像を絶する地獄を味わっているはずだ。肉体の感覚があってもなくても、思考し続けるというのは人間の持つ能力の一つである。眠っている状態でも夢という形で脳は働き続けている。そして思考というのは他者を求めるものでもあるのだ。誰かと繋がりたい、自分を他人に伝えたい。群れで行動する人間の、これは本能だ。
それができなくなったのだとしたら。……どちらが二人のためになるのか、俺では判断ができなかった。
クラリッサが蒼ざめて首を振り、ちいさくため息を吐いた。
やさしい子だ。ここで大げさに嘆けば俺に対して失礼だし、未練があるのかと疑わせることになる。しかし無反応ではいられなかった。ちいさくため息を吐くことで、ヘンドリックへの哀れみを示したのだ。
「ターニャさんは、魔法の体を造ったほうが良いとお考えですのね?」
「わかりません……。そこまでしてヘンドリックを生かしておくべきなのか……。利用価値という意味でならあると思います。オデットも。ですがそれが二人の心を踏みにじることになるのではないかと思うと……」
機械の体なんて本当に漫画だ。義手や義足の実験に使える、と冷静に計算する自分と、非人道的すぎると反対する自分がせめぎ合っている。いや、どちらかというと積極的に反対だ。もうヘンドリックを解放してやりたかった。
「いずれ、王家が決めましょう」
「そうですね……」
クラリッサの言う通り、俺にヘンドリックをどうこうする権利はない。俺が責任を負う問題でもなかった。だが王家は復興資金と賠償金の支払いで汲々だ。王家から追放したヘンドリックにまで資金を出すだろうか。
「クラリッサ様、会いに行きますか?」
「いいえ。わたくしはもうお別れを言いましたわ」
クラリッサが即答した。アスクレーオスに頼めば手筈を調えてくれるだろうが、会わないと言うのならそれが良いのかもしれなかった。
「ですが、学院で保護されている鳥籠の館から脱出した者たちは会いたがるかもしれません」
ゴーレム化する前にヘンドリックが逃がした子供たちだ。ランスロットに誘導されたとは知らずに集まり、苦楽を共にしていた。犠牲にならずに済んだのはヘンドリックのおかげだと泣いているらしい。
できれば会わせてやりたいが、リュカあたりがオデットを攫っていきかねないので注意が必要だな。
「学院のほうは、どうなりましたか?」
「彼らの復学手続きが済み次第再開予定です。王家が泥をかぶる形で終息しましたから……。そうそう、学院長がターニャさんに謝罪したいと言っていたそうですわ」
「学院長が?」
「聖魔法カードを強奪しようとした件ですわ。ランスロット殿下の命令でしたが、学院長も個人的に分析してみたかったのだそうです。特許や販売権ではなく、学術的に興味があったと言っていたとか」
アイーダ公爵はクラリッサが休学していたこともあり、昨日は学院に行っていたらしい。そこで学院長と話をしたそうだ。
「クラリッサ様は、いつから学院に復帰ですか?」
「わたくしと魔法カード研究会の皆様は、学院再開と同時に戻る予定ですの。お休みしていたぶんの課題がたくさんあって大変ですわ」
「学生ですからね。本分を全うしてください」
むしろそちらが本業だ。苦笑した俺はそこで思い出した。
「そうだ、カード開発に協力してくださった皆さん、後で契約書を用意しますからサインをお願いします。ご家族に説明が必要でしたら商会から人を遣わします」
魔法カードはタナカ商会で販売する予定だが、特許や利益に関わる権利は彼らとの共有になる。こういうことはなあなあで済ませるべきではない。
「わかりました。伝えておきますわ」
「もちろんクラリッサ様もサインをお願いします」
「はい」
二人でほっと笑いあった。
「クラリッサ様、今日お伺いしたのは、実は相談したいことがありまして」
「なんでしょう?」
和んだ空気から居住まいを正したクラリッサに、何と言うべきか迷う。照れくさいというか気恥ずかしいというか、本当に言っていいものかどうか迷いがあった。目を反らした俺にいぶかしげな視線が向けられる。
「私の家ですが、爆破されたというか爆破させたというか……。とにかく住めなくなってしまいました」
「はい。犯人からの謝罪はありましたの?」
「はい。実行犯の家族からも謝罪がありました」
俺だけではなく近隣住民にも迷惑をかけたと謝りに来たのは驚いた。そこは貴族の矜持なのかもしれない。
慰謝料についても向こうから提示されたが、高額なため実行犯二人の実家で分割にしてくれと泣きつかれてしまった。
「組合長と公証人とも相談して、現金ではなく新しい家の建築費用と消失した資料や素材などをあちらが用意することで合意しました」
現物支給である。
泥棒や襲撃対策の地下収納庫は無事だったが、魔法関連の書物と貴重な素材が焼けたのは俺にとっても痛手だった。
特に古い書物は羊皮紙の写本で入手が難しい物がいくつかあった。はっきりいって金に換えられない。高価というだけではなく、探し出すのが大変なのだ。
そこで現物支給だ。貴族ならあるいは手元にあるかもしれないし、コネを使って探すことも可能だろう。
素材についても産地や大きさ、状態によって違ってくる。宝石類はインクルージョンが一つひとつ違うから、似たようなものでも値段は変わる。おまけに時価相場も変動しているので、物によっては大変なことになるだろう。
もしかしたら現物のほうが高くつくかもしれないが、それで合意したのはあちらだ。お手並み拝見といこう。
「まあ」
俺の説明に目を丸くしたクラリッサが「悪い人」と言ってくすくす笑った。
「すべて返却しない限り許されたことになりませんもの、大変ですわね」
「そこは貴族の意地を見せてもらいますよ」
「何年かかるか、想像がつきませんわ」
クラリッサが呆れたように言った。恩を売れる期間は長いほうが良いが、長すぎるとしだいに恨みに変わる。その前に俺も手を尽くす予定だ。
「それで、あの、家を建てることになったのですが、クラリッサ様にもご要望をお聞きしたいと思いまして……」
語尾が弱くなった。頬が熱い。
「え?」
「いや、建ててから迎えるべきかもとは思ったんですよ? ですがせっかく一から建てられるのです、クラリッサ様の好きな、居心地の良い家にしたほうが良いでしょう?」
俺はクラリッサを家に閉じ込めておくつもりはないが、やはり女主人のほうがなにかと家にいることが多いのが現状だ。
婚約内定とはいえプロポーズもまだなのに家とか。本当に気が早いよな。でも一緒に住む相手の意見を無視するのはひどいと思ったんだ。
俺の言っているのがそういうことだとわかり、クラリッサの頬が染まった。
「わ、わたくしは、ターニャさんさえいてくだされば、それでかまいませんわ」
「あのですね。私の好みを詰め込むと回転ドアとか絵画の後ろに隠し通路とか、屋根裏部屋に秘密基地とか、そっち方面に走っちゃうんですよ」
事実設計図を考えていてすごくわくわくした。忍者屋敷はすべての男の憧れである。
「それはそれで楽しそうですわ」
「そうなんです。家を建てるのって楽しいんですよ」
好奇心をくすぐられた表情のクラリッサに深くうなずいた。
「だから――一緒に考えていただけませんか?」
アイーダ公爵家が持っている別荘よりこぢんまりとした家だ。それでも俺とクラリッサが住む『我が家』になる予定の家である。
楽しいことも、苦しいことも、これからは二人で悩んで決めていきたい。
「……はい。喜んで」
本当に嬉しそうに笑うクラリッサに、俺も嬉しくなった。
まだ前振り。次回に続きます。




