夜がはじまる
夜中にもかかわらず急遽学院長と教員、生徒会、そして俺が会議室に集められた。他にも学院警備隊の隊長が加わっている。
女子生徒は寮に帰ってきたが、行方不明の男子生徒はこの時間になっても帰ってこなかった。
「あの二人に聞いたところ、一人は兄が、一人は友人が学院退学後オデットの下に行ってしまったそうです。不足した物資を融通してほしいと手紙が来て、やむなく……ということでした」
生徒会の三年生が聞き取り調査の報告をした。茶髪に朱色の瞳をした、お姉様系美少女である。
「兄と友人ですか……。それは、辛かったでしょうね……」
学院長が苦悩の滲み出た表情で言った。
退学処分を下したのは学院でも、それは理事会と学院長を含めた教員の総意であり、学院長だけの責任ではない。それでもやはり教育者としては忸怩たる思いがあるのだろう。
たしかに、親しい人が困窮して助けを求めているのなら助けたいと思うのが人情だ。そう思うことはけして悪くはない。謝罪を受けた女子寮では全員が二人に同情し、許している。
あの二人は盗んだ備品を指定された場所に置き、そっと寮に戻ろうとしたところで警笛により犯人捜しをしていた警備兵に怯えて、動けなくなった。ただでさえ夜、暗闇で大勢の男が自分たちを捜索しているというシチュエーションだ。ぶるぶる震えながら手を握り合い、どうか見つかりませんようにと祈っているところをあっさり発見されている。
そうなるよう狙ったのだが、生粋の箱入り令嬢にはキツイお仕置きになったかな。でもこれで、再度手紙が届いても二度とやらないだろう。
問題は、未だ行方不明の男子生徒だ。女子生徒は備品を置いただけで、受け取りに来た人物の顔は見ていないという。
ジェローム・メトバール、王立セントマジェスティック魔導学院二年生。真面目で誠実な性格で、侍従との仲も良かったそうだ。
「ジェロームは……婚約者がオデットに救われたと感謝していたそうです。しかし、あの……ヘンドリックに憧れていて、オデットと親しくなってからはジェロームはずいぶん悩んでいました。オデットはヘンドリック……に保護され、行動を共にしていましたから」
二年生の生徒会役員の彼は、ジェロームと友人だそうだ。風紀を乱していたオデットとヘンドリックに感化された婚約者をどうにかしたい、と相談を受けていたという。
ヘンドリックを「殿下」と呼ばないよう気を付けているのか、所々で口籠った。
「婚約者がオデットの下に参加して、取り戻しに行ったのか……」
アレクシーがチラッとクラリッサを見た。
「そうとは限りません」
なんとなくしみじみとした空気に水を差すようで悪いが、言わせてもらう。
「どういうことです? まさか彼も自主的に、オデットの下に行ったと?」
「いえ、話を聞くにその可能性は低いでしょう。しかし、取り戻しに行ったのなら、備品を盗んで持って行っているのが気になります」
アレクシー・クラウチは生徒会長のくせに、俺を目の敵にしているせいか視野が狭くなっている。気づけ、クラリッサの目がどんどん冷たくなってるぞ。
「……取り戻す、連れて帰ってくるつもりなら、備品ではなく味方を募りそうなものですよね」
「向こうを騙すつもりだったのでしょうか? でも、彼女に「帰ろう」なんて言ったらすぐにバレてしまいます」
そういえば、と気づいた教員がなぜ備品を持っていったかを考えている。
そうなんだよ。自主的に参加するなら『学院で困っている』と家を騙せば送られてきただろうし、もっと多くを用意できたはずだ。わざわざ盗む必要はない。
では、なぜ盗む必要があったのか?
それは時間がなかったからではないか、と思う。
「婚約者を愛していたのであれば、何としても助けたいと思っていたでしょう。婚約者を人質に取られ、脅迫されたのではありませんか? それなら侍従にも告げず、備品を盗んでいったのも納得できます」
もしも婚約者を諦めるよう、婚約解消か破棄の話が出ていたとしたら、侍従は確実にジェロームを止めてくる。とても「ついてこい」とは言えなかっただろう。
全員が息を飲んだ。
「もしもそうなら、彼はヘンドリックたちに捕まって、監禁されているかもしれません」
ひっ、と学院長の喉から引き攣った音が漏れた。
「警備隊に通報しますか?」
暗い顔で考え込んだ面々の中で、現実的な事を言ったのはクラリッサだった。
クラリッサは俺に言ったのだろうが、決定権は俺にはない。学院長に目を向ける。わずかに肩を跳ねさせた学院長は、教員の顔を見回して意見がないことを確認すると、曖昧にうなずいた。
「通報は……彼の将来を考えると控えるべきでしょう」
学院長の反応からするとジェロームは高位貴族ではなさそうだ。高位貴族の子供が行方不明になったら、もっと全力で捜索するだろう。
いや、逆か? 高位貴族の子供だからこそ、全力で揉み消したいのかもしれん。そんな事なかれ主義には思えないが……前代未聞のことに、どう対処していいのか迷っているのかもしれない。
「ひとつ、良いですか?」
手を挙げて学院長に許可を求める。
「はい。なんでしょう?」
「集団心理について、あなた方はどれくらい理解しているのか、お聞きしたい」
「そんな場合ですか! 学院長、とにかく彼のことは警備隊に任せましょう。学院で処理できる範囲を超えています!」
アレクシーはとにかく俺の言うことに反発したいみたいだ。……人のことは言えないか。俺だってアレクシーに遠慮してないしな。
とにかく集団心理について何もわかっていないことはわかった。
「一つの思想でまとまった集団に反対意見を持つ者がいた場合、異端者扱いされます。異端者は排除対象であり、一度暴力のスイッチが入ってしまえば止まりません。止める者がいないのですから。……彼を救助に行ったほうが良いと私は考えます」
粛清である。前世では勤務先の会社を内部告発した人が叩かれたり、家族にまで被害が行ったりしたとニュースで見たことがある。もっと酷いのだと某山荘に立て籠もった某思想集団が粛清と称したリンチで仲間を殺害した例もある。集団心理というのはかくも恐ろしいのだ。
「私たちが救助に行くのですか!」
びっくりしすぎたのか、学院長が高い声を出した。
「警備隊に通報しても、今すぐ動いてくれるとは限りません。夜ですし。それに、彼と女子生徒二名で味を占めた連中が、再度誰かを人質にして要求してくるかもしれません」
家族には見限られたが、婚約者やきょうだい、友人なら。それを覚えてしまっている。
「タナカ商会の『コーバン』からも人手を出しましょう」
魔法は使えても実戦の経験はない学院長と教員は迷っている。
「そうですわ。助けに行きましょう」
「……っ、助けに行きましょう! 彼は我々生徒会の一員です!」
クラリッサが毅然と言ったのを聞いて、アレクシーが堪らずといったように叫んだ。
「会長、よく言ってくれました」
「そうです、ジェロームは私たちの仲間です」
「ありがとうございます会長!」
「生徒からも参加者を募りましょう。ジェロームと、できれば婚約者の彼女を助けたいです」
「この際だから退学者もまとめて取り戻しましょうよ、会長!」
生徒会長の決断に生徒会役員がわっと沸いた。
これが若さだ。威勢が良い。
学院長は長い、長いため息を吐きだした。
「……よろしい。一刻を争うのであればやむを得ません。救出に行きましょう」
長い夜がはじまろうとしていた。




