新たな疑惑
一夜明けた後の二人。
ジェローム・メトバールは診察の結果全治三ヵ月。折れた肋骨は肺には刺さっていなかったものの三カ所も折れていた。他にも腹部と背中の痣から内臓出血の可能性もあり、絶対安静の重態が言い渡された。
病院と医院はアスクレーオスがオデットに降ったため連れて行けず、学院に在中する医務官の診断だ。
「仮にも聖女候補だった者がこのような暴行を命じるなど、言語道断です」
医務官の言葉には完全に同意だ。
夜が明けて、主だった生徒たちは寮で休んでいる。さすがに授業を行える状態ではなくなったので今日は休日になった。
ギガント隊に頼んで『コーバン』から救急セットを持ってきてもらい、何とかジェロームの手当てを済ませた。
ジェロームの婚約者や学院を退学処分になっていた者たちは、学院に残って迎撃していた生徒たちに捕まって大説教を喰らったらしい。友人、クラスメイト、親戚に取り囲まれ、正論ではなく感情で訴えられ、若い彼らはようやく後悔した。それはやはり、ジェロームが婚約者を取り戻そうと単身で鳥籠の館に乗り込み、リンチを受けてもなお彼女の名を呼んだのが彼らの心を打ったのだろう。
ヘンドリックに命じられて暴行したが、動かなくなったジェロームに焦った彼らはオデットに願い出たのだ。ジェロームの治療をして欲しい、と。
しかしオデットは聖魔法を使えない。それどころかこう言ったという。
『正しい道を示されてなお過ちを選んだのは彼自身。罰が下っただけのことです。本当に婚約者を愛していたのなら、このようなことにはならなかったはずです』
オデットは蒼ざめ、懸命に自分に言い聞かせているようだったという。オデットだってまだ十六歳の小娘だ。一人の人間が暴力によって息絶えようとしているのを平然と眺めていられるはずがない。しかもその暴力は自分の名の下に行われたものである。
死なせるつもりなどなかった彼らは魔法を使わなかった。それでも複数人による殴る蹴るの暴力だけでジェロームは死にかけた。あれだけ尽くしたジェロームの婚約者は、オデットに命ばかりはと懇願しているのに、聖女候補のはずの彼女はジェロームを見ることもなく行ってしまった。
暴力の衝動が治まった彼らは、怖くなった。貴族が正当な理由なく貴族を殺害した場合、貴族の法が適用される。位階の差が反映される。彼らは貴族だった。納得していなくともすでに家からは縁を切られている。では、平民が正当な理由なく貴族を殺害した場合は?
極刑である。
ゴーダが悪徳役人を殺したのとはわけが違う。ゴーダにはそうせざるを得ない理由があった。彼らは国家転覆罪の罪人に命じられての殺人未遂だ。命じられて、疑問を抱くことなく暴力を揮った。
怖くなった彼らはジェロームが勝手に死んだことにしようと塔の隠し部屋に投げ入れた。ジェロームの婚約者はそれを止めようとして突き落とされたそうだ。
もう後戻りはできない。オデットの下に付いた自分たちは全員が共犯者だ――そう後悔に暮れた彼らは待ち構えていた生徒に捕まった後、反省室と懲罰房に入れられた。
学院に懲罰房なんてものがなぜあるのか聞いたら、学院内で犯罪を行ったものを一時的に収監するためだという。よくある喧嘩程度なら反省室でも、傷害や禁じられた魔法など、危険性の強い者のための独房だった。
禁じられた魔法とは魅了魔法のことで、国によって決められた政略的意味合いの強い婚約を魅了魔法でぶち壊された例が過去にあるらしい。実在したんだ魅了魔法……。それってあれだろ、傾城だの傾国だかの王妃ちゃんが使ってたやつだ。
「彼らのご実家に連絡しました。縁を切ったとはいえ我が子ですから……どの家も迎えに来るそうです」
そう言うクラリッサの顔は晴れない。
未だに意識不明のジェロームの両親は、誰が暴行に加わったのかを調べ上げて裁判で決着をつけると息巻いている。気持ちはわかる。俺だってクラリッサがこんな目に遭わされたら誰であろうと明らかにして罪を償わせるだろう。
ヘンドリックの魔法攻撃に怒りを爆発させたクラリッサは一躍英雄になった。あれだけ大勢の前で大魔法を使い、タンカを切ったのだ。俺も惚れ直したね。
だがクラリッサは人前でやってしまった、と恥じているらしい。
「ターニャさん、これで良かったのですわよね?」
「これが最善でした。……これ以上のことは、私たちにはできません」
クラリッサの憂いは人前で取り乱したことではない、実家に引き取られるだろう彼らを案じてのことだ。
生まれと育ちどころか前世も庶民の俺には理解できない。あっさり縁を切ったこともそうだが、家名に傷をつけた、それだけでこの先の人生を貴族として生きていけなくなるのだ。友達と組んで暴走なんて若者にありがちな青春だと思うんだが……。もちろん犯罪は犯罪として罪を償うべきだが、許しがあってもいいだろう。なのに真っ先に家族が見捨て、助けも保証もなく、恥を晒すなとばかりに処理されるなんてあんまりだ。
「クラリッサ様、私は弟妹がオデットの下に行くなんて言ったらぶん殴ってでも止めます」
「……はい」
「縁を切ったのにそれでも行ったら、どうしているのか心配して、探しに行くでしょう。行くことができなくても、一日の終わりに無事を祈るくらいはします」
「……はい」
「よほど憎んでいる相手でなければ心配くらいは誰だってします。どんなに怒っていても、戻ってくれば安心するでしょう。……彼らの家族との復縁は無理かもしれませんけど、領地の片隅にでも住まわせて、こっそり支援するんじゃありませんか? そうでなければ私たちが助けに行った甲斐がありません」
王立学院の生徒、教員の全員が彼らを取り戻すのに奮闘したのだ。全校集会のアレクシーの演説もあり、本当に全員が一致団結した。
ここまでして取り戻した子供を、家の都合で処刑することはできないはずだ。
「それでも、もはや社交界には出られませんわ。貴族に戻ることも……。生活に困ることもあるでしょう。貴族が家から絶縁されるのは、ターニャさんが考えるよりずっと厳しいものです」
そうだろうな。第二王子だったヘンドリックでさえ幽閉という処分が下されたのだ。
「お忘れですか、クラリッサ様。今回の件、主犯はヘンドリックとオデットです」
「はい。彼らは国家動乱罪に加担したことになりますわ」
「それとは別に考えてください。元はといえばヘンドリックが脱走しなければこんなことにはならなかったのです。おかしいとは思いませんか? なぜ、ヘンドリックは脱走できたのか? ヘンドリックとオデットが出した声明に、王家は沈黙を保ったままです」
クラリッサの顔色が変わった。
ヘンドリックとオデットの動向ばかり気にかけていたが、王城の目と鼻の先で王立学院がこれほどの騒ぎを起こしたにもかかわらず、王家は何も言ってこない。
なにより王家所有の館を占領されてなお本気を出してヘンドリックを討伐しなかったのはなぜなのか。王家の沈黙は不気味だった。
「まさか、王家が……?」
「わかりません。陛下が何を考えておられるのか……。ですがこの学院の生徒は国の将来を担う貴族の子弟を集めています。篩にかけられている、ともとれます」
なんといっても我が国の王太子殿下にはすでに王子殿下がいるのだ。忠実な側近たちもいる。今さらヘンドリックが兄に反抗しようともびくともするまい。
「本来なら鳥籠の館に立て籠もられた時点で王家が近衛なり警備隊なりに命じて全力で制圧するべきだったのです。王家のミスは明らかです」
クラリッサが真剣な眼差しでうなずいた。
初動の遅れが致命的なミスになることは商売の世界でもよくあることだ。もしかしたら王家には王家なりの思惑があったのかもしれないが、そんなの知ったことではない。
「王家の責任は大きい。さっさと制圧していればオデットになど惑わされはしなかったでしょう。少なくともヘンドリックがどうなるか決まるまで、貴族は子供を罰したりしないでしょう」
「生き証人ですものね。……そうですわね、お父様から理事会に働きかけてもらって、一時的に彼らの復学を認めてもらうのはどうでしょう。学院のほうが安全ですわ」
「良いですね! 学院としても退学者が国に処分されるのは避けたいところでしょう。反省室と懲罰房でも課題はできますし、友人に怒られて反省している者から復学を認めてもらいましょう」
ゼロがマイナスになっても何度でも立ち直るのが商人だ。一緒にしてはいけないと頭ではわかっていても、まだ若い者たちが更生の機会さえ奪われて人生に絶望するのは俺には納得できなかった。貴族と社交界が切っても切れないのはわかっているんだが……下手すると何代も前の醜聞が婚姻の足枷になったりするんだよな。これだから貴族は怖いのだ。
だからこそ、ぜんぶ王家のせいにして負債を押し付けてしまえばいい。そう上手くいくわけないのは百も承知だ。なんといっても聖女候補が国に不当な扱いを受けていると訴えているのだ。他国の干渉もあるだろう。政治は俺にはどうしようもない。
できることをやっていこう。十代の子供でさえ婚約者のために命を懸けたのだ。国民を守るべき国にそれができないなんて言わせない。
書いてて自分でもこれってどうなるんだろう?と思います。自分から家を飛び出したとはいえリーダーに集合かけられたような形ですし。連帯責任で何らかの罰が下るのは確実でも、救いのある形にするべきか厳しくするべきか。人知れず消えてもらう、が貴族として正解な気がしますが、ターニャは根っからの庶民なのでそれを望まないんですよね。大人ですし……。




