義賊と大将
ゴーダの過去。
「しっかし貴族のガキってのはなまっちろいですねぇ」
気絶したアレクシーに喝を入れて復活させたゴーダのセリフである。君に比べたら大半の男はなまっちろいと思うよ。
アレクシーはその後膝をがくがくさせながらも学院長に決起集会を行うことを告げた。自分の役目を忘れないのは立派だと思う。
「青臭くて粋がってて、可愛いじゃないか」
「マジっすか大将。あんなガキどもで本当に大丈夫か心配になってきやしたぜ」
「おや、身に覚えがあるんじゃないか?」
からかうように言えばゴーダは気まずそうな顔をした。
「ちげえねえ」
「そういやそうだ」
ギガント隊の荒くれ共がガハハと笑う。
「敵わねえなぁ、大将……」
ゴーダがスキンヘッドをぼりぼりと掻いた。粗野で乱暴で、ひどく男くさい仕草だ。
決起集会は校庭で行われていた。全校生徒が集結し、周囲を教員が円形になって警戒、その周りを警備兵が囲んでいる。
生徒会長のアレクシーはさっきの気絶などなかったかのように生徒に向かって檄を飛ばしていた。その次の学院長が遠足の注意事項みたいなことを言っている。
「じゃ、俺たちは先に行っておりやす。大将、お気をつけて」
「ああ、ギガント隊も気をつけてくれ。頼んだぞ」
「任してくだせえ」
ニカッと笑った大男たちが、そうと見えないほどの俊敏な動きで暗闇に融けていった。
「ターニャさん、ゴーダさんたちはどうしてターニャさんを「大将」と呼びますの?」
ゴーダたちギガント隊を見送っていたクラリッサが聞いてきた。他の社員は「商会長」と呼ぶからな、その疑問はもっともだった。
強面筋肉集団の大将なんて、なんだか武将にでもなった気分になる。
「クラリッサ様、……実はギガント隊は元は義賊だったのです。ゴーダはその頭でした」
「義賊……?」
義賊が通じなかったことに地味にショックを受けつつ、首をかしげるクラリッサに説明する。
「弱きを助け、強きを挫く。義によって戦う武装集団です。……義、とついてはいますがやってることは山賊や押し込み強盗とそう変わりはありません」
「そんな……方が、なぜ?」
犯罪者、と言いかけて言い直してくれたクラリッサに目で感謝しつつ、ゴーダを雇うきっかけになったことを話すことにした。
「ゴーダが若い頃の話です。ゴーダの親友の妻は近隣にも聞こえた美人で、それに目を付けた役人が貴族の接待に貸し出せ、と妻を要求してきました。……どういう意味か、わかりますか?」
「ええ。その役人は最低ですわね」
「そうですね」
性的な接待を命じられたのだ。あわよくばとその役人もおこぼれを狙っていただろう。
「親友は妻と離縁して遠くに逃がすか、それとも死を覚悟して役人を拒むか悩みました。地方のちいさな街は、そのようなことがまかり通っているのです。逃がしたところで妻の実家に命じられてはどうしようもない。悩む親友を見かねたゴーダは、その役人の帰宅中の馬車を襲い、役人を殴りつけて首の骨を折りました」
「えっ?」
クラリッサが目を丸くした。わかる。急展開だよな。
「な、なぜそうなるんですの? そこはもっと慎重にいくべきでは? 首の骨が折れたって、その役人は大丈夫ですの?」
大丈夫なわけがない、首の骨だ。
「役人殺害の罪でゴーダはお尋ね者になりました。親友がゴーダを逃がしたのです。ゴーダを慕う者たちも、ゴーダを守ろうと集まりました」
のちのギガント隊である。
「親友は金持ちだったのでゴーダの逃走資金を援助していたのですが、しょせんはお尋ね者。このままではいけない、と一念発起したゴーダはそのまま仲間と徒党を組み、義賊になりました」
「なぜそこで義賊になるんです!? 罪を清算しようと思いませんでしたの!?」
即座にクラリッサがツッコんだ。
「東に悪徳役人に泣かされている者がいればその役人を成敗し、西に違法な金貸しに借金返済を求められて一家心中しそうな家族がいれば金貸しから証文と金を奪い取り、北に山賊が現れれば討伐してお宝を頂戴し、南に困った商人がいれば行って助けてやる。ずいぶん活躍していました」
「それは……良いことですの? 悪いことですの?」
「やってることは犯罪ですが、紛れもなく人助けですね。それが義賊ってものです」
「…………」
クラリッサが頭を抱えた。
俺も話を聞いた時は反応に困ったよ。
話だけなら三国志の英雄みたいだ、とワクワクもできたけど、そんなのが目的地までの道のりにいるのは困りものだ。どんないちゃもんをつけられて金品を要求されるかわかったもんじゃない。男の憧れエピソードは現実には迷惑でしかなかった。
俺はその頃身の危険を感じていた。貴族やライバル商会が流したタナカ商会の悪評に、ゴーダたちが義憤を燃やすことも考えられた。
だったらいっそのことスカウトしてみようとなったのは、英雄への憧れと、そんな男がいずれ警備隊に捕まるのは惜しいと思ったからだ。
俺だって役人には何度も嫌がらせされている。賄賂を要求されたり、特許を奪われそうになったこともあった。だからだろう、勝手な仲間意識があったのだ。
「おっしゃりたいことはわかります。人助けであっても犯罪、暴力はいけません。ですがクラリッサ様、弱い立場の者が不正に抵抗しようと思ったら、暴力で立ち向かうしかないのも事実なのです」
ようするに一揆だ。聞く耳を持たない相手に訴えるには集団によるデモンストレーションが必要な時がある。
「ゴーダさんは、どうしてタナカ商会に?」
「私がスカウトしたんです。今どき義賊なんてことをやっている若者が、魔法を使ってくる警備隊に制圧されてしまうのが惜しかった。親友の妻の件や、他の犯罪についても調査し、弁護士を付けて、不正を明らかにしました。ゴーダは渋りましたが、なにより親友とその妻がゴーダにお日様の下で堂々と生きて欲しいと望んでいました。ゴーダは出頭し、さすがにお咎めなしとはいきませんが情状を認められて罪は軽減されました」
悪徳役人だって、被害が増えれば役所は本気を出さざるを得ない。警備隊は貴族となあなあの関係だが、だからこそ貴族に命じられれば本気で討伐に来ただろう。その前に役人が不正をしていた証拠を、さらにその上に提出しなければならなかった。
いやあ、ゴーダの説得に行った時はトーマと二人で死を覚悟したよ。なにしろ俺、現役の義賊と会ったのはじめてだったから……。しかもあの顔と体格の男たちに囲まれたんだぜ。親友とその奥さんが、自分たちのせいで罪を犯させてしまった、その償いをさせてくれ、と泣いて頭を下げたんだ。
お前のせいじゃない、俺が勝手にやったことだ、とゴーダはひと言も親友を責めず、むしろ庇っていた。男の友情に貰い泣きしたよ。
その親友と一緒にいた俺たちには「何が目的だ」と信用しなかったが、俺の苦境を話し、率直に「お前が欲しい」と言うと目を丸くしていたっけ。
人脈を活かして俺が証拠を集め、親友が慰謝料を用意した。親友が俺を頼ったのは、一種の賭けだったのだろう。義を見てせざるは勇無きなり、だ。
「ゴーダより先に出所していた男たちをタナカ商会で引き受け、彼を待ちました。ゴーダの出所日には、私と親友で迎えに行きましたよ。ゴーダは監獄でも慕われていたようです。晴れ晴れとした顔で「待たせたな、大将」と言って笑いました」
罪を償ったとはいえ犯罪者を雇うのはどうなんだ、という声はあった。よりによって雇用部署は防犯、防災を担う『コーバン』だ。もっと清廉潔白な者を雇うべきだ、と反対された。
「批判はありました。けれど、そうした経験のある者のほうが、より犯罪者の心理がわかるでしょう。悪を知らぬ者がどうやって悪を取り締まるのです。それに、荒事に慣れたものはためらいません。なにより義に篤い者はけっして裏切らない。用心棒に求められるのは信頼です。過去はどうであれ、私はゴーダを信頼し、信用すると決めました。そして、ゴーダに裏切られたことは一度もありません」
クラリッサはしばらく考え込んでいた。
やがて顔を上げ、言った。
「ターニャさんは、人が好きですわね」
しょうがない、と言いたげな笑みに、力が抜けるのがわかる。
ゴーダとクラリッサを会わせるのは俺にとって賭けだった。潔癖な令嬢であれば元犯罪者など、と嫌悪が顔に出るだろう。クラリッサが寛大なことは知っているが、ゴーダの顔だけで悪人と決めつけて過去を知って敬遠するかもしれなかったのだ。タナカ商会と、俺への信頼も揺らぐ可能性もあった。
そうならなくて良かった――ほっとしているとクラリッサがふふっと笑った。
「わたくしだってターニャさんに熱烈に求められてみたいですわ……。ゴーダさんばっかり、ずるい」
……えっと、まさかのそこなんだ?
「クラリッサ様が悪徳役人に差し出されそうになったら、俺が助けに行きます!」
思わずクラリッサの手を握りしめた。
一番大切にしたい人を不安がらせるなんて、恋人失格だ。
「絶対誰にも渡しません! 役人だろうが貴族だろうが、必ずあなたを守ります!!」
「…………っ!!」
クラリッサの顔が真っ赤になった。これからヘンドリックたちの本拠地に殴り込みに行くってのに、俺の羞恥心など気にしていられるか。
「だから、私から離れないでくださいね」
「……は、はい……っ」
どちらかというとまともに攻撃魔法を使えない俺が一番不安なのだが、それは言わぬが花だ。




