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走れタナカ



 やられた。まさか俺を直接襲撃するのではなく、会っただけのほぼ無関係の者を襲うとは思わなかった。奴らはすでにシヴォンヌに水斑病を広めたじゃないか! 俺は馬鹿だ!


 棚から物が落ちたかとドアを開けたらオーダーが倒れていた。床には商品が散らばり、長パイプが弾き飛ばされていた。オーダーの背中にはナイフが刺さっていた。


 ドアを開けっぱなしでオーダーに駆け寄ったのがいけなかったのか、通行人が悲鳴を上げる。


 『黒猫の瞳』に入ったのは俺一人。パーシーたちは店の前で待ち、俺が店から出た直後に刺されたオーダーが発見される。

 状況からして犯人は俺だ。


 すぐアスクレーオスに看てもらえば助かるかもしれない。だがその後はどうなる? オーダーの治癒も水斑病もタナカ商会の自作自演だと言われるだろう。下手するとアスクレーオスを偽聖人扱いされるかもしれなかった。


 真犯人の狙いは俺とクラリッサの分断だ。これ以上タナカ商会に余計なことをされたくないのだ。


「……ばあちゃん、ごめん」


 オーダーの背にはナイフが刺さったままになっている。引き抜く手間を惜しんだのかそれとも他に目的があるのか。大事な証拠物件だ。

 刺されたショックで倒れたのだろう、オーダーにはまだ息があった。出血はさほどではない。ナイフが出血を止めている。


 店の外では集まってきたやじ馬に「違う」「医師を呼べ」とパーシーが繰り返していた。こういう時は現場を荒らさずに警備隊の捜査員を待ち、できれば応急手当てをと訓練されている。やじ馬の数が多すぎる、仕込みが何人かいるな。目撃者を増やそうというわけだ。


 ナイフの柄をハンカチで包み、一度息を止めて目を瞑り、引き抜いた。ぞわっと鳥肌が立つ。傷口からプシュッと音がして血が噴き出した。


「待ってください!!」


 パーシーの叫びがして振り返ると、警備隊が店に突入しようとしているところだった。思った通りのお早い到着だ。どう見ても殺人現場、言い訳できない。


「ターニャ・カー! 殺人容疑で逮捕する!!」


 オーダーの体を飛び越えて裏口から駆け出した。やじ馬と警備隊は表口に集中していて誰もいなかった。店に警備隊が突入してきたのか怒号が聞こえた。


 とにかくひたすらに走る。走る。住宅地なのが幸いして道は入り組んでいる。住人はやじ馬に行っているのか道に人はいなかった。

 持ってきたナイフをハンカチで包んでスーツのポケットにしまう。手が震えていた。じわりと血でハンカチが濡れたのがわかった。


 シヴォンヌから北東に走ること二日、ボーレーニュの街が見えた。

 指名手配されていることを考慮してこそこそ隠れるように進んだせいで時間がかかった。街道を外れた雑木林の中を人目を避けて走ったのでスーツが枝や草に擦れて汚れてしまっている。途中で捕まるわけにはいかなかった。運が良かった。


 ボーレーニュは通称『商業都市』と呼ばれる通り、商人組合の本部がある街だ。王都にあるのはあくまで支部だった。


 なぜ王都に本部を置かないのかというと『商人は権力に屈せず』と初代組合長の言葉があったからだとか。その精神は今でも息づき、商人組合は独立不羈の精神が強い。ボーレーニュはほぼ治外法権、商人が全権を握っていて貴族でさえ口出しできなかった。


 そんなところだからもちろん俺の指名手配は真っ先に行っているだろう。なのになぜここに来たのかといえば、こうした修羅場は商人にはわりとありふれた――というのは語弊があるが、ものだからだ。

 犬神家も真っ青の遺産相続をめぐるミステリー。あるいは貴族の金目当ての難癖。俺も結婚で取り込もうとされたがあれは可愛いほうだった。金額が大きくても小さくても金は人を鬼に変える。


 そんなわけで事件に巻き込まれたり、いわれなき罪で断罪されそうになった商人専用窓口がボーレーニュにはあった。駆け込み寺だ。

 ボーレーニュの正門は警備隊が張ってるだろうから避けて、門の外に出ている店に向かった。


 俺の顔を見て「おや」と呟いたり、大変だなと言いたげにうなずく店に軽く会釈して、両替屋に入った。リュイをペリュに替えたり、外貨レートを教えてくれる店だが、困った商人を助ける商人組合の出張所の役割を請け負っている。


「子豚に逃げろと母豚が言った」

「何から逃げろと言ったのか?」

「オオカミが来ると母豚は言った」


 俺を見て察した店主、実は商人組合職員と暗号のやりとりをする。

 豚は子だくさんの動物で繁栄の象徴、商人を意味する。そして弱肉強食トップのオオカミは、王家だ。

 ちなみにネズミだとライバル商人、ヤギは貴族になる。もっと詳しく、リスが乗ったヤギなど、紋章と絡めて特定の人物を表すこともあった。

 敵は誰だと伝えるわけだ。相手が不明の場合は「母豚探して子豚が泣いた」と言う。


「……オオカミとは」


 店主が呆れたように首を振った。


「エイゴ・ミスィ氏にお会いしたい。お願いできますか」

「どのオオカミかはわかりますか」

「おそらく、ですが。子育て中のオオカミです」


 今度こそ店主が絶句した。


 本当だよ。俺だって信じたくなかった。


 この一連の出来事を、誰が裏で糸を引いているのか俺なりに考えたのだ。


 国王陛下にはお会いしたことがある。あの人は名君ではないが、人の痛みに胸を痛めることのできる人だ。

 それに、医師組合に光属性の使い手なんてうってつけの人物がいたら、その人に音頭をとらせようとしたはずだ。聖魔法カードの研究をしている俺とクラリッサに紹介しなかったのはおかしいだろう。


 国王は聖女候補にも聖人候補にも期待していなかったのだ。時間と金ばかりかかってなに一つ成功していない。魔法属性は本人の資質なので必ずしも子供に遺伝するわけではなく、候補者と結婚させてもせいぜい名誉か、他国に渡さないための枷にしかならなかった。


 なにより医師組合の発展を国王は望んでいる。国王ではない。


 王太子ランスロットが今回の黒幕だ。


 ランスロットはヘンドリックと同様に光属性の使い手を保護していた。男女で性別は違うが、そしてアスクレーオスの聖魔法発現には至らなかったが、アドバイスくらいはしただろう。

 歳の離れた兄として、弟を可愛がっていたとしたら、どうだろう? 自分には与えられなかった初恋の姫との婚約、王太子としてのプレッシャーもない。しかしヘンドリックは、自分のみに与えられるべき愛情を与えられることはなかった。王太子の祝賀行事とヘンドリックの成長はことごとくぶつかるのだ。


 王太子には現在三人の子供がいる。王子、王女、王子。ヘンドリックはスペアですらない。結果としてヘンドリックは鬱憤を持て余してクラリッサにやつあたりし、そしてオデットに傾倒して幽閉された。


 何もかも失った弟。一方のランスロットは栄華が約束されていた。後ろめたさを抱いていたら、なんとかしてやりたいと思うのは肉親として当然のことだ。


 たとえランスロットがヘンドリックに情を抱いていなくても、外交官となるべく教育されていたヘンドリックに恩赦を、と第二王子派の貴族が訴えてきたら無視はできない。


 アイーダ公爵家はともかく、ヘンドリックに家の命運をかけた貴族は一定数いるのだ。ランスロットとヘンドリックで貴族間のバランスをとっていた。第二王子派がそのままランスロットの嫡子……とはなれない。そんなことをしたら地盤の強固なランスロットを排除して、幼い王子を傀儡にしようと企む輩が現れてしまう。金と権力にはそれだけの力があり、王太子が獅子身中の虫を飼うことはない。


 王太子の真意がどこにあるのかはわからないが、彼がヘンドリックの復権を狙っていたのは合ってると思う。オデットの聖魔法を発現させることで国王や世論を納得させようとしたのだ。


 その思惑はさりげなく第二王子派に伝えられていた。リュカが早まってあの二人を脱走させてしまったのは予想外だっただろうな。水面下の動きがあったから、鳥籠の館に集まる貴族の子弟が多かったのだ。


 純粋な聖女信仰だけではない。ランスロットが後ろにいると思っているから連中は閉じこもっていられる。


 これでオデットがめでたく聖魔法発現させていれば万々歳だったのにな。よりによって俺とクラリッサが聖魔法カードを完成させるわ、自分から離れたアスクレーオスが聖人になるわだ。政治的配慮のない商人に引っ掻き回されるなんて冗談じゃないな。ひどい悪夢だ。


 おまけに王都は経済制裁でインフレ状態。早く解決しないと国王だけではなく王太子へも批判が飛ぶ。


 やべー。俺、暗殺フラグ立ってない? 人の視線が全員俺を見ている気がしてきた。




かなりやらかしてます、ターニャ。政治に関わりたくないと言っておいてこのざま。

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― 新着の感想 ―
[一言] 商売が繁盛すると大抵のそれは社会インフラに近いものになり、そうなると地域の政治とつながらざるをえなくなり、他県に出店すればその地域経済を担う事になり…として、県会議員、県知事、地区議員に影響…
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