番頭はつらいよ
ターニャ・カーが殺人容疑で指名手配された。
そんなニュースをアイーダ公爵家で聞くことになった俺は叫びたくなった。
昨日の今日でなにやってんのあの人!? 少しは大人しくしてろよ!!
俺の隣にいるクラリッサは侍女の持ってきた指名手配書を手にするや否や灰にしている。
「おっ、お嬢様、お気をたしかにっ!」
「わたくしはどこまでも正気ですわよブランカ」
絶対嘘。パラパラと燃え尽きた指名手配書とかつて呼ばれたものの残骸をドレスから伸びた爪先が踏みにじり、にっこりと笑っている時点で正気じゃない。
貴族の魔力が俺たちとは桁違いだとは知っていたけど、まさかここまでとは……。魔法も使わずに紙を灰にするなんてアリなの?
「あらあら」
あらあら、じゃないよ!
「これでは読めないわね。ブランカ、もう一枚持ってきてくれる?」
「はいぃっ」
ブランカは涙目で飛び上がるとあっという間に飛び出していった。メイドらしからぬ素早さだが気持ちはわかる。むしろ置いていかないでほしい。
俺だけではなくここにいる全員の心の叫びだろう。
シヴォンヌから上手いこと王都に戻り、ギガント隊と合流してアイーダ公爵家に到着した俺は、挨拶や説明もそこそこにアイーダ公爵家家臣団の前に連行された。
どうやらターニャの自宅が襲撃されたことで、クラリッサが燃えているらしい。反撃だ復讐だ逆襲だと物騒なことを呟き息巻いているのだとか。そこにターニャの番頭が来た。なんとかしてくれと差し出されてしまったのだ。
冷静に怒り狂っていたクラリッサはターニャからの手紙を読むと家臣団のいる前で高笑いを決めた。アイーダ公爵はクラリッサに渡されたその手紙を読むと、額を押さえて呻いてしまった。
俺は内容を知らなかった。だが、ターニャのやることならある程度予測がつく。
心の中で天を仰ぎ、気合を入れて、勝ち誇って笑うクラリッサに一礼した。
「では、クラリッサ様。準備はできていますか?」
「もちろんですわ!」
ターニャの構想は、魔法カードのパック販売だった。
各魔法属性のカードを組み合わせて様々な効果を生み出す『デッキ』の話は以前聞いたことがある。そしてそこに数の限られた聖魔法カードを入れる。こうすることで聖魔法カードの価値を落とすことなく普及させるのだ。ターニャ曰く「レアカードは出るまで買うもの」らしい。人間の持つ性か、コレクター心をくすぐるんだそうだ。
魔法カードの材料は公爵家の魔法研究棟に揃えられていた。学院で研究をしていた学友のみなさんも召喚済みときた。準備万端すぎて恐怖を感じたね。
……クラリッサってどんだけターニャが好きなんだ。俺は良いんだよ、ガキの頃から側にいて、話聞いてたから。でもクラリッサがターニャの側にいたのってここ数日だろ、それでここまで揃えるって、ちょっとおかしくないか。
内心パニックの俺にかまうことなくクラリッサは完成済みのカードを見せてきた。当然のことながら見本として用意されていた学院で作った物とは質が違う。もちろんこっちが上等だ。
ここは俺も商人の目で見た。魔力紙のなかでも一番良質の物を使い、マークも凝ったものに変更されている。魔力を流すと属性を示すマークが浮かび上がってきた。
なるほど、これはターニャが期待するわけだ。あの人こういう遊び心あるもの大好きだもん。
魔力が枯渇しないようロックがかかって、一枚のカードではたいして魔法が発動しないようになっていた。
「いかがかしら?」
「いいですね。売れます」
断言するとクラリッサが嬉しそうに笑い、学友のみなさんはあからさまにホッとした。
「材料は良質のものを使っていますがそこまで高価ではなく、手に入りやすい。術式を描くのは大変ですが専門の職人を育てていけば良いでしょう。そこそこ品質が良くてカードであるにもかかわらず折れ曲がりにくく、見栄えもします。流通の方法を考えてじわじわ広げていき、流行が来たら大量に出荷しましょう。クラリッサ様、これは何回くらい使えるか耐久実験はしましたか?」
「いいえ、まだです」
「一枚の場合と何枚か合わせた場合の耐久性を調査しましょう。水濡れや汚損による効果の消失はありますか?」
「水濡れは拭けば大丈夫でしたが、中に沁み込んだ場合は術式に影響するかもしれませんわね。そこも実験しましょう」
「魔道具だと事故が起きた場合被害が大きくなりやすいんです。そこはきっちりしておきましょう」
学友のみなさんが感心したようにメモを取っている。販売されているものは基本的に何度も実験と調査を繰り返して安全性の確認をしたものなのだ。
「あと、デッキの組み方によって変わる魔法の効果も確認しておきましょう。炎と水で蒸気を生み出すように、水と風で冷却魔法とか。そうですね……魔法名もあったほうがわかりやすいですね」
これだけのカードだ、取扱説明書はあったほうがいい。というか絶対に必要だ。
「ああ、そうだ。クラリッサ様、適時休憩は入れてくださいね。正規職員でもない学生さんにこれだけ働かせておいて休みなし、なんて絶対に商会長は許しませんよ」
「ターニャさんが戻ってすぐに販売ではありませんの?」
「それは商会の仕事です。このままみなさんが商会に就職してくださるのなら私も目をつぶりますが、そうでないのならあくまで協力者、臨時雇用になります。ノウハウとコツを教えてくださるだけでも充分すぎます」
術式や属性マークだけでもひと財産になるのに全員わかってないな。技術はタダで売っちゃダメなんだよ。
そうして休憩を入れてさあ次は実験だ、というところでターニャの殺人容疑だ。
してやられた、という思いが強い。
クラリッサが激怒しているのを見て震えている学友から離れる位置に誘導し、声をかけた。
「クラリッサ様、公爵様と相談しましょう」
「そうですわね。お父様ならターニャさんの容疑を晴らしてくれますわ」
このまま実験を続けるように頭を下げ、研究棟を出る。
ターニャは政治に関わることを避けていた。あくまで商人として、クラリッサと結婚しようと奮闘していた。自惚れでもなんでもなく、自分の頭脳の持つ価値を理解していたからだ。
……いやこれは大げさかな。あの人は基本的に自分が楽しみたいことを仕事にしているし、そんな大それたことなんか考えてないだけだろう。
それでもクラリッサと結婚するにあたり、自力で爵位を得たのは政治に関わらない意思表示だった。クラリッサのためなら公爵はアイーダ公爵家が持つ爵位の一つをぽんと結婚祝いに出しただろう。ターニャだってわかっていたはずだ。
強力な情報網と金のある商人が発言力を持つのはよくあることだ。ターニャがそれを断ったのは、自由を尊ぶ商人の魂と、クラリッサのためだった。貴族でなくともなに一つ不自由しない暮らし。王家や貴族の思惑に悩まされることなく、ただのクラリッサという一人の女性として生きられる道を用意した。
そんなターニャのやさしさを、連中はぶちこわした。
「ああ……商会長怒ってるだろうな……」
公爵邸に急ぐ道すがら、ついぼやきが漏れた。さすがは公爵家、庭が広い……。
「怒ると、どうなりますの?」
「向こうが泣くまで反撃しますね。商会長は心が広くて寛大ですけど敵と決めたら容赦しないんですよ」
「……相手が王家でも?」
「だからこそですよ。負けたら死ぬとわかっていて全力で戦わない者はいません」
そう言ったところで思い出した。昔、酔ったターニャが言ったのだ。
――知ってるかトーマ。豚って何でも食うんだぜ? 腹が減ればそれこそ糞尿でも、人間でもな。
なんでそんなこと知ってるんだ、と問い詰めるよりただただ吐き気がした。そんな話で笑って酒飲める男が俺のボスだよ……。終わったな。
「その通りですわ。兎もライオンと戦うのに全力を出すといいますもの。わたくし、勝つまで負けませんわ!」
残念ですがそれ、兎の皮を被った豚です。
公爵邸に着くと家臣のみなさんが慌ただしく行ったり来たりしていた。
「お嬢様、トーマさんも。今お呼びしようとしていたところです」
蒼ざめた顔のブランカが指名手配書をそっとクラリッサに差し出した。
「……ターニャ・カー。シヴォンヌにて雑貨屋『黒猫の瞳』店内において店主のマルシル・オーダーを殺害の末逃亡。上の者を捕らえた者には百ポメを進呈する……」
「えっ? オーダーばあさんなの?」
百ポメに本気を感じて驚くより、被害者があのばあさんと知って驚いた。
執務室に入ってクラリッサが読み上げた内容に、大声で問い返してしまう。
「知っているのかね」
公爵と家臣団の注目を浴びて慌てて姿勢を正した。まだ驚きが残っていた。
「はい。商会長がまだタナカ商会を立ち上げる前からの取引先です。商会長を「ターニャ坊」と呼ぶ、商会長でも頭の上がらない人物です」
まじかよあのばあさん死ぬのか? いや待て死んでないはずだ。ターニャにオーダーを殺す動機がない。
「いわば恩人です。商会長がそんな人を殺す理由がありません」
アイーダ公爵が重々しくうなずいた。
「うむ。マルシル・オーダーだが、警備隊が駆けつけた時には傷一つなく起き上がったと続報が入ってきた」
「聖魔法カードですわ!」
クラリッサが叫んだ。ターニャが犯人ではないと信じていても、ターニャのせいで人が死んだことに苦しく思っていたのだろう。
「おそらくそうでしょう。商会長は公爵領で作成したカードを持っています。商会長の魔力でも全カードに流せば瀕死であっても助かったのでしょう」
死んだと思っていた老婆がむくっと起き上がったら絶叫物だな。それぜひ見たかった。
「今頃はボーレーニュで反撃の機会を窺っていると思います」
「商人組合本部か」
「しかし会長のエイゴ・ミスィは曲者です。ターニャを見離して王家を取るのでは?」
アイーダ公爵と、その隣にいたバルタザール・ワーティナーベが言った。
急いで来た俺たちはともかく、公爵以外の人が全員立ったままなのはなんでだろう。部下の人たちも全員貴族だろうし、なんだか尋問でもされている気分だ。
「それはないと思います」
「なぜだ? 殺人容疑が誤報であるとしても、王家に目を付けられたターニャを商人組合が庇う理由があるのか?」
「組合長のエイゴ・ミスィ様は商売を愛してらっしゃいます。商人の誇りと魂を受け継ぐにふさわしいと認められたから商人組合の組合長なのです。権力に阿ることはあっても屈することはありえません」
俺たち商人を馬鹿にされた気がして怒りが湧いた。商人にだって舐める靴を選ぶ権利がある。バルタザールが睨んできたが、怯まなかった。
「豚には豚の生き方があります。ターニャ・カーとエイゴ・ミスィの手を組ませたのは最悪の悪手と言わざるを得ませんね。飢えた豚のいる小屋に丸々太った鶏を投げ入れるようなものです」
公爵が眉を寄せた。ターニャの話を知っているのかな、ハッタリが効いたことに力が出てきた。
「バルタザール、試すのは止めておけ。トーマはターニャのことでは一歩も引かん」
当たり前だ!
「お父様、わたくしだって一歩も引きませんわ!」
クラリッサが参戦してきた。そこ張り合うのか。子供っぽいところもある。
「ターニャがクラリッサのためにしてきたことは、お前も知っているだろう」
「はい」
公爵が言えば、悪さがばれたクソガキみたいな笑みを浮かべてバルタザールが謝った。
「トーマ殿、申し訳ない」
「いえ」
俺が及び腰にならないか、試していたわけだ。合格したようだが、さて、それでは公爵家はどうするつもりだろう。
魔法カードは魔道具扱いになります。条件が整えば一発逆転の魔法が発動する!かも。




