笑う番頭
「ターニャの無実はその場で証明されている。しかしその事実は隠蔽され、指名手配だ。これをどう見る?」
王太子殿下が絡んでいるのだろうが、目的はなんだ? ナダーシャ商会にタナカ商会を吸収させて、それで得るものは?
それともアイーダ公爵家と敵対する貴族が、と考えたところでコンラッドが口を開いた。
「クラリッサお嬢様でしょうな。ヘンドリックの妃となるべく教育されたお嬢様と結婚して、第二王子派を懐柔する」
「王太子殿下は結婚しておられますわ」
クラリッサが驚いて否定する。そうだよ、いくら王太子だからって、公爵令嬢を第二妃にする気か?
コンラッドは何を言ってるんだという顔になった。
「ランスロット殿下ではありません。ランスロット殿下の第一子、アーサー殿下です」
あっ、とちいさく声が出た。
「アーサー殿下はお嬢様の一つ下。釣り合いは取れます。……ヘンドリックのことがありましたのでセントマジェスティックに入学せず、妃殿下の母国に国王陛下が留学させましたが……。お嬢様とアーサー殿下は何度か城でお会いしていますし、どうもアーサー殿下はそのつもりらしいとあちらの情報員から報告が来ています」
そういえば、今年は王太子殿下の第一子、つまり次期王太子予定のアーサーが入学する年なのに、びっくりするほど静かだった。ヘンドリックの不祥事があったから他国に留学していたのか。
「え? どういうことですの?」
クラリッサが嫌悪感もあらわに聞いた。
「国王陛下、王妃殿下の御前でターニャがクラリッサにプロポーズしただろう。陛下がそれを黙認された。その時点でターニャはお前の婚約者に内定した」
「はい」
「王太子殿下からすれば誤算もいいところだ。クラリッサとアーサー殿下の婚約をまとめることでヘンドリック派貴族をなだめるつもりだったのに、商人ふぜいにクラリッサを持っていかれたのだからな。オデットとヘンドリックの暴走は予想外であろうが、この際だから二人に責任を押し付けてクラリッサを手に入れる。そう考えているのだろう」
ゾッとするほど冷たい声で公爵が説明した。
クラリッサは蒼ざめて黙り込んでいる。
公爵は冷徹に続けた。
「クラリッサを押さえればタナカ商会の首も押さえられる。アイーダ公爵家への恩義ではない、ターニャがクラリッサのためにならないことはしないと思っているからだ」
公爵の目が俺を向いた。うなずくしかない。ただし念は入れさせてもらう。
「たしかに、それがクラリッサ様の幸せだとなれば、商会長は従うでしょう」
逆にいえばクラリッサの幸せにならないことは絶対にしないぞ。
「クラリッサ様が商会長のためにと身を引こうとしたら、多分怒りますよ。商会長はすでに覚悟を決めました。覚悟を決めた男がそう簡単に引くわけがない」
「覚悟……?」
「クラリッサ様と生きる覚悟ですよ」
クラリッサを幸せにしたいとは思ってるだろうけど、だからといって「ハイハイ」と言うことを聞く男ではない。
というか、ターニャと結婚するなら勝手に幸せになってろ、と俺は言いたい。あのターニャ・カーだぞ。仕事の鬼。商売大好きで新商品開発が趣味みたいな男と結婚して、苦労しないわけがない。一ヶ月や二ヶ月放置されてもびくともしないか、一緒に楽しめる女じゃなければ幸せなんか夢のまた夢だ。
「クラリッサ様の覚悟をお見せください。一歩も引かないという言葉を言葉だけにしないでくださるのでしょう?」
「……っ、もちろんですわ。わたくしからターニャさんを奪おうとする者は、誰であろうと許しません。わたくし、戦いますわ!」
良かった。それくらいの気概を見せてくれなければ、ターニャの嫁失格だ。
「……さすがは商人、口が達者だ」
「トーマ、クラリッサを焚きつけるな」
「苦情は商会長に直接どうぞ」
バルタザールが呆れたように軽口を叩き、公爵がため息を吐いた。
ずっと立ちっぱなしだったが、メイドがお茶を持ってきたところで着席を許された。どうやら俺だけではなくクラリッサも試されていたらしい。
「しかし現実問題、ターニャは指名手配され王都のタナカ商会が再開する見込みもありません。この状況で王家から婚約の申し出を断るのは極めて難しいといえるでしょう」
コンラッドは冷静だった。政務担当が感情論に左右されることはないか。
「トーマ殿、エイゴとターニャはどう動くと予想しますか? 商人と王家の対立になるでしょうか」
バルタザールが居住まいを正して聞いてきた。
「……表向き、対立構造は回避するでしょう」
ターニャは国王に気に入られている。信頼関係にヒビを入れることは避けるはずだ。
「商会長からの指示では、聖魔法カードとタナカ商会がまとめた医療知識を本にして、これをセット販売する予定でした。医療知識と聖魔法は切っても切れない関係であり、人体の構造を知らずに聖魔法を使うのは、砂漠にジョウロで水を撒くようなものだ、というのがターニャの主張です」
「わたくしもそう思います。ターニャさんは医療についてとても詳しく、聖魔法カードの術式は人体の構造図といえるでしょう」
クラリッサが体を公爵に向けて説明した。
「ですが状況は動き、商会長とクラリッサ様は分断されました。そこでターニャは各属性魔法カードを作り、これを十枚一組のパック売りする予定に変更しました」
クラリッサに託した手紙にあったのがこれだ。各属性を一枚ずつではなく、ランダムに混ぜ込んで販売する。もちろん中身は見えず、確認もできないようにしてだ。
先読みしたクラリッサが魔法カードを作っていたのは嬉しい驚きだった。
「このパックの中に、聖魔法カードを入れます。聖人となられたアスクレーオス様監修となればこぞって買い求めるでしょうね。魔法カードを引っ提げて王都に帰り、商会再会の手土産とする予定だったのです」
魔法カード作成は順調、といっていいかどうかはともかく進んでいる。
「エイゴとの取引に聖魔法カードを出したか」
バルタザールが眉を顰めた。
「いえ、それはないかと」
「なぜだ? ターニャの手持ちは聖魔法カードしかないだろう」
本気で言ってるのかとバルタザールを見るも、どうも本気らしい。これが貴族の考え方なのかな。
「聖魔法カードはクラリッサ様との共同製作と伺いましたが」
「ええ。そうですわ」
「ならば、クラリッサ様の同意なく質草にすることはしませんよ。商会長はそういうの厳しいんです。おそらくオーダーばあさんの治療など、今まで使った分の使用料も払ってくると思いますよ」
なんでわからないんだろう? 研究というのはそういうものだ。目を丸くするアイーダ公爵家一同に首をかしげる。
「……もしや魔法カード研究に関わった学生たちにも、販売したらお金を払うつもりだったのでしょうか」
「当然です。薄利多売路線でしょうから一枚一枚はたいしたことありませんけど、積もればそれなりになります。貴族は自分でお金を稼ぐことに嫌悪感があるかもしれませんが、権利は持っていたほうが良いと思いますよ」
契約書があればとっくにやっていたことだ。
「包装紙に名前が載ったりするのでしょうか?」
なぜかクラリッサがそわそわしている。
「それはありません。タナカ商会の商品で製作者名が刻まれるのは、一点物の魔道具くらいですね」
商品に関わった全員の名前をたとえ包装紙でも入れていたら大変だ。キリがない。どうしてそんな発想になったのかおかしくて、つい笑ってしまった。
「クラリッサ様、もしかして「私が作りました」ってやりたかったですか?」
「いえっ、そうではありませんの。ただ名前が載るのでしたら就職や結婚に有利になるかと思いまして」
なるほどそっちか。
「載せるとしたら学院の名前ですかね……。協力・セントマジェスティック高等魔導学院魔法カード研究部』とか」
……あらためて気づいたけど、関わってる貴族多いな。
バルタザールもそう思ったのか考え込んでいる。
「……なるほど、これはそう簡単に取引には使えませんな」
コンラッドが嘆息した。
「質草にするならまだあります」
「それは?」
「タナカ商会の医療知識です。商会長はたしか知的財産と言っていました。つまり、ふりだしに戻るつもりです」
「ふりだし?」
「国王陛下と約束したことです。タナカ商会は医療の発展に尽力します」
腰膝サポーターははじめの一歩にすぎない。さあこれから、というところでオデットとヘンドリックに邪魔されたのだ。
「すでに医療部門は商品を出しています。商人組合が医療に正式参入するのです。儲かりますよ、病人と怪我人はどこにでもいますからね。国王陛下のお声がかりではじまったのですから、謁見の良い口実ができました」
今頃高笑いしてるだろうよ。商会長と組合長のことだ、陛下に完璧な企画書を提出するだろう。国王陛下も大喜びだ。
知らず嗤っていたのかコンラッドとバルタザールがうわあと言いたげな顔をしている。クラリッサは目を輝かせて何度もうなずいた。
アイーダ公爵はしばらく肩を震わせていたが、やがてしみじみとした声で、こう言った。
「今ほどターニャ・カーが味方で良かったと思ったことはないな」
褒め言葉ですね。




