トリックトラップトラック
「トーマのことだから魔法カードは持ってきているな?」
「もちろんです。手当たりしだいに摑んできました」
トーマだけではなくギガント隊までカードを取り出した。野郎ども良い笑顔である。
魔法カードは火、水、風、土、そして光の属性が揃っていた。数はバラバラで、本当に手当たりしだいに持ってきたのだとわかる。
「耐久試験はしたか?」
「はい。クラリッサ様のご学友に協力いただきました。魔法カード一枚なら一日中魔力を流し続けても平気です。魔力暴走防止のストッパーは、全力の魔力で燃え尽きました。汚損については水なら乾けば異常ありませんでしたが、コーヒーや紅茶、ジュースなどでは魔力の流れに誤作動が確認されています」
精密機械、パソコンかな、と思ったが、魔法術式は金で描いてあるし、ある意味似たようなものだ。
「そういえば、お前たちどうやってボーレーニュに来たんだ?」
賃貸の部屋から商人組合本部へと足を急がせる。ここは倉庫と倉庫の隙間に隠れるように建てられた縦長の三階建てで、教わらなければ倉庫で働く従業員のための休憩所にしか見えなかった。事実一階は事務所兼休憩所として使用されている。出入りする人は倉庫に入っていくので隠れ家があるとは思われない。
荷馬車が二台行き来してもゆとりのある道路には、エイゴが乗ってきたのだろう馬車が止まっていた。
「アイーダ公爵が馬車を貸してくれました」
「まさか、紋付き馬車か?」
「そのまさかです」
「専用門をフリーパスでしたぜ」
ゴーダが自慢そうに笑った。
貴族が家紋入りの馬車を他人に貸し出すのには特別な意味がある。貸した相手の身元を保証し、なにがあっても責任を請け負うというものだ。しかも貴族専用の門を通る際は荷物や同乗者の改めが行われない。
破格の待遇といっていい。
「公爵の怒りのほどが知れるな」
「愛娘を操られ、娘がお前と作った成果まで奪われようとしているのだ。あてが外れたなんてものではない、公爵家の誇りを踏みにじられたようなものだろう」
怒って当然だ、とエイゴが言った。
「公爵家の馬車はボーレーニュの門前で待機してもらっています」
フリーパスで王都に行ける。そんなことはランスロットもとっくに把握しているだろう。
「いや、公爵家の馬車は使わない」
エイゴの馬車に運ばれながら、スーツから取り出したメモと万年筆で書いていく。揺れる馬車で文字が乱れたけどかまうものか。ページを破いてエイゴに渡した。
「組合長、それの用意を頼みます。公爵家の馬車に積んでください」
人、物、金。ありがたく使わせてもらおう。
「わかった。馬車は荷物を積んだら王都に返せばいいんだな?」
「はい」
エイゴとは商人組合本部で別れ、俺たちはボーレーニュを出る手配をする。
「大将、俺たちはどうしやすか?」
「殴り込みなら任してくだせえ!」
ギガント隊は昔の血が騒ぐのかやる気満々だ。
「頼もしいな。まずはこっそり王都に帰って開店準備だ」
「開店!? 店を再開するんですか!?」
そんな場合か、とトーマが抗議してきた。
「魅了だか闇魔法かはわからんが、洗脳のかかりが浅いことは術者には感じとれているはずだ。王族として一応の規則を守り、婚約の内示をした。次は正式な婚約だが、これはヘンドリックのことがあるから内々で行うだろう。お披露目をしない口実がある。さっさと陛下の承認を得られるな」
「早く助けにいかないと……!」
「城の奥深くに隠されているのをどうやって助けるんだ。こっちから行くんじゃなくて、向こうを引き摺りだす」
「引き摺りだすって……」
トーマはじれったいといわんばかりだが、行き当たりばったりでのこのこ乗り込んでも捕まって終わりだ。
「タナカ商会はあちらが喉から手が出るほど欲しい聖魔法カードを独占している。自分の権利を侵害されて指を咥えて見ていると思うか? あのクラリッサ様が」
公爵令嬢のクラリッサならアイーダ公爵あたりに泣き付くかもしれないが、トーマや侍女への態度を考えるとどうも悪役令嬢のクラリッサが前面に出ている気がする。我儘で癇癪持ちだった、王子様との結婚を夢見て拗れにこじれたクラリッサだ。
俺たちの知ってるクラリッサとはあまりにも違うが、六歳の頃のクラリッサを知っていれば洗脳の影響で幼児退行したと思われているだろう。
「……たしかに。クラリッサ様ならご自分で戦うと言うでしょうね」
誰かさんの影響で、と副音声が聞こえてきそうな目つきでトーマが俺を見た。なんのことかな?
戦う、とは物騒だが、まあそうだ。俺の知ってるクラリッサでも直接対決を挑んでくるんだよ。クラリッサにはそういう潔いところがある。
「クラリッサ様が出るなら殿下も出てこざるを得ない。城に隠れて震えているような男じゃ失格だからな」
にやにやしながら言うと、トーマがはーっとため息を吐きだした。
「アイーダ公爵が言ってましたよ」
「何を?」
「商会長が味方で良かった、ですって」
「褒め言葉だな」
「まったくです」
そろそろボーレーニュの門に着く。背負子や荷馬車が列になって並んでいるのが見えてきた。
ギガント隊に向き直る。
「そういうわけで、俺たちが戦うのは近衛になる。念のため言っとくが、殺すなよ」
ワンパンチで首の骨ぼきっといきそうな腕の太さの男たちを見た。
「近衛……」
呆然と呟いたゴーダの顔がしだいに笑みを刻んだ。あくどい顔といっては悪いが、盗賊の親分が攫ってきた乙女を前に舌なめずりするような笑顔である。
「相手にとって不足なし! 感謝しやすぜ大将!」
そう笑うとギガント隊に声を張り上げる。
「野郎ども、喜べ! 俺たちのお姫さんを攫いやがったクソッたれをとっちめる機会を、俺らの大将が与えてくださった!!」
うおおおおおおおお!!
野太い歓声が上がった。門前に並んでいた人々が何事だと振り返る。
「クラリッサ様は俺たちのお姫さんだ!」
「俺はやるぜ! 俺はやるぜ!」
「金と権力だけのクソッたれなんかに渡すかよ!」
「そうだ!」
「お姫さんのダンナにゃあ我らが大将を置いて他にいやしねえ!」
「やってやらぁな!」
「姫さんと大将は、俺たちが守る!」
こういう時の男の連携ってすごいよな。今回は囚われの姫君救出作戦だ、男なら誰もが憧れるシチュエーション。気合が入っている。……見た目山賊なのがアレだけどな。列の人たちが怯えちゃってるよ。
これも作戦だ。列にいる商人がこそこそと鳩を飛ばすのが見えた。商人ネットワークの情報伝達において、現在主流なのが伝書鳩である。
耳の早い商人ならクラリッサとアーサーが婚約したことを聞き及んでいるだろう。そこにタナカ商会がクラリッサ奪還で決起した。その情報が、王都へ行く。
タナカ商会は聖魔法を含めた魔法カードを渡さないつもりだ、と判断するはずだ。
嫁入り道具が来ない。恥をかかされたクラリッサは激怒して抗議するだろう。だがこっちにも言い分がある。国王陛下にも認められた婚約を、俺になんの断りもなく、なかったことにされたのだ。先に恥をかかされたのはこっちのほう、婚約者だからこそ魔法カードの研究顧問として協力したのに失望した。魔法カードは慰謝料としてターニャ・カーがその権利のすべてを貰う。
ここまで馬鹿にされたらクラリッサは出てくる。そして、王家の権威でもって、アーサーは事を治めようとするだろう。それこそが狙い目だ。
高い餌だ。これに釣られてくれないと困る。
さて、とコソコソこっちを見ている商人の列を眺めていると、一人が声をかけてきた。
「カー商会長! 儂ら王都まで行くんじゃが、荷台に乗ってくかい?」
「いえ、私どもは一応お尋ね者ですので遠慮しておきます」
「嵌められたんだろう? わかっているとも。商人なんて相身互いじゃ、気にせんでええ」
言っている間に馬車が近づいてくる。ミエロ運送、と荷台に刻印が入っていた。
「……ナダーシャが使ってる運送会社です」
トーマが小声で囁いた。
規模の大きな商会となると自前の馬車だけではなく運送会社と契約して荷物を運ぶことがある。タナカ商会も例外ではない。ただしうちは無名の頃から馬鹿にせず請け負ってくれたところと契約している。こういう義理を大切にしないと大成できない。
ミエロ運送も営業に来たが、過去にこっぴどく振られたため今度はうちから断った。他社の息がかかったところを使って商品を汚損されたり、わざと盗賊の出るルートを通って荷物を奪わせたり、それでいて負傷者の見舞い金を分捕られたりなんて冗談じゃないぜ。
「本当に、ご迷惑は……。大人数ですし」
「任せてください! さあさあ、遠慮しないで!」
二頭立ての幌付き馬車――護送車のような荷台に背中をぐいぐい押されて乗り込まされる。俺が入ってしまったのでトーマたちもしぶしぶ乗り込んだ。
がっちゃん、と外から鍵をかけられる。
「商会長……っ」
罠だというのはわかっている。人差し指を口元に当てて『静かに』のジェスチャーをして全員を見回した。全員言いたいことをぐっと飲みこんだのを待って、カードを取りだす。
光魔法カードに魔力を流すと、薄暗かった荷台の内部がぽっと明るくなった。
メモと万年筆を取り出してサラサラと指示を書きこんだ。
『王都かシヴォンヌで警備隊に引き渡すつもりだ』
トーマがうなずいた。
『馬車が止まったら全員で手を繋ぎ、何があっても声を出すな』
全員がいぶかしげな表情を浮かべる。もう一度『静かに』のジェスチャーをして、光カードの効果を変えた。
視界に色があるのは光の屈折率と透過率が物質によって異なるからである。
光を操れたら、どんな色彩でも思いのままだ。
エグチ。漢字に挑戦してみました。




