かける言葉
ミラーボールの弾丸は鉄の心臓に命中すると、溶け込むように消えていった。
しばらく待っても変化はない。
「……不発だったのでしょうか?」
クラリッサが不安そうに言った。鉄の心臓はまだ脈打っている。効果がなかったのか? それとも鉄の蔓薔薇に阻まれてヘンドリックに届かなかった?
ライフルは原型をかろうじて留めているが、暴発が怖いのでもう一度使う気にはなれなかった。
「どうでしょうか……」
答えあぐねていると鉄の心臓がビクンッと跳ねた。
「えっ?」
「なんだっ!?」
それまで一定のリズムを刻んでいた鉄の心臓が激しく跳ねている。時折ボコッと盛り上がり、あまりの不気味さにクラリッサが腕にしがみついてきた。
ビクッ、ビクンッ、と跳ねていたそれがひときわ大きく膨れ上がった。と思った瞬間、血管が剥がれてびったん、と地面に落ち、動かなくなる。正確には蔓薔薇の枝が元の姿に戻ったのだ。もちろん血が溢れることはなかった。
「なっ、なんですのアレ……!?」
「落ち着いてください。塔にあった蔓薔薇の手すりを覚えてますか? あれが元に戻っているんです」
「で、ですが、あんな、生き物のような……っ」
蒼ざめて震え、涙目になっているのに目を反らさないのは、目を反らした瞬間襲いかかってきそうな怖さがあるからだろう。
かくいう俺も目が離せない。クラリッサの手前落ち着いてみせているが心臓ばくばくである。
ホラー耐性のない周囲の人たちは我先にと逃げ去って、残っているのは俺とクラリッサ、そして王と王妃だけだ。あとアイーダ公爵。
俺たちが固唾を飲んで見守るなか、一本また一本と血管が枝に戻って剥がれ落ち、そしてようやくヘンドリックの顔と手の一部が見えてきた。
「……っ、ヘンドリック!!」
王妃が両手を伸ばしてヘンドリックに駆け寄った。剥がれた枝に振り払われそうになり、王が慌てて王妃を抑えつける。
「危ないっ」
「あなたっ! あそこに、ヘンドリックが、ヘンドリックが……っ」
泣き咽ぶ王妃を抱えて王がヘンドリックから数歩距離を取る。王妃が嫌がるようにもがいていた。
「ヘンドリック!」
王妃らしさも、淑女らしさもかなぐり捨てて、ヘンドリック以外は見えないとばかりに泣いて暴れている。
母親とはそうしたものなのかもしれない。全身全霊で我が子を取り戻そうとする。俺は男で、前世も父親だったから、国王のほうに共感できた。
子供はもちろん大切だが、愛する妻も大切なのだ。子供か妻かの究極の選択に、悩んだ末に妻を取る。子供ならまた作れば良いが、妻はこの世でたった一人だ。その結果どれだけ妻に恨まれ憎まれようと。おそらく女性には理解できない男の本能である。
「陛下。陛下もヘンドリックを呼んでください」
不躾とは思うが口を出させてもらった。
「親しい人の呼びかけで意識不明状態の人が戻ってくることがあります。励ましてあげてください。名前を呼ぶだけではなく好きなものや心残りなど、思いつくまま試してみてください」
心残りというか、絶対他人に見せられない第一位はパソコンのデータだけど、この世界なら日記とかかな。ここで死んだら葬式で音読してやると言われたら目を覚ます自信ある。死ぬ前に行ってみたいところや好物なんかも定番だ。
低俗なものでいいのだ。人間死にかけてる時に高尚なことなんか考えていられないだろう。だから未練なんてものが残る。
俺の説明に国王はなぜかうろたえた。王妃は愕然として暴れるのを止めている。
「ヘンドリックの、好きなもの……」
「心残り……?」
……そこは迷わないでほしかった。あんなに必死に呼びかけておいて、何も思いつかないとか、そんなことないよな?
クラリッサ、と言われるのもクラリッサに聞かれるのも不愉快なので、腕にしがみついたまま王と王妃に眉を寄せるクラリッサを連れてアイーダ公爵のところに行った。
話を聞いていたらしい公爵も眉間に皺を寄せている。
「ターニャ、この場合クラリッサも呼びかけさせるべきか?」
「俺が嫌です。お二人には考えさせるべきでしょう。それに、もう一人いるじゃないですか、ふさわしい人が」
「オデットさんですの?」
オデットでも良いかもしれないが、おそらくまだ意識不明だ。
「ヘンドリックがゴーレムになる原動力になった男がいるでしょう。彼の家族ですよ」
公爵の眉間の皺が深くなり、クラリッサが「あっ」と漏らした。
びたんびたんと地面を打っていた蔓薔薇がすべて剥がれ、横たわったヘンドリックの全身が現れた。俺が最後に見た時と変わらずに瞼を閉じ、紙のような顔色をしている。じっと見ているとわずかに胸は上下しているようだ。
王と王妃が駆け寄ってヘンドリックに呼びかけている。後ろめたさがあるのか先程までの勢いはなくなっていた。
「呼んできます。どうせアスクレーオス様に言い寄っているんでしょう」
クラリッサを公爵に任せて救助現場に戻ると、暗くなってきたからか城に場所を移動していた。
救護所の場所はすぐにわかった。使用人たちが手にタオルや水桶などを持って行ったり来たりしているからだ。
『コーバン』の救急セットには保存食の代表乾パンと止血用ガーゼに包帯、消毒薬、ハサミとピンセットが入っている。ハサミとピンセットはともかく他は足りなくなったのだろう。救急セットはあくまでも非常用だからたいして入っていない、本当に応急処置だけだ。
広めの小ホールみたいな部屋は軽症患者が収容されているようで、急遽集められたソファや椅子に座り手当てを受けている人たちで埋まっていた。
医師と助手の他にギガント隊も加わって処置に当たっている。アスクレーオスはいなかった。俺に気づいたゴーダが小走りでやってくる。
「大将、お疲れ様です」
「ゴーダもご苦労さん。無理はしていないか?」
「こんぐれぇどうってこたねえです」
「そうか。アスクレーオス様とカダ様はどこにいるか知ってるか?」
「あの二人なら重傷者を運んだ医務室か、ベッドのある客室だと思いやす」
邪魔にならないようホールを出てゴーダに案内される。城内は広く、案内板などないためありがたい。
「何か足りないものは?」
「メシですね」
きっぱりとした答えに吹き出してしまった。しかし笑っている場合ではない。怪我人と避難民を収容してくれたのには感謝するが、食事の用意まで手が回らないのか? たしかに食事について言わなかったけど、気が利かないというより混乱しすぎている。
本来指揮を執るべき国王と王妃がヘンドリックにかかりきりで、大臣や貴族は家に帰ったか、この件の処理に追われているのだろう。城に民を避難させるなど前代未聞だ。何をどうすればいいかわからない、ということもありえる。それはいい、俺だって日本なみに完璧にやれるなんて期待してない。
問題なのは、王と王妃が機能していない事態で指揮を執るべき人物が、私欲で動いていることだ。
側近が何も言わないのか、それとも言えないのか。ワンマン社長でも有能かつカリスマ性があれば下もついていくが、舐め切った跡継ぎの場合は悲惨だ。代々の功績、財産、信用を使い潰す。
今回の事件をむしろ利用するくらいの野心があればまだましだった。
自分の思い描いた計略に固執するあまり足元を掬われるようでは三流以下だ。策士策に溺れる、というやつ。自分の間違いを認められない頑固さが自分の身を亡ぼす。
医務室には重傷者がベッドに寝かされていた。ホールほどではないが広くて清潔な感じと消毒薬の匂いは病院と同じだ。ベッドごとにカーテンで仕切られている。意識不明者はカーテンが完全に閉じたところにいるようだ。
アスクレーオスが使い方を教えたのか医師たちが聖魔法カードで治癒魔法をかけている。ミラーボールがカーテンに透けて見えていた。
目的の人物はやはりというか、アスクレーオスに何やら言い寄って迷惑そうにあしらわれていた。
俺がいなくなったのを良いことに王太子宮に連行しようと思ったのだろうが、救助現場で一番邪魔なのはああいう役に立たないくせに偉そうに振舞う奴だ。王太子だから気を使って誰も文句をつけられないんだろうけど、医師も助手も迷惑そうに時々チラ見している。
「アスクレーオス様!」
大声で呼ぶとアスクレーオスとカダが振り返り、俺を見つけてほっとした笑みを浮かべた。
俺は医務室の入り口から動かず、焦ったように手を振ってみせる。
「至急来てください! 瓦礫から被災者が見つかりました、意識不明の重傷です!」
誰とは言わずに事実だけ簡潔に。アスクレーオスとカダはすぐさま緊迫した空気をまとい、ランスロットに頭を軽く下げた。
「わかりました。殿下、それでは」
「待て。勝手なことをするなっ」
側近では埒が明かないと思ったのかランスロットが引き留めてきた。低い、少し掠れた声は苛立ちを抑えきれていない。あまり耳障りが良いとはいえない声だった。
「勝手ってなんですか。こっちは意識不明の急患が待ってるんですよっ!?」
俺はあくまでも相手が王太子と側近なんて知りません、というていで非難の声をあげた。それに反応した医師と助手がランスロットと側近を睨みつける。
彼らが怯んだすきにアスクレーオスを先導して走り出す。殿にはゴーダについてもらった。
「患者はどんな様子ですか?」
走りながらアスクレーオスが聞いてきた。「ヘンドリックです」と小声で答える。
「ゴーレムの心臓部ともいえる術式の中に閉じ込められていました。酸欠か、魔力枯渇か、それとも他の要因なのか、目を覚まさないのです」
時々後ろを振り返ればランスロットはちゃんとついてきていた。よしよし。このままご案内だ。
「術式から救出する際に聖魔法を使いました。ゴーレムから術者が生還した例はなく、我々では手の打ち所がなくて……」
「聖魔法でも意識が戻らないのですか?」
「そうなんです。今はご両親に声かけしてもらっています」
アスクレーオスとカダが顔を見合わせている。聖魔法は万能だと思っていたのに例外が出てきたんだ、深刻そうに表情を引き締めた。
ヘンドリック、と呼ぶ声が聞こえてくる。どうやら名前を呼ぶことしかできない二人に憐憫の情が湧いた。
親なのに、愛しているのに、愛が伝わっていると思っていたのに、子供の好きなものすら知らなかった。まともな親であればショックを受けるのに充分な事実である。
「連れてきました!!」
振り返った王と王妃は、俺と一緒に来ているのがアスクレーオスだとわかると目を丸くして、遅れてやって来たランスロットを見つけた。
そして、ここでようやく自分が連れてこられたことに気づいたのだろう。ランスロットが苦虫を噛み潰したような顔をして足を止める。
「ランスロット、あなたも声をかけてちょうだい」
母親の懇願に、ランスロットは立ち尽くしていた。
空はすっかり夜になり、あちこちで魔炎灯の火が焚かれている。前世であったグラウンドの照明塔ほどではないが、さすが王の城だけあってかなりの大きさと数がヘンドリックの現場に設置されていた。
さてランスロットは何と言うのだろう。黙って待っていると、アスクレーオスが国王の前に進み出た。
「お久しぶりです、国王陛下」
「そなたは……アスクレーオスか」
「はい。緊急事態につき、直接話しかける無礼をお許しください」
「もちろんだ。……聖人になったと聞いている。立派になったな」
「ありがとうございます。ヘンドリック、様を診察してよろしいですか?」
「頼む。ああ、それでターニャが呼んでくれたのだな」
何食わぬ顔で「はい」と答えるがそれはちょっと違う。
ヘンドリックのために声をかけてくれ、とまともに頼んでも、来てくれないとわかっていたからアスクレーオスを呼んだのだ。現場に指示を出すでもなくしつこくアスクレーオスを説得しているのなら、アスクレーオスを連れ出せば絶対についてくると思った。自分と話をしているのに他を優先されるのは、プライドが高く人に命令するのに慣れたランスロットには許せないだろうからな。
まんまとヘンドリックの前までおびき出されて、本当の目的は自分だったと気づいてももう遅い。涙ぐむ母親と睨みつけてくる父親を前にして今さら引き返すことはできない。
ヘンドリックと会いたくないからアスクレーオスに張り付いていたのだろうに、残念だったな。
王太子ではなく兄として、ランスロットはどうするのか。見せてもらおう。
某芸能人が心臓が突然痛み出し「あ、死ぬ」と思って必死に這いずってパソコンのエロ画像消した、そして生還したエピソードが忘れられません。




