想定外の反撃
衛兵に連れてこられたランスロットは悪びれたそぶりさえ見せず堂々としたものだった。
頭には包帯が巻かれている。あの後本当に止血と消毒をされただけで、聖魔法カードを使うことを医師たちに拒否されたのだ。
うっすらと笑みを浮かべていたランスロットが表情を変えたのは、エイゴとターニャを見つけた時だった。ぎくりと肩を震わせ、忌々し気に舌打ちでもしそうな顔になる。
ランスロットは意図せずこの二人を敵に回してしまった。アスクレーオスのこともあり、特にターニャには苦手意識があるようだ。
「お呼びですか、陛下」
蔑みを隠そうともしない声に何人かが不満そうに眉を寄せ不快を露わにした。エイゴがターニャに何事か囁いていた。
「うむ。まずは座れ」
「はい」
ランスロットの席は私の隣だ。ランスロットが大人しく着席するのを待って、衛兵が退室した。
「王太子よ。今回の議題は他でもない、ヘンドリックの逃亡からゴーレム襲撃までの経緯を国民にどのように説明するべきかだ。そなたの意見を聞きたい」
「どうするも何も、ありのままを言うしかありますまい」
一考することもせずにランスロットが答えた。あちこちでため息が聞こえ、それを聞きとがめたランスロットが鋭い目で周囲を睨む。あからさまに首を振ったのは宰相だった。
「王太子、では、ヘンドリックがゴーレムを造り城へ進撃してくるまで手を拱いていたことはどうする? すぐに近衛を遣わして捕縛しようとしたのを止めたのはそなただ」
「陛下も同意されたではありませんか」
「そうだ。ヘンドリックはともかく聖女候補は扱いが難しかった。逃げた二人に慈悲を与え、そのうちにどこか他国で匿うつもりであった」
ヘンドリックの処分なら身内で済ませても良い。アイーダ公爵令嬢への乱暴未遂は最悪の事態は免れたし、娘に傷をつけたくない公爵と交渉すれば数年間の幽閉と再教育で解放し、他国でやり直しさせることも可能であった。
だが光属性の使い手がいることはすでに大陸連合に報告済みであった。他国との折衝に時間を費やし、言い方は悪いが売り飛ばすよりは、二人が恋仲であるとして婚姻させたほうが印象が良いというランスロットの言を取ったのだ。婚姻さえさせていれば帰国もさせやすい、他国に割り込む隙を与えない策だった。
「これをそのまま発表するわけにもいくまい。ヘンドリックの幽閉と聖女候補を内乱罪で投獄したのは嘘だった、と認めるに等しい」
その場しのぎの言い訳だった、などと発表すれば、王家は国民の信用を失ってしまう。連座された貴族たちも納得などするまい。
「嘘ではありません。逃げたのはヘンドリック、逃亡を手引きしたのもヘンドリックの側近でした。オデットを脱獄させたのはヘンドリックです」
ランスロットはムッとして言い返した。
「最低限の支援をしてやった意味を理解せず、愚かにも恨みを募らせた。せめてオデットの聖魔法を発現させていれば良かったものを、炊き出しだの平等運動だの、くだらないことに時間を費やして。あれはいつも期待外れだ」
続いて吐き捨てられた言葉に、カッと頭に血が昇った。
あまりな言い分、あまりな批判ではないか! よりにもよって血を分けた弟を「あれ」呼ばわりとは!
ヘンドリックの苦悩や葛藤を見抜けなかった、歩み寄ることもできなかった私たちにも罪はある。ランスロットは、ターニャの一喝に何も感じなかったのか!?
「そのような評価はどうでもよろしいのです」
ランスロットの暴言ともいえる情のなさに唖然としている中、冷静な声が切り捨てた。
エイゴである。
「ランスロット殿下のヘンドリック元殿下の評価をお聞きしているのではありません。ヘンドリック元殿下が立て籠もっている間、王家が何もしなかった、その理由をお聞きしているのです」
「だからそれは、ヘンドリックとオデットの馬鹿げた……」
「ですから」
トントン、とエイゴが人差し指でテーブルを突き、ランスロットを遮った。
「ヘンドリック元殿下の話をしているのではありません。近衛に逮捕させることを止めた、ランスロット殿下にその言い訳をどうするのか訊ねているのです」
すっと頭に冷静さが戻ってきた。そうだ、怒りのあまり頭から抜けていたが、ヘンドリックの捕縛も投降を呼びかけることもせず、静観していたのはなぜか。それを議論していたのだ。
「論点をずらさないでいただきたい。冬の離宮の警備体制や、破壊された王都の復興、家を失い負傷した者たちへの手当など、話し合うことは山ほどあるのです。時間は有限ですよ」
エイゴとターニャだけが動揺せず、ランスロットをものともしていなかった。私を含めた大臣や貴族がランスロットの言い分に驚いていたのに、まるでそう言ってくることを知っていたようだ。
「王太子殿下。ヘンドリック元殿下と聖女候補を見逃していたこと。どう説明してくださいますかな? 次期国王の器量が問われますぞ」
ターニャが手を挙げた。ホッとする思いで発言を許可する。
「王太子殿下が食料や酒類など、御用商人を通じて融通していたことは、ヘンドリック元殿下の側近であった者たちから証言が取れています」
ターニャの言葉に視線がランスロットに集中する。ヘンドリックを支持していた貴族は睨むように、ランスロットを支持する貴族は莫迦を見るような目だ。表情こそあまり変わらなかったが、ランスロットの手が拳を握ったのが目の端に見えた。
「我が子可愛さもあるでしょうが、王太子殿下が密かに支援していると聞いて手を貸した貴族もいます」
ターニャは淡々と事実を述べている。ヘンドリック派の数人がちいさくうなずいた。
「また、アイーダ公爵令嬢とアーサー殿下を婚約させると偽って、アーサー殿下支持に回った貴族もいますね」
ランスロットの顔がこわばった。
どういうことだ? 私はヘンドリックに融通するのは許可したが、アーサーとクラリッサの婚約で貴族に動きがあったとは聞いていない。それに、偽ったとは? アーサーの求婚にクラリッサが応じたのではなかったのか?
混乱する私にかまわず、うっすら微笑みながらターニャがランスロットを促した。
「それを踏まえて、王太子殿下のご意見を伺いたく存じます」
かつん、とランスロットが歯を鳴らした。
「私の……意見を聞くと言うのなら、その方らは当然案があるのだろうな!?」
「はい」
エイゴがさらりとうなずいた。意表をつかれたのかランスロットが息を飲んだ。
「我々といたしましては、ヘンドリック元殿下と側近、またオデットに追従した者たちが未成年であることを考慮し、恩赦を与える代わりに何かしらの功績を立てるよう王家が命じた。これを公式発表してはどうかと提案いたしました」
筋は通っているのだ。王家の責任になる、ということを除けば。
ヘンドリックとオデットを中心として『功績』を挙げようとするならば、オデットを聖女にする以外にない。しかしターニャが……タナカ商会の支援を受けたアスクレーオスが先んじて聖人になってしまった。シヴォンヌでの実績もすでにある。オデットが聖女になったところで今さらと思われるであろう。
「……王都から多くの商会が出ていったことは、どう説明するのだ」
唸るような低い声でランスロットが言った。この子の声が掠れ気味なのは昔からだったが、さらに聞き取りにくくなっている。
「それこそありのままを言うしかありませんな」
「王家の発表が遅れたせいでタナカ商会は王都撤退を余儀なくされました。また、ヘンドリック元殿下が第二王子に復帰となれば当商会はいつ何時報復されるかわかったものではありません。発表されていても撤退はしていたでしょう」
エイゴとターニャの飄々とした態度とは裏腹に、ランスロットの苛立ちが増しているのが隣に座っている私にも伝わってくる。かつん、と奥歯を鳴らし、胸の前で腕を組んだ。
「どのみち経済の縮小は免れなかったことでしょう」
ランスロットから漏れる魔力に怯える大臣と貴族が、そよ風のように受け止めているエイゴとターニャを交互に見る。
「だったらまだオデット――いえ、光属性の使い手に配慮した、というほうが国民と他国も納得するでしょう。オデットを獄に入れたのは王家。出したのも王家。ならば王家が責任を取るのが筋というものですな」
ふっ、と部屋の温度が下がり、拳ほどの大きさの氷が刃となって浮かび上がった。まっすぐエイゴに向かって飛んでいく。
「!!」
ターニャが左腕を伸ばしてエイゴを庇った。その手首に嵌められた腕時計を見て咄嗟に防御結界を張った。ランスロットがにやりと笑った。
だが。
「……防御結界など張って、いかがなさいました?」
ランスロットの放った魔法の氷は跳ね返らず、もちろんエイゴに刺さることもなく蒸発して消えた。
「さすがに陛下と王太子殿下、重臣の皆々様がいらっしゃる場で魔法反射は使えません。腕時計の術式は変更してあります」
これこそ予想外だったのかランスロットが目を見張り、唇を震わせている。
クラリッサの腕時計には魔法防御。ターニャの腕時計は魔法反射の術式が組み込まれている。私もランスロットもそう思っていた。
ランスロットの魔法がランスロットに跳ね返れば、ターニャがランスロットを攻撃したことにできた。かつてランスロットの暴力が魔力暴走で片付けられたように、エイゴと彼が連れてきたターニャに責任を押し付けることができた。ランスロットが狙ったのはそれであろう。
「ああ、ついでに録音再生機能は録画再生機能になっています」
「ろく……が?」
はじめて聞く言葉である。はい、と笑うターニャは無邪気な少年のようであった。
「このように使います」
ターニャが腕時計を操作すると彼の正面にある壁にパッと絵が浮かび上がった。いや、絵というには鮮明で写実的過ぎる。まるでそこにもう一人いるようですらあった。
それは先程のランスロットだ。
ランスロットの体から魔力が煙のように立ち昇り、氷の刃が形成され浮かび上がる。それがこちらに向かって飛んできた。
「誰が言ったか。言った言わないの問題になるのは避けたいと思いまして」
「ウォルティニー商会はそれでひどい目に遭いましたからな」
まったくの善意のようなターニャと、壮絶な過去を朗らかに呟いたエイゴに、ようやく私も彼らが怒っていると理解できた。
ターニャはクラリッサのことがある。怒って当然だ。アーサーとの婚約をきっぱりと止められなかった私にもその怒りは向いている。
アーサーは光属性、クラリッサとの婚約で聖魔法が発現するのではないかと期待してしまった。
そしてエイゴは王都から商会が撤退し経済が停滞しているにもかかわらず王家が何ら対処しなかった、説明すらしなかった、撤退の理由を問うことも弁明も――何もしなかったことに怒っているのだ。
二人は商人だ。この国に利がないと思えば他国に移ることもできる。ここまで失策を続けてもなお責任を取ろうとしないのなら、国を見限って出ていくであろう。
現にターニャは商会の従業員だけではなく、その家族まで保護して王都を出ていった。それができるだけの力があることを見せつけていたのだ。
「無詠唱で魔法を放つとはさすがは王太子殿下ですな」
「殺人未遂ですね」
感心したようなエイゴの感想と事実を述べるターニャの声が静まり返った部屋に響いた。
私は、いつだって遅い。
他人任せにできない大切な場面でいつだって遅いのだ。そうして責任から逃げてきた。ランスロットの魔力暴走の時も、ヘンドリックのことも。
「陛下……」
宰相の呻くような呼びかけにハッとした。宰相、大臣、貴族たちの目が痛い。失望をありありと浮かべた目であった。
「経済の立て直しが急務です」
エンダーの言葉には苦悩の色が濃く刻まれていた。彼の息子のシェーンは脱獄囚になっている。王家の命で恩赦となれば廃嫡も解消にできるが罪がなかったことにはならない。エンダー侯爵家で受け入れることはないだろう。それでも息子が帰ってくるのは嬉しいのだ。どんなに批判と困難が待ち受けていようとも。それが親というものである。
ヘンドリックの支持貴族たちは商人に屈するしかない現実を目の当たりにして、ようやく、私と同じくようやく、この国を支えている存在を痛感した。
こんな絵を世間に知られてはまずいのは私にもわかる。これが世に出たら世界中から我が国が非難されるだろう。
「……高い授業料だな、ランスロット」
「陛下、何を言うのです! 商人ごときに……!」
「その商人の質問に答えられない者が何を言う」
「…………っ」
ヘンドリックに責任を押し付ける発言に終始しただけで、ランスロットはエイゴの問いに答えていなかった。欺瞞だらけの言い訳にエイゴは惑わされず、ついに揮われた暴力にも屈しなかった。
ウォルティニー商会はもうないが、かつては王室御用達に名を連ねる老舗の商会であった。エイゴが追放された後に起こった吸収合併劇には私も驚いたものだった。
その若旦那として城への出入りを許されていたエイゴは若い頃のランスロットを知っている。魔法で攻撃される可能性などとっくに考慮できていたのだろう。だからこそ万全の体制で備え、しかも反撃の準備まで整えてきた。こうなることを予想していたのだ。
こうした人物が臣下にいてくれたらどれほど頼もしいことか。しかし敵になれば王といえども心胆寒からしめる存在になる。それを思い知った。
王太子と嫡男を守るために、王家はいくら出すのか?
凡愚で鈍い私にも、そう問われているとわかった。
論点をずらして自分の非を認めない人っていますよね。ランスロットはそれです。モラハラの典型も論点を戻されると弱いです。




