光学迷彩
以前のサブタイトルが規約に違反するとご指摘いただきましたので変更しました。
「そ、そんな馬鹿な……!?」
「おい、どうなってる!? 誰もいないじゃないか!」
「こ、こんなはずは……。口車に乗せて、たしかにターニャ・カーでした!!」
「口車に乗せてどうする! 馬車に乗せるんだ!!」
こら、トーマ。笑うんじゃない。
繋いだ手から伝わる振動に、手の力を強くして戒めた。
俺たちは堂々と、抜き足差し足忍び足で馬車から降りている。
ミエロ運送はやはりナダーシャ商会に俺たちを売るつもりだったようで、途中で下ろされることなく王都のナダーシャ商会に運ばれた。
しかし荷台に俺たちはおらず、ナダーシャとミエロはパニック。責任の押し付け合いに発展している。
「どうするんだっ!? もうじき近衛が来る、これをどう説明すればいい!?」
「知りませんよそんなことっ!? 私はこんな仕事嫌だったんだ! どうしてもカーさんを捕まえたいなら自分でやればいい!!」
なるほど、どうやら警備隊ではなく近衛が来てくれるらしい。それは好都合だ。
荷馬車だったので屋外の馬車留めで停車してくれたのも都合が良かった。おまけに夜だ。やつらに俺たちの姿は見えない。
ナダーシャ商会の馬車留めから外の通りに出て全員で物陰に隠れる。そこでようやくほっとした。
「すごいですね、商会長」
隣にいるトーマがこっそり言った。緊張でこわばった顔でなんとか笑ったが、見えてはいないだろう。
光属性の魔法カードがあったからこそできた、大胆な作戦だった。とっさに持ってきたトーマのおかげだな。
光の屈折率と透過率を自在に変化させる――いわゆる光学迷彩だ。わかりやすく説明すると擬態である。
動くと目の錯覚みたいな気持ち悪い映像になるので口論をはじめたところで移動してきた。普通に物音は出るし、触れば感触があるので完全にごまかせるわけではないが、光学迷彩を知らない人をごまかすだけなら充分だった。
馬車で試験的にやってみせた時なんかトーマが腰を抜かしていた。声を出すなという命令を守っていたのはあっぱれだ。トーマの反応で、これはいけると全員で試したのだ。
イメージが難しいのか俺しか成功しなかったが、手を繋げば効果が広がること、三枚のカードで全員擬態できることがわかった。
十人揃ってナダーシャ商会から見えなくなったところで魔力を停止した。
省エネモードになっているとはいえ三枚の光カードに魔力を流し続けるのはしんどい。どっと疲労感が押し寄せてきた。
「はー……」
「商会長、大丈夫ですか」
「なんとか」
壁に背をもたれてゆっくり深呼吸をする。
魔法カードは誰にでも使えるが、使い続けることは不可能だな。魔力の多い貴族はともかく俺みたいな平民ではすぐに魔力切れを起こす。
「魔法カードの連続使用は危険だ……。パッケージに注意書きは必須だな」
あなたの健康をそこなう危険があります。煙草と同類かよ。
それか蓄電池みたいに魔力を蓄えておける装置が必要だ。これはカードデッキをセットするアイテムに組み込もう。カード本体にこれ以上術式の負荷をかけるのは無理そうだ。
「あっ、そんなこと検証できるなら大丈夫ですね」
もしもし番頭、少しは心配してくれ。
「大将、蹄の音がしやす。おそらく近衛です」
「何騎かわかるか?」
ゴーダがうずくまって地面に耳をつけた。
「……五騎ですね。こっちが十人とわかってて、繋いで連行するつもりですぜ」
その想像がぱっと出てくるところに前職が透けて見える。こんな時には頼もしいばかりだ。
「五騎か……」
近衛の馬なら鞍付きだろう。奪って逃げられればいいと思ったが、相乗りには不向きだ。作戦を変更する。
「奪えるか?」
「もちろんでさ。ですが、すぐに足がつきますぜ?」
それはわかってる。馬装が近衛のそれだし、馬を売り払ったところで名馬では不審がられる。血統で値段が違うからな、馬は。
「陽動作戦だ。奪ったら適当なところで降りて馬だけ走らせろ」
馬に乗って逃げたと思っているなら馬を追うはずだ。その隙に逃げる。ゴーダたちがうなずいた。
「その後は鳥籠の館に向かってくれ。俺は寄るところがある」
「は?」
「トーマ、声が大きい」
蹄の音が俺の耳にも聞こえてきた。ナダーシャ商会から見えない位置とはいえ大声は危険だ。
「鮒は安い……じゃなくて、なんで鳥籠の館に?」
そのやりとり、覚えてたんだな。慌てて声を潜めたトーマに笑いが漏れた。
「あそこならタダで飯が食える」
「炊き出しやってますからね」
「上手くいけば寝床もある」
「キャンプですか」
「ごろつきが集まってるからゴーダたちも紛れ込みやすい」
「納得の理由……!」
一つひとつ理由を上げたら納得してくれた。
王都でまだ指名手配されていたら、あそこほど格好の隠れ家はないのだ。不特定多数のごろつきが集まっている上に、まさか俺がオデットとヘンドリックの本拠地に行くとは誰も想像しないだろう。王都にはアイーダ公爵家とタナカ商会本店がある。どっちかにいると思うはずだ。
「それに、鳥籠の館にはアイーダ公爵の手の者が潜伏しているはずだ。開店準備もあるし、渡りをつけておきたい」
「はい」
話を聞いていたゴーダたちギガント隊も苦笑している。
「ゴーダ、聞いての通りだ」
「おうよ、大将」
ギガント隊の前に出て念を押した。
「陽動部隊は無理をしなくていい。近衛相手に戦うな、逃げに徹しろ。近衛は貴族だ、戦闘になったら魔法を使ってくる。逃げきれないとなったら大人しく捕まっておけ、必ず助けに行く」
「大将、俺たちを誰だと思ってるんすか」
「逃げるのは慣れてまさぁ」
「魔法使いとの戦闘も『コーバン』勤務で訓練しやしたからね」
「ばっちり連中を撹乱してみせますぜ」
わかっている。ギガント隊の強みはなんといっても実戦経験だ。貴族の坊ちゃん騎士では相手になるまい。
「近衛なんてプライドの塊だ。俺強いと思ってるひよっ子がキレたらムキになって厄介だぞ。そこそこ馬鹿にしてとんずらしてこい」
手をひらひらさせながら言ってやるとギガント隊がニヤニヤした。ゴーダが真剣な顔で通りを覗き込んだ。
「大将、来やす」
「気を付けろよ、また後で」
ゴーダに親指を立ててみせて、トーマと夜の路地裏を駆け抜ける。王都なら警備隊の巡回コースが頭に入っている、足音にかまわずに走った。
「それで、商会長、どこに、行くんです?」
「俺の家」
「え? しかし……」
走りながらの会話は息が切れる。説明は後、と告げてペースを落としたり急いだりしながら走った。
ナダーシャ商会の馬車留めは厩舎が併設されていて、住宅街から離れている。馬の鳴き声や馬糞の臭いに苦情が来るからだ。
広い王都の反対側から反対側まで走るの、三十路後半にはきっつい。
「馬車っ、乗せて、もらってっ、正解、でしたねっ」
「だなっ」
ギガント隊は上手くやってくれたのか、追手は来ていない。すっかり顎が上がって呼吸困難になった頃、ようやく家に到着した。
全焼したということだったが骨組みや煉瓦は一部残っていた。消火が早かったのだろう、庭までは延焼しておらず、こういう表現はどうかと思うが綺麗な焼け跡だった。焦げた臭いがまだ残っている。
「火事場泥棒のしようがないな」
「ですね……」
襲撃から数日経ち、犯人も捕まっているからか、警備隊はいなかった。
ジャリ、と炭化した木片を踏みしめながら家に入る。
こうなるとは思っていたけど、想像と現実に見るのとでは衝撃が違う。それなりに愛着のあった家具や食器、雑貨などが跡形もなくなっているのは哀しい気分になった。
「すまん、トーマ」
「なにがです?」
「引っ越し祝いで貰ったティーセット、割れちまった」
爆風で壁に叩きつけられたのだろう、粉々になって壁際に落ちていた。
家を買い、客人を招くこともあるのだから、とトーマとカーラから贈られたものだ。老舗の陶器工房、ブルー・アイボルトのものだった。しかも新作ではなくアンティークで、遥かに価値が高い。そうしたものは持っているだけで箔がつく。貴族との茶会に重宝していた。
「……仕方がありません。陶器ですから」
贈ってくれたトーマとカーラの気持ちまで燃やされた気がして、ただじっと眺めることしかできなかった。
「ところで商会長、ここに何が……?」
感傷を振り払うようにトーマが言った。
そうだった。ぐるりと見回して間取りを確かめ、台所に行く。
焼け焦げたカーペットを足で払って床下収納のドアを探した。
洋風建築のせいなのか、台所に床下収納がなかった。それが不満で、この家を買った時に俺が作ったのだ。
一応二階の部屋に金庫はあるのだが、そちらには大したものは入っていない。本命はこっちだ。親や弟妹たちとの手紙や記念品、思い出の品、作ってみたものの売りに出せなかった試作品などが入っている。あと貰い物の高級ワイン。もったいなくて開けられなかったやつだ。
絶対に失くしたくないものばかりなので耐火耐水加工してあるのだが。
「……熱でレバーが歪んでるのは予想外」
鍵開け魔法で鍵は開いたのに、内部が歪んでしまったのか何かが引っかかって開かない。ガチャガチャやってるとトーマが手を伸ばしてきた。
「代わります」
「できるのか?」
「たぶん」
トーマが土属性の魔法カードをレバーの上に置き、そこに手を乗せた。
「迷いし者は正しき道へ 導かれし記憶を取り戻し地図を開け 修復」
ふわっとカードから浮かび上がった土色のとんがり帽子を被ったコロポックルが自分の体より大きなハンマーをトーマの手に打ち付けた。
なにあれ!?
「トッ、トーマ! 今の!」
「土魔法のカードは俺も遊んで、いえ、耐久実験手伝ってたんですよ」
「ごまかすの下手か! いやそうじゃなくて、今のコロポックル何!? カードのマークになってた子だよな!?」
「コロポックル?」
コロポックルって日本の妖精だっけ? トーマが首をかしげるがそれどころではない。
「だからっ」
「カードに描いてあるマークは魔力を流すと浮かび上がるようになってるんですよ」
「さっき俺が光カード使った時そんなの出なかったけど!?」
「これにも魔力を使うので、無意識に省略したんじゃないですか?」
「そんな……」
俺だって、俺だって……「来い、光の精霊よ!」とかやってみたかった……!
「それより、開きましたよ」
「光の精霊ってなんて名前だっけ……」
魔法はあっても魔王も魔物もいないのはわかってるよ。精霊は民間伝承とかおとぎ話にしかいない。ユニコーンもエルフもファンタジーだ。俺にしてみればこの世界もファンタジーなのに。理不尽。
「光カードのマークはウィル・オ・ウィスプを意識したって言ってました」
聖魔法カードと区別するためだろうけど、どう見ても人魂だった。光魔法なのになんだか不吉である。釈然としない。
「あと、土魔法はコロポックル? ではなく土の精霊ノームです」
トーマが追い打ちをかけてきた。さては本当に遊んだな。
「覚えてろよ……」
「え、ちょっと何でですか」
とりあえず精霊召喚エフェクトは後回しにして、床下収納の棚を引っ張り出す。こちらは大丈夫のようだ。
「懐かしいもの入ってますね……」
「だろ? ……と、あった。これだ」
目的のものを取り出すとトーマの顔が綻んだ。子供の頃はこれでよく遊んだものだよな。
「うわっ、こんなのまで取ってあるんですか?」
「こいつは改良版だ。『コーバン』で使えないかと思ったんだが、魔法があるから却下になった」
トーマがうわー、と目を輝かせている。
魔法がある。それは事実だが、それだけで却下したわけではない。むしろ詠唱が必要ないぶんこれのほうが有利な場合もあるだろう。
ではなぜ商品化しなかったのかというと、俺の気分の問題だ。どうしても嫌悪感というか、ためらいが消えなかった。
できることならこのまま永遠に封印されていてほしかった。
作ってみたかったから作ってみただけの、お蔵入りした遊び心の趣味のもの。子供の頃は木の枝を改造して遊んだ。楽しいだけで終わらせてやりたかった。
崩れ落ちた天井から注ぐ月光に照らされた黒い銃身は、暴力的なまでに綺麗だった。
老舗工房、ティーセットはこれしか思いつかなかった。アイボーのウキョーさんです。
子供の頃、割り箸で鉄砲作ったりしませんでした?花火があるので火薬あります。ただ魔法があるので誰も考えなかっただけ。ターニャは日本人なので遊びならともかく武器としての銃は認められませんでした。好奇心抑えられなくて作ったけど、作っただけでびびってお蔵入り。




