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宝島



 俺のほうの準備とは、聖魔法カードのことだ。

 聖魔法カード。これは正しく切り札だ。使いようによっては破滅しかねないほどの。この価値を下げることなく普及するにはどうしたらいいか。


「パーシー、外に出る。護衛を頼めるか」

「はい」


 事務所に顔を出してパーシーに声をかけると即座に二人の男が立ち上がった。壁にかけてあった上着と帽子、警棒を装備する。

 聖人誕生でお祝いムードのシヴォンヌは今のところ治安が良かった。事件や事故もなく、出動依頼が来ていない。閑古鳥が鳴いているわけだが『コーバン』はむしろそのほうが良いのだ。


「王都からの買い物客が減ったな」

「アスクレーオス様の後援を商会長が務めていることが伝わったのでしょう。オデットらの立て籠もりが収束すると憶測を呼んでいます」

「タナカ商会が戻ってくれば生活も元通りか。そう思ってもらえてるのはありがたいな」


 王都から出ていったのはタナカ商会だけではないのだが。食料品を取り扱う商会や商店以外はほぼ撤退した。タナカ商会が戻っても、しばらく混乱は続くだろう。


 悪いことをしたとは思わない。俺だって自分と商会を守るのに必死なのだ。商人による経済制裁で王家も少しは肝を冷やしてくれたらいいが。

 無視はできないはずだ。御用商人はまだ機能しているが、王家が我関せずを貫けば国中の商人の不信を招く。結果的に王家の一人勝ちは許せても、舐められたままなのは許せない。それが商人のプライドというものだ。


 タナカ商会が商人代表のつもりはない。ただ注視されている自覚がないと落とし穴に気づけないこともある。誰が掘ったのかわからないような穴でも躓けば痛いのだ。

 背中がじりじりと焦げ付くような緊張感。クラリッサと出会う直前のようなそれに、わくわくしている。


 考えながら歩くうちに目的の店に着いた。

 『黒猫の瞳』と彫られた木の看板に、黒猫の絵が歳月による風化で消えかかっている。

 シヴォンヌの住宅地にぽつんとあるこの店は、いわゆる雑貨屋だ。子供向けの玩具や文具、アクセサリーなどをお手頃価格で販売している。俺の感覚だと小学校の前にあった文具店が近いかな。文房具だけではなく駄菓子とかプラモとか売ってる、おじいちゃんかおばあちゃんが一人でやってる店だ。


「オーダーばあちゃん、いるー?」


 『黒猫の瞳』も例に漏れずおばあちゃんが一人でやっている。


「……なんだい、ターニャ坊か」


 ちりんちりん、とベルが鳴って、裏口からオーダーがのっそりと現れた。

 店内は狭い。中央にどかんと商品棚があるせいで余計に狭く感じる。窓のない壁には棚があり、棚の上にも商品が積まれている。ぶつかったら落っこちてきそうだし圧迫感がすごかった。


 体を横にしながら店の奥にあるカウンターまで五歩だ。いつあってもおばあちゃんなマルシル・オーダーは、魔女のような緑色のローブに腰を紐でくくったワンピースを着ている。このスタイルも昔から変わらなかった。制服のつもりだとしたらちょっと面白いな。


「ばあちゃん、こんな狭い店で煙草はよしなよ」

「フン」


 オーダーは日本の煙管に似た長いパイプを咥えると、俺に向かって煙草の煙を吐き出した。煙草のクセに匂いが良いのが腹立つ。


「何の用だい。坊に売るようなモンはないよ」

「それを決めるのは俺だから。ばあちゃんの店、鉱石扱ってたよね?」

「タナカ商会の魔道具に使えるようなもんじゃないよ」


 雑貨屋やってるよりは大釜で怪しげな色した液体ぐつぐつ煮込んでるほうが似合いそうなこのばあちゃんは、俺がまだ駆け出しの頃からのつきあいだ。もう二十年近くなるか。下町の家を飛び出して、いろんな物を作ってはあちこちに営業していた。タナカ商会設立前、ただのターニャ・カーだった俺の商品をオーダーは扱ってくれた。いわば恩人だ。


「魔道具だけど、ちょっとキラキラできればいいんだ。探すよ?」

「アタシは手伝わないからね」

「ありがとう!」


 ガキの頃から知ってるせいか、口調が子供に帰ってしまうんだよな。それにしても、オーダーばあちゃんはいつみてもばあちゃんである。白髪に目も灰色に濁っているけど見えてるようだし、いや本当に何歳なんだろう。謎だ。

 パーシーたちは店内に入っても動けないので外で待機してもらい、棚をあちこち探す。


「ふーんふふんふん」


 鼻歌を歌いながら棚を開けているとオーダーの鼻先に皺が増えた。


「……ちっ」

「ばあちゃん、行儀悪いよ」

「うるっさいねぇ……。坊がそれ歌うとろくなことがないったら」

「なんで。毎回見つけられるおまじないじゃん」

「アタシの秘蔵の品をかっさらっていっちまう。ああ、嫌だ」

「店に置いといて理不尽すぎない?」

「アタシの勝手だよ」


 軽口の応酬をしながら抽斗ひきだしを開けると奥で何かがつっかえた。ふむ。そう簡単にお宝は見つからないようになっているな。さすが、オーダーばあちゃんだ。

 この店のからくりには慣れたもの。この棚なら一度抽斗を閉じ、五段上右に三つの抽斗を開け、勢いをつけて閉じる。これでいいはずだ。かこん、と手ごたえがあった。

 それからさっきの抽斗を開けると、さっき見た時にはなかった木箱が転がっていた。

 ちらっとオーダーを窺えば、皺の寄った顔のまま煙草を深く吸い込んでいる。


 箱を開けると目当ての物が入っていた。


「五十リュイだよ」


 子供には高価だが小遣いを溜めれば買える値段だ。好きな女の子の誕生日に男の子が頑張ってお手伝いをして買って渡すシチュエーションが思い浮かぶ。


「これがあるからこの店に来るのやめられないんだよね」

「ケッ」


 五十リュイをオーダーの手に乗せて、皺くちゃの手の甲を撫でた。

 嫌なら売らなければいいものをと思うが、この店はオーダーの宝島なんだそうだ。店にある限りは売るのがオーダーのモットー。冒険心に胸を弾ませながら子供がキラキラした目で宝探しするのを見るのが好きだと以前言っていた。ごめんね三十代のおっさんで。


「オーダーばあちゃん、この石なに?」

「妖精の祝福を閉じ込めた石さ。そら、虹色に光ってるだろう」


 壮大なホラ吹き魔女が歯をむき出しにして笑った。

 俺が探していたのはまさにこの虹水晶だった。その名の通り、虹色に輝く水晶である。手のひらサイズのこれは原石で、きちんと加工して宝石店で売れば二十ポメはするだろう。


「ありがとう、また来るよ」

「今度は鼻歌禁止だよ」


 笑いながら店を出た。『花いちもんめ』を歌いながら探すと見つかるんだよね。

 今度来る時は新商品の営業だな、ここを優先して売ろう。助かったぜ。


「待たせた」

「いえ」


 パーシーだけではなく二人の護衛の顔に笑いが残っていた。何かあったのか?


「この店がぜんぜん変わっていないのがおかしくて……」

「マルシルばあさんが昔のままなのが逆にすごいって話をしてたんです」

「本物の魔女みたいですよね、あのばあさん」


 ふはっと笑いが出た。この三人はシヴォンヌの出身だ。育った地区は違っても『黒猫の瞳』に来たことはあるらしい。

 いいよな、こういうの。地元の話で出てくる店というのは親しみを抱きやすい。タナカ商会は大きくなってもこういう店を目指したいものだ。


「うん。相変わらず良い店だった」


 思いがけず和やかな空気になった時、ドサッと何かが倒れる音がドアの向こうから聞こえた。




小学校の前にこういう店ありましたよね。

オーダーはそのまんまオダさんです。

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[一言] ターニャ・カーは、ネフレン・カの眷属かの?
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