気を付けて
鳥籠の館は思っていたより荒れていなかった。
俺の予想ではもっと汚物の臭い漂う荒んだ難民キャンプだったんだけど、これは嬉しい予想外だ。
「夜のせいでしょうか。なんだか治安良さそうですね」
トーマがきょろきょろ見回しながら感想を言った。トーマも俺と似たようなことを想像していたらしい。
「荒くれ者が肉を片手に酒盛りでもしてるかと思ってました」
それ荒くれ者じゃなくて山賊。たしかに火の焚かれたところでは数人が酒盛りしているが、大声で下品な笑い声をあげる者はいなかった。きちんとグループを作って生活している。
「おっ、なんだお前ら新入りか? こんな時間に来るってことはなんかやばいことやらかしたな?」
一人の男がワイン片手に話しかけてきた。
「ええ、まあ」
ちょっと殺人容疑と国家反逆罪を。
言葉を濁して曖昧に笑うと男はしたり顔でうんうんとうなずいた。酔っているのか酒臭い。
「ここんとこそういう奴が増えてんだよ。俺のかかぁもよ、ちょっと浮気したぐれえで怒ってよぅ。出ていけ! って言うから出ていってやったわ! がははっ」
それ笑ってる場合じゃないのは。土下座でもなんでもして許してもらうべきでは?
「奥さん心配してるんじゃないですか?」
「いーのいーの、亭主殿が働いてるってーのに浮気ぐらいで目くじら立てやがって。ちったあ心配してりゃぁいいんだ。さっ、ワケアリ同志飲もう飲もう!」
「えー……」
腹減って疲れてるのでグループに入れてもらえるのはありがたいけど、この人は説得して家に帰らせたほうがいいんじゃないかな。トーマと顔を見合わせながら引き摺られるようにたき火の前まで連れてこられてしまった。
たき火は簡単なものだが竈らしきものが造られ、スープの入った鍋がかけられて周囲に肉とパンが豪快に串刺しで炙られていた。ほら、と肉汁滴るソーセージを差し出される。木製のカップに入ったワインまで回されてきた。
「ここはいいぞ、安全だし、飯もある!」
さっきの男が言うと、たき火を囲んでいた男たちもうなずいた。
「仕事しなくても後ろ指さされることもないし、犬をけしかけられることもない!」
「まったく、オデット様さまだ」
「俺たちは「かわいそう」だもんな」
「そうそう。悪いのは助けない貴族でぇー、俺たちは「かわいそう」な弱者だってよ」
笑う男たちに混じってソーセージを齧りながらため息が出そうになった。
少しは世間を知ったかと思っていたが、オデットたちは何も変わっていないのだ。むしろ学院限定だった『平等』が加速している。もちろん悪いほうへ。
元は平民だったオデットは貧しさを知っている。それが光魔法に目覚めて聖女候補となり、生活が一変した。彼女を崇拝し、ねだれば与える者が現れた。
ヘンドリックをはじめとする高位貴族を惑わした罪で投獄されてしまったが、こうして救出されている。まだ十六歳の少女に調子に乗るな、というほうが無茶だ。
そして今、オデットは「かわいそう」な者たちを憐れむことで自尊心を満たしている。集まった行き場のない浮浪者にやさしい言葉をかけ、食事と寝床を提供するだけの簡単なお仕事だ。その予算は貴族から貢がれた宝石の一つも売ればいい。
ここの男たちは当然その馬鹿馬鹿しさに気づいている。
見下されてありがたがってやれば、オデットは「かわいそう」と言ってホイホイ願いを叶えてくれると思っているのだ。こんなに楽な生き方はない。弱者を演じて憐れまれて、オデットを崇めていればいいのだ。
見下すつもりが見下されていることに、オデットと共に鳥籠の館で暮らすものだけが気づいていないのだろう。領民を酷使する貴族よりひどい行いだ。労働者には労働者の誇りがあるのに、オデットは彼らを堕落させてしまった。
「……商……じゃなくて兄ちゃん……」
商会長はまずいと思ったのかトーマが言い直した。顔色が悪い。同じことを考えたのだろう。
外にいる者たちは思い思いの椅子に座っている。
庭に生えていた木を伐採して作ったのだろう。貴族の庭はやたらに木や花が植えられているからな。暗くて見えないが魔法を使えば木を伐採することも、乾燥させて薪にすることも可能だ。景観などまったく無視した蛮行である。
貧しかった幼少期に比べてはるかに美味いはずのスープが、やけに味気なかった。
ここの治安が良かったのは、見かねた数人がリーダーとなり男たちをまとめているからだった。
朝食の炊き出しにも列ができていて我先に奪い合うこともない。みんな行儀よく並んでいる。
昨夜のグループには寝ていていなかったものが切株に座っていたため混じれず、トーマと立って朝食を食べた。
「おはようございます、新人さん」
「おはようございます……?」
夜のうちにゴーダとギガント隊も無事に到着し、合流していた。
ベッドではなく地べたに毛布に丸まって寝るのは大変だったがどうにか休めた。虫が気になったが眠ってしまえばぐっすりである。俺も図太くなったものだ。
「ここで生活するにあたって、洗面とトイレの場所を教えておきますね。トイレは現在紙切れですので洗うしかなくて、その注意点も」
まとめ役のリーダーらしき男が話しかけてきた。
顔は笑っているがあきらかに苛立っている。また浮浪者かよ、しかも集団で来やがって、と全身が物語っていた。
煉瓦を土で固めただけの、なんとも頼りない囲いの屋外トイレにはドアがなく、布で隠されているだけだった。足元が見えるようになっているのはまちがいがないようにとの配慮だろう。衣料品店の試着室みたいなトイレだ。
地面に穴を掘っただけかと思いきや、木製だが便座があった。なぜかチャンバーポットまである。
「このトイレは土属性魔法持ちが穴を掘って煉瓦で作ってくれました。用を足したらチャンバーに水を入れて、ハンカチか何かで尻を拭いてください。その布は各自洗うように。汚物の上には灰を被せるのをお忘れなく。虫と臭いの発生を防ぎます」
消臭炭みたいなものか。よくできている。
感心しながら見ていると、周囲に目を走らせたリーダーが言った。
「……アイーダ公爵家の者です。お待ちしておりました、カー商会長」
「っ!」
公爵家の者、というより身元がばれていることに驚いて振り返る。
この、いかにも粗野で荒くれリーダーにふさわしい男が公爵家の? ギガント隊にいても遜色ないぞ。よく見れば顔はたしかに貴族らしい整った顔だけど、目つきは悪いし無精髭とボサボサ頭、骨格から体つきが喧嘩慣れした男のそれだ。
俺がじろじろ見ているとリーダーが苦笑した。
「人にはいろんな役目があるものです」
「なるほど、適材適所ですね」
リーダーは自分の容姿や体格を利用して、影から公爵家を支える仕事に就いたのだろう。
縁の下の力持ち。日本でいうなら土建屋みたいなものだ。汚れ仕事に蔑まれることがあっても、いつも誇りを忘れない。
さすが、アイーダ公爵家だな。こういう人材をタナカ商会も大事にしなければ。
一人でうんうんうなずいていると、目を丸くしたリーダーが好意的な笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
はにかんだリーダーだが、俺の背中を見て困ったように口元を引き攣らせた。
「閣下からは商会長の指示に従うよう命令を受けています。それで、その……背中にあるのが新商品なのでしょうか?」
戸惑うのはもっともだ。見た目鉄パイプに持ち手を付けた、めちゃくちゃ怪しい凶器だからな。
俺が割り箸鉄砲から作った銃は見た目重視だ。なにしろ趣味で作ったやつだし、眼鏡はあってもスコープを作れるほど精度の高いレンズは研究中だ。
花火があるということはある程度火薬は改良されている。黒色火薬に無煙火薬と呼ばれるやつがあった。
ボルトアクション。銃弾のケツを叩いて爆発させ発射する、狙撃銃である。銃身は長くスコープの代わりに先端に照準器をつけた。
試射もして命中率はお墨付きだ。なにしろ趣味だからな。仕事じゃねえんだ真面目にやれ、とは誰の言葉だったか。
ただし生き物を撃ったことはない。木の的だ。それだけはどうしてもできなかった。
「いいえ。これは売り物にはできません」
自分ですら扱えない物を販売することはできない。
「はあ……」
リーダーはシュトル・ジョージアと名乗った。……ジョウジマか、まさにリーダーだな。
「ボーレーニュから送った荷は届いていますか?」
「あ、はい。公爵家に置いてあります」
「では、タナカ商会の本店に運び込んでください。トーマをつけますので、わざとらしいほど大げさに入荷作業をお願いします」
トーマを見ながら言えば、トーマはきりっとした表情でうなずいた。反対にシュトルは気づかわしげに眉を寄せる。
「大丈夫ですか? 客が殺到するのでは」
「大丈夫です。トーマ、明日までに準備できるか?」
「人手をお借りすることは?」
「そちらは問題ありません。閣下は何事も良きようにとおっしゃっています」
シュトルの返事に「それなら大丈夫です」とトーマが言った。
「開店と思って人が集まってくるだろう。そうしたらこう言ってくれ」
トーマの耳に作戦を囁くと面白そうに目を輝かせた。
「そいつはすごい。実に楽しそうだ」
「『コーバン』から紙を持ってきて……いや、この際だから『コーバン』で作業するか。チラシを店の窓に貼り付けるんだ。赤ペン使っていいぞ、とにかく派手にやれ、デザインは任せる」
「はいっ」
本当はここのごろつきを雇うつもりだったんだが、あの様子では無理だ。もっと危機感があるならまだしも働く意欲そのものがない。タナカ商会で引き取って恩を売ろうと思ったんだけど中止だな。そういう意味でも予想外だ。
「ゴーダ」
「おうよ」
「ギガント隊は『コーバン』に戻り、明日の準備を手伝ってくれ。明日は客が押し寄せて大混乱が予想される。列整理と、警備隊及び近衛対策だ」
「わかりやした」
「随時休憩はとれよ。荷物泥棒は手を出されたら反撃、怪我のないよう気絶で済ませておけ」
「任せてくだせえ」
「警備隊、近衛が魔法攻撃をしてきた場合、お客様を守れ。専守防衛だ、いいな」
「おうっ」
ギガント隊だけではなく『コーバン』勤務職員には専守防衛を徹底させている。うっかりやりすぎても正当防衛が成り立つからな。ちょっとやそっとの攻撃ではまず当たらないし、そびえ立つマッチョの壁にびびって絶望してくれたほうが話が早く済む。
「魔法カードはそのまま持っていていい。使い時は各自の判断に任せる」
ギガント隊の顔を見回しながら告げる。全幅の信頼を預けられた男たちの顔が感激に赤くなった。
ゴーダとギガント隊は抑圧された弱者の爆発的感情の象徴だ。お上によって踏みにじられる屈辱を知っている。それを暴力という形で発散し、罪こそ軽減されたが捕まって投獄された。そしてタナカ商会に雇われた。
今度はもっと上手くやる。顔にはそう書いてあった。
「くれぐれも気を付けろよ、トーマもだ」
はい、と言って行きかけたトーマが足を止めて振り返った。
「商会長、いつも「気を付けろ」って言いますね」
「そうだったか?」
「はい。何か意味があるんですか?」
意識したことなかった。いってらっしゃいに「気を付けて」が付くのは普通だと思うぞ。しかしなぜか全員に返事待ちされ、何か言わなくてはと焦る。
「意味って言われても……。気を付けて、を言われると気を付けようと思うだろ? 言わずに見送って、何かあったら嫌じゃないか。気分の問題だ」
「商会長の気分ですか」
トーマたちが顔を見合わせてニヤニヤ笑っている。なんだなんだ?
「トーマ?」
ムッとした俺に笑って言ったのは、ゴーダだった。
「なあ、大将。大将にそれ言われるとな、俺たちなんともいえねえ気分になるんでさ」
「こう、くすぐってえような、なあ?」
「そうそう、気合い入れねえと! ってなる」
「俺らにそんなこと言ってくれたのは大将がはじめてですぜ」
だから、とトーマが体ごと向き直る。
「商会長も、気を付けてくださいね」
笑いながら去っていくトーマたちを見送った俺は、耐え切れずにしゃがみこんだ。
トイレに向かうのだろう男が邪魔そうに舌打ちして土を蹴る。
気を付けて、なんて当たり前のことじゃないか? 特に意識して言うことじゃないぞ。
それを、嬉しい、なんて思ってたのかあいつら。
顔が熱い。
「……っ、トーマのやつ、俺のやることわかってやがったな」
付き合いの長さは伊達じゃない。止めても止めないのがわかっていたからあんなことを言ったのだ。俺が「気を付ける」ように。
わかってる。気を付けるよ。
俺にはお前たちがいるんだもんな。商会長がこんなところでやられちゃたまらない、俺には待っててくれる人がいるのだ。
「さーて、クソガキ共に喝を入れてくるか」
一カ所だけ窓枠ごとなくなっている鳥籠の館を見上げた。
リーダーの名前、これしか思いつかなかった。
さて、ターニャの銃はボルトアクションタイプのスナイパーライフルです。ただし実弾なし。今のところ鈍器のようなものでしかありません。
明日以降更新が遅れるかもしれません。気に入らなくて書き直ししてます、楽しみにしている方、申し訳ありません。




