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どこかの世界でのできごと

アニメでは語られることのなかった悪徳商人のひとりごと。



 ガァァン…… ガァァン…… ガァァン……


 処刑を知らせる鐘の音が曇天の王都に響き渡る。

 ティバルス監獄の処刑場に集まった群衆が口々に叫んでいた。


「殺せ!」

「殺せ!」

「殺せ!」


 熱狂だった。もとより公開処刑は日頃平民と蔑まれている者に向けた娯楽である。さらに今回は、人々の希望である聖女を貶め殺そうとした悪女がついに裁かれるとあって、王都どころか近隣の街からも人が集まっていた。


「聖女に仇なす悪女を殺せ!」

「悪女に聖なる鉄槌を!」


 反吐が出る。聖女一人に何ができるってんだ。


 この国を民を暮らしを守ってきたのは、この国に生きている人間だ。

 処刑台を見下す特等席に座す王子と聖女を、俺はただ睨みつけることしかできずにいた。

 両腕を後ろ手に縛られ、身動きがとれないようさらに縄をかけられている。悪女が終われば俺の出番だ。ギロチンの隣には絞首台が設置されている。

 俺と一緒にクラリッサの仕事を請け負っていた相棒は、何もかも終わったことに絶望してうなだれていた。悪いことをしたとは思わない。ただ、運が悪かった、それだけだ。


「この悪党め!」


 投げられた石がガツンと額に命中した。皮膚が割れたのか血が流れてきた。

 痛みはない。もはや痛みすら感じなかった。

 処刑人が台に登り、罪人の罪状を高々と読み上げる。


「クラリッサ・アイーダ! この者はアイーダ公爵家の令嬢でありながら神に選ばれし聖女オデットを害さんと、貴族のみならず民衆を惑わし、国家に内乱を引き起こした! よって、これより斬首を行う!」


 王子と聖女は苦しげに眉を寄せた。


 そうだ。わかっているじゃないか。これは内乱だったんだ。


 クラリッサだけじゃない。あれだけ多くの貴族が聖女の存在を認めなかった。聖女一人がいたって何にもならないとわかっていたからだ。


 クラリッサが処刑台に立った。


 ドォッと濁流のような声が処刑場に満ちる。


 うつくしい金の髪を短く刈られ、後ろ手に縛られ、粗末な麻のワンピースに木の靴を履いている。ここに来るまで石や泥を投げつけられたのか、顔も服も泥と血で汚れていた。

 凛とした表情。まっすぐに前を見据えるその姿には、他者を従えることに慣れた者特有の威厳さえあった。


 うつくしいクラリッサ。誰にも頭を下げない気高い少女。どこまでも傲慢で孤高な、俺の女王。


 甘くやさしい世界で生きていくこともできたのに、苛烈さを捨てられなかった烈女。眩しすぎるその光に何人もの男がひれ伏した。

 王子の婚約者として、公爵令嬢として、一人の女として、戦い破れた憐れな娘。


「何か言い残したいことはあるか?」


 最期の慈悲がクラリッサに与えられた。


「ございます」


 みじめな姿になってもなおクラリッサは女王だった。背筋をまっすぐに伸ばし、口汚く罵る群衆を見下す。


「わたくしの愛する国民たちよ! 戦うことを忘れてはいけません! 聖女などという存在に溺れ、抗うことを止めた時、人は人間から畜生に堕ちるのです! 聖女オデットの言葉に惑わされず、自分で戦いなさい!」


 懺悔でも命乞いでもない、檄だった。

 一瞬静まり返った場が爆発したような罵倒に包まれる。


 クラリッサの言葉を理解できた人がどれくらいいただろう。俺にはわかった。生きることは戦いだ。聖女なんかに縋ったって、その両手で抱きしめるのは一人しかいない。そしてそれは自分ではないだろう。自分の幸福は、自分で勝ち取るしかないのだ。


 投石の雨の中、クラリッサは平然とギロチン台に首をかけた。


「執行――!」


 刃を繋ぎ止めていた綱が斬られ、勢いよく滑り落ちる。

 その瞬間、クラリッサの目が俺を見た。


 ごろりと転がったクラリッサは両目を開いて俺を見ていた。満足そうな――やわらかい、まるで愛を告げるような瞳が俺を見ていた。


「……ひでぇ女だ」


 ようやく俺を見たのが死の瞬間とか。はは。俺はずっとずっとアンタを見てたんだぜ。

 俺はクラリッサのためならなんでもやった。

 人殺しも、人身売買も違法取引も、なんでもだ。クラリッサは金払いが良かった。俺は金が好きだからな。

 金さえあればもっと良いもんが食えて、冬の熱病なんかで弟妹達が死ぬこともなかったんだ。そうだ、必要なのは聖女でも愛でも慈悲でもない、金だ。


 そんな俺だから、アンタも俺を使い続けたんだろう?


 涙は見せてやらない。クラリッサを殺した王子と聖女の前で泣くには俺のちっぽけな涙はちいっと高すぎる。婚約者を裏切って聖女と浮気した不貞王子と、婚約者がいると知りながら王子と良い仲になったあばずれ聖女には支払えないだろうな。


 その代わり、地獄へ行ったら思い切りクラリッサを抱きしめてやるよ。

 愛している。


「こんな世界、くたばっちまえ」


 だってもう、この世界には何の意味もないんだから。




悪徳商人ターニャ・カーはクラリッサを愛していました。髪の一筋にも触れることのなかった愛です。そして、世の中は金で動くということをよく理解していたので聖女ではなくクラリッサに付きました。乙女ゲームやアニメはハッピーエンドで終わるけど、その後は聖女のいる第二王子と王太子とで水面下の争いが起きます。

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― 新着の感想 ―
[一言] この世界は第二王子と王太子の間でかなりえげつない王位抗争がどちらかが王位につくまで続くんでしょうなぁ…第一王子が王になってからが本番だ!くらいの勢いで。 そのうち文化経済の発展した隣国に攻め…
[一言] こういう閑話は好きだけど、話のテンポが悪くなるので、このタイミングではなく一区切りついたところで読みたかったです。
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