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ボルトアクション

ケツ叩き。



 思春期の少年少女が特に思想も主義主張もなく社会からドロップアウトしたらどうなるか、想像に難くない。

 酒に溺れるか薬に逃げるか快楽に走るかのどれかだろう。

 快楽はないと判断する。根拠は外のごろつきどもだ。女に飢えた男があれだけいて、館の中とはいえ性の匂いを嗅ぎ付けたらたちまちオオカミと化す。それなりの秩序と治安を保っているということは、その一線だけは越えなかったのだろう。

 貴族の矜持か本能が恐れたのかは知らないが、最悪の事態だけは避けていたようだ。


 館の裏口に回ってドアノブを回した。鍵はかかっておらず、あっさりと入り込むことができた。

 台所に近い使用人用出入り口のようだ。朝食の匂いが漂っている。


 静かすぎる食堂を覗くと疲れた様子の少女たちが食事をとっていた。ヘンドリックと側近、オデットはいない。

 何か変だ、と思って見ているとあることに気づいた。テーブルはあるのに椅子がないのだ。他にも花瓶や燭台など、あるべきものがなく、なんだかぽっかりとしている。

 家具類は売り払ったと言っていたからそのせいだろう。貴族の令嬢が立ち食いしている、異様な光景がそこにあった。


「…………」


 少女の中に知った顔を見つけて憂鬱な気分になる。ディッカー伯爵令嬢、文化祭でクラリッサを呼び出した子だ。

 直接被害を加えたわけではないが、だからといって無罪放免とはいかなかった。アイーダ公爵家を敵に回した、その責任を取らされたのだ。結果、彼女はここにいる。

 胃弱の偏食を改善することができたと思っていたのに……。彼女の本音を聞いた時は落胆したものだった。幼い子供にとってはそれがどんなに美味しくても、『嫌いなものを騙して食べさせられた』ことにしかならないのだと思い知った。


 他の部屋も椅子やら棚やらがなく、貴族らしい服を着た少年少女が窓枠やテーブルに腰掛けて食事をしていた。


 ふと見るとレースや刺繍の作りかけが置かれている。令嬢が手慰みに作っているのか、それとも売って生活の足しにしているのか。こういうのはやらないでいると手が忘れるからな、現実逃避だとしてもやることがあるのは良いことだ。


 前回来た時に見当をつけたオデットたちの部屋に向かう。これだけ堂々と歩いて、俺を見つけても誰も何も言ってこなかった。知らない大人がいても警戒しないのは、日常的に大人が様子を見ていたということだろう。やはり第二王子派の貴族が絡んでいるのだ。


 ドアの前にばらまいておいたカンシャク玉は綺麗になくなっていた。ちゃんと踏んづけてくれたのかな?

 ノックすると「はい」と返事があり、何の疑いもなくドアが開けられた。


「遅かったな。殿下がお待ちだ」

「もう殿下じゃないだろ」


 応対に出てきたのはシェーン・エンダーだった。真面目に貢ぎすぎて国庫を横領、禁固二十年になった男だ。

 シェーンが顔色を変える。とっさにドアを閉めようとする前に俺が踏み込んだ。たたらを踏んだシェーンがどすんと尻餅をついた。


 部屋の中の光景に息が止まった。


 さすがにこの部屋から家具を持ち出すことはできなかったのか、シェーンを除いた全員がソファにいた。突然の闖入者にレナード・オーグリーが腰を浮かせ、闇魔法の使い手であるリュカ・ツィダーがこちらを振り返っている。ローテーブルの上には朝食のものだろう食器がそのまま置かれていた。

 床の酒瓶は想定内だ。澱んだ酒臭い空気が部屋に充満している。


 俺が驚いたのは彼らの荒みようではない、それはいいんだ。


 二人掛けのソファにオデットとヘンドリックが向かい合うようにして座っていた。オデットは令嬢らしくドレス姿、髪や肌も荒れておらず健康状態は良さそうだ。

 ヘンドリックのシャツは洗濯こそされているようだがアイロンをかけていないだろう、皺がそのままだった。前ボタンを開けて袖をまくっている。

 その腕にも胸にも包帯が巻かれ、右手にはナイフを持っていた。

 今まさに切ったのだろう左手首から鮮血が滴ってヘンドリックのズボンに落ちた。


「何をしている!!」

「聖魔法の練習です」


 外部の者には秘密にしていたのだろう、シェーンとレナードが慌ててヘンドリックの前に出て彼を隠した。

 代わりにリュカ・ツィダーが答えた。黒髪が伸び、頬はこけ、衣服も乱れているのに目だけが爛々と狂信者のように輝いていた。


「オデット様を聖女にするよう言ってきたのはそちらでしょう」


 ……こいつら、俺が誰だかわかってないのか?


 俺がヘンドリックたちに会ったのは二回しかない。万年筆の実演販売と、文化祭だ。商人は客の顔を覚えるのも仕事みたいなところがあるが、貴族の令息が平民の商人ごときを覚える必要はないか。

 それでも敵認定しているはずの俺の顔を思い出しもしないなんて。タナカ商会は王都撤退までしたんだぞ。過大評価しすぎた気分だ。


「オデットが聖女になったところで今さら無意味だぞ」

「アスクレーオスか、あいつは偽者だ! 一度はオデット様についておきながら裏切った、あんな男が聖人になれるわけがない!」


 リュカが忌々しげに叫んだ。


「アスクレーオスは関係ない。アスクレーオスが聖人になれたのは今までの行いの結果だ。オデットでは聖女になれないんだ」


 そもそもカダに魔法をかけて意識不明にしたのはそっちだろう。先に裏切ったのはそっちだ。

 聖魔法の要である医療知識を、アスクレーオスは聖人になれなくても学んでいた。聖人候補として期待されていたからこそ、聖魔法のみに頼る医療に疑問を持ち、医の道に進んだのだ。


「何を……!」


 激高したリュカが腰に下げていた剣を抜いて襲いかかってきた。

 肩にかけておいたスナイパーライフルで剣を受け止め、銃身の婉曲を利用して滑らせる。上に跳ね除けて両腕が持ち上がり無防備になったところで腹に銃口を押し当てる。


 大丈夫。空だ。実弾は入っていない。


 ぎゅっと目を閉じてトリガーを引いた。


 ドゴン!!


 リュカの体が吹っ飛び壁に打ち付けられた。そのままずるりと崩れ落ちる。

 どっと汗が噴き出し、慌ててリュカに駆け寄った。腹を撫でる。穴の開いた様子はなく、出血もない。はっはっと呼吸が早くなっているのが自分でもわかった。大丈夫、気絶しているだけだ。

 リュカが落とした剣を支えにして立ち上がる。膝が震えていた。


「リュカ!!」

「きゃああ!!」


 シェーンとレナード、オデットが悲鳴を上げた。


「黙れ!!」


 これだけの騒ぎの中、ヘンドリックだけが半分眠ったようにぼんやりと笑みを浮かべて立っている。右手にはナイフ。左手の出血を気にせず痛みすら感じていないようだった。

 闇魔法で幸福な夢でも見せられているのだろう。わずかに開いた口から涎が垂れた。


「闇魔法で操って聖魔法の練習か。たいした聖女様だな」


 闇魔法、という言葉に目を見張った二人が信じられない、とオデットを見る。オデットは泣きそうな顔で何度も首を振った。


「ち、ちがう。私じゃないわ、信じて」

「ああ、オデットじゃない。闇魔法の使い手はリュカだ。リュカはヘンドリックを恨んでいたようだからな、ここぞとばかりに復讐したんだろう」


 ヘンドリックの右手からナイフを取り上げて床に置き、足で柄を踏みつけて銃口を押し当てた。撃つ。

 ドゴン、パキッ、と音がしてナイフが砕けた。


 本当に魔法カードは万能だ。リュカは風魔法による空砲で風の弾を打ち出し、土魔法ならナイフすら破壊する。

 俺が『コーバン』用に考えていたのは、犯人制圧用のゴム弾だった。しかしそれを世に出したら絶対に殺傷武器にする者が現れる。火薬と鉄があるんだ、その発想になるのは俺だけではないはずだ。

 魔法を使うと地形が変わるほどの被害が出る。だが、銃なら死ぬのは人間で済むと考える奴が絶対に出てくる。俺が開発した物が戦争に使われるなんて冗談じゃない。俺はアルフレッド・ノーベルにはならない。断固御免だ。


「リュカが、殿下を恨んで……?」

「もう殿下じゃないだろ」


 数分ぶり二回目の訂正に彼らは顔色を変えなかった。思いもよらなかったことを言われて愕然と気絶するリュカを見ている。


「オデット、見ていろ。聖魔法ってのはこうやるんだ」


 ヘンドリックの腕を摑んで聖魔法カードに魔力を流した。

 ミラーボールの光が溢れて部屋中に散らばる。ヘンドリックの腕や胸に吸い込まれていった。

 完全に治癒はしない。証拠というのもあるが、消毒してかさぶたで塞ぐ程度にした。痛みと痒みでしばらく苛々しろ。ちゃちな復讐である。

 左手首の傷にかさぶたができると、聖魔法の影響かヘンドリックの顔つきが正気に戻ってきた。ぱちぱち、と瞬きをして俺を見る。


「き、貴様は……」

「お。お前は俺のこと覚えてたか」

「ターニャ・カー……! なぜここに!?」


 バッと腕を振り払われステップを踏んで離れる。


「えっ!? この男が?」

「ターニャって、あのふざけた男よね?」

「どうして聖魔法を……!?」


 やっと思い出したのか。やれやれだ。


「ヘンドリック終了のお知らせを持ってきてやったんだよ」

「なんだと!?」


 魔法を使われる前にさっさと終わらせよう。


「ランスロット王太子殿下の嫡男であられるアーサー殿下とクラリッサ・アイーダ公爵令嬢の婚約が決まった。第二王子派だった貴族はアーサー殿下が抑えてくれるってよ。つまり、ヘンドリックは用済みだ」

「な……っ、叔父上が……!?」


 シェーンの顔色が悪くなった。遅かった、と言っていたし思い当たることがあるのだろう。

 シェーン・エンダーは財務大臣の息子だが、だからといって国庫の横領がそう簡単にできるとは思えない。手引きした奴がいたはずだ。おそらく叔父のゴトー子爵だろう、上手く横領罪を甥に押し付けて逃げおおせたわけだ。

 罪から逃げたとしても第二王子派だったのは周知の事実。ヘンドリック復権を狙って脱走の手伝いをしたけれど、アーサーが引き取ってくれるなら落ち目のヘンドリックを支援し続ける理由はなくなった。むしろ邪魔になった。


「それがどうしたの?」


 わかっていないオデットが不思議そうにレナードに聞いているが、答える余裕もないようだ。


 いやはや、王家のやることは商人なんかよりよっぽどあくどいわ。感心するよ。国のためという大義名分さえあれば人の心を踏みにじって血を分けた弟さえ利用するんだからな。

 この一連の責任をヘンドリックに押し付けるのだ。冬の離宮から脱走してオデットを脱獄させ貴族を集めて王家所有の館に立て籠もった。経済制裁により物価の高騰と王家への不信感を招き、それを治めるためにアーサーとクラリッサが婚約する。第二王子派の貴族は喜んで矛を収めるだろう。そしてヘンドリックだけが悪になる。


 オデットは救出されるな。アスクレーオスという前例がある、聖女候補だけは生かして捉えるつもりだろう。死んだことにして監禁し、聖女として利用する。聖魔法を発現しなければ捨てるだけだ。


「俺はクラリッサを取り戻す。お前はどうするんだ」


 ヘンドリックの顔が屈辱と怒りで歪み、肩で呼吸をし始めた。生まれながらにして栄華を極め、自分が望んでいたすべてを持っている兄が、今度は自分を利用して捨てようとしている。初恋のクラリッサまで息子に与えようとしている。

 ヘンドリックの非は明白だが、それでもあんまりだろう。兄なら婚約者への対応を教えてやるべきだったし、父親ならクラリッサへの恋を諌めるべきだった。ランスロットには持たざる者の気持ちがわからないのだ。

盤をひっくり返された、捨て駒の意地を見せてやれ。




良いこと言ってるように見えますが、ターニャも利用してますね。ヘンドリックがどうなるかわかるからこそ最後の意地を見せる場を与えようとしてます。

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― 新着の感想 ―
[一言] うわあ…敵の敵を明確にしてあげてるぅ…えげつなー!
[一言] 使えるものは何でも使う、流石商人…!! ヘンドリック、王族として、貴族として、何度も兄に煮え湯を飲まされてきた屈辱が彼を動かしていた原動力を焚き付けるとは、おぬしもやるのう~!!
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