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事件発生!



 秘密の抜け道は万が一のための避難路なので一カ所を除いて封鎖することになった。いくらあいつらでものこのこ城に行ったりはしないだろう。行ったら袋のネズミ、ということで残されたのは城へと通じる道だ。

 そう、やつらは行かなかった。やつらは。


 夜、トーマからの手紙と今日の話をまとめて今後のことを思案していると、慌ただしい足音が聞こえてきた。

 男子寮の客室は生徒たちとの部屋とは離れた位置にある。ここまで足音が響くということは、よほどのことが起きたに違いない。

 寮の大浴場の順番は最後なのでスーツのままだ。とはいえ脱いでいたジャケットを羽織って談話室に向かうと、寮監のクレモン・マイラーと各学年の監督生、そして生徒会長のアレクシー・クラウチが深刻そうな顔で話し合っていた。足音は他の生徒が寮を走り回るもののようだ。


「マイラーさん、どうしました?」

「カーさん」


 俺はアレクシーに敵視されている。話しかけたのはクレモンなのに振り返った彼にギッと睨みつけられた。理由はクラリッサだ。

 アレクシー・クラウチはアイーダ公爵家傘下の伯爵家嫡男で、どうやらクラリッサのことが好きらしい。ヘンドリックがいなくなって喜んだのも束の間、俺がクラリッサと婚約内定した。トンビにアブラアゲを攫われた気分なのだ。

 しかもターニャ・カーは平民あがりの男爵。金でクラリッサを買ったと思われているらしい。ついでにいい歳こいたおっさんだしな。御用商人ごときが恩と金で憧れのお嬢様を買った。うん、これだけで俺の『上手くやった』感がすごくてムカつくわ。


「部外者には関係ありません」

「そんなこと言ってる場合ではありませんよ、会長!」

「カー商会長はやり手と聞いてます。助言してもらったほうが……」


 寮監は生徒ではなく大人の先生だ。前世の感覚でいえば用務員さんである。もしくは大家さん。俺と同じく三十代の男性で、口髭が紳士っぽいダンディーな人だ。生徒を見守り、寮の管理をしている寮監は、生徒が連れてきた侍従や護衛とも連携を取って彼らの仕事をやりやすくすることも仕事らしい。


「商会長、実は二年生の生徒が一人、行方不明なのです。彼の侍従がどこにもいないと私に報告しに来ました。外泊届はなく、侍従の話ではトイレといって部屋から出たそうです」


 二年生か、クラリッサと同学年だ。つまりはヘンドリックとオデットを知っていてもおかしくない。

 その男子生徒がいつまで経っても部屋に戻ってこないため、友人の部屋にそのまま行ったのかと侍従は心当たりの生徒を訪ねた。しかし彼はおらず、友人も協力して探したが見つからない。そこで寮監に報告が行き、寮を挙げての捜索になったらしい。


「クラウチ君、念の為寮の備品を確認してもらえませんか」


 あの連中が抜け道使って泥棒しに来る可能性は、生徒会には伝えられたはずだ。


「なぜ、私が」


 アレクシーは顔をしかめた。事件の予感より自分の不快感を優先させる青さに寛大になれる余裕は今は持ち合わせていない。


「そうですね、自分で行きます。マイラー先生、備品庫に案内してもらえますか」

「は、はい」


 あっさりスルーされて顔を赤くするアレクシーを無視して監督生に言う。


「君たちは生徒に部屋に戻るよう指示してください。戸締りをしっかりして、カーテンも閉めるように。部屋から出る時は従者についてもらうこと。それから、生徒会役員と監督生は談話室で待機していてください」


 子供相手でも貴族なので丁寧に、しかし有無を言わさない強さで言えば、監督生は頼りない顔で素直にうなずいた。

 生徒会長の面目を潰すようで悪いが、今はアレクシーのプライドにこだわっている場合じゃないんだ。

 このタイミングで何かあれば、ヘンドリックたちの仕業だと考えるべきだろう。

 備品庫に急行すると、やはりというか鍵がかかっていたはずのドアが開け放たれ、中身がごっそりと減っていた。


「なんてことだ、我が校の生徒が窃盗なんて……」

「ここには、何が?」

「紙類、布類です」


 うむ、わかりやすく簡潔な説明だ。この寮監先生、できる男と見た。タナカ商会にスカウトしたいな。


「かなり嵩張りますけど、布で包めば持っていけないことはありませんね」


 しかしこれだけの騒ぎになってしまったら、今さらのこのこ戻ってこられないのでは。在校生から被害者を出さないことばかり考えていたから、加害者になるなんて予想外だった。


「マイラー先生、女子寮の構造は男子寮と同じですか?」

「は?」


 いかん、聞き方が悪かった。胡乱な目で睨まれて慌てて弁解する。


「いえ、変な意味ではありませんよ? 男子寮と同じなら、女子寮に忍び込んで盗みに行くことも可能でしょう?」

「ああ、そういうことですか……。そうですね、女子寮に注意喚起しておきましょう」


 クレモンは俺の質問に答えずに納得していた。

 クレモンが怪しむのも当然といえば当然なのだ。俺はクラリッサと交際している。ようするにその年代がストライクゾーンだと思われていてもしかたないわけだ。クラリッサ一筋です、と言っても、口では何とでも言えるからな。

 クレモンと共に女子寮に行くと、こちらでも騒然としていた。


「マライヤ先生、どうしました?」

「クレモン先生? それが、一年生と二年生の生徒が行方不明なのです」


 思わずクレモンと顔を見合わせた。


「実は、男子寮でも生徒が一人行方不明になっていまして、もしやこちらに来ていないかと思ったのです」

「男子寮も!? あ、失礼しました。いえ、女子寮にはおりませんわ。この騒ぎですもの」


 男なら良いというわけではないが、女がこんな夜中に供も付けずに外出するのは致命的だ。未婚の令嬢ならなおさらである。メイドや侍女にまで監督責任が発生する。それほどの事態だ。


「こんな時間です、女子生徒ならまだ校内でしょう」


 言って、首から下げていた笛を外に向かって吹いた。


「商会長、それは?」

「タナカ商会の『コーバン』で使用されている警笛です。今回お世話になるにあたり、学院の警備に提供しました」


 実をいうとタナカ商会の撤退は『コーバン』のみ例外にせざるを得なかった。なにしろ万が一に備えての警官隊だから、契約者との関係もあり撤退できなかったのだ。代わりに事務方と家族はしっかり引き受けた。


 この警笛は鳴らし方で命令が伝わるようになっている。一回長くなら『不審者を確保せよ』短く三回なら『火災発生』長く一回短く二回で『緊急事態発生』といった具合だ。捕り物っぽくてカッコいい。

 俺が今吹いたのは一回長く。不審者確保を命じるものだ。この短い命令の中に、事件が発生して犯人が逃走中という意味が含まれている。あちこちで同じ笛の音が聞こえ、夜の中を警備兵たちが慌ただしく動く気配がした。


「……よし、これだけ外が騒がしくなれば、女の子なら怖がって戻ってくると思います」

「ターニャさん!?」


 そこでクラリッサの声がした。女子寮ならそりゃいるか、と振り返ろうとして慌てて顔を戻す。


「ク、クラリッサ様、そのお姿はいけません!」

「あっ」


 ちいさく叫んだクレモンも慌てて回れ右した。


「アイーダ嬢、そんな恰好で出て来てはいけませんよ!」

「お嬢様、せめてガウンを……遅かったー!」


 マライヤとクラリッサ付きの侍女ブランカが叫んだ。

 こんな時間なら不思議ではないが、もうちょっと考えて欲しかった。好きな女性のネグリジェ姿とか、刺激が強すぎるぜ。ラッキースケベというには弱いが。

 だから女子生徒と鉢合わせしないよう玄関先で寮監と話をしていたのに……。失礼しました、と言ってクラリッサが去っていく足音を、ほっとしたようながっかりしたような気分で聞くことになった。


 ひとまず男子寮と同じく生徒を部屋に戻し、件の生徒のメイドと監督生、そして着替えてきたクラリッサを交えて玄関で待つことにした。メイドと監督生はちゃんと服を着ている。


「クラリッサ様は監督生なんですか?」

「いいえ。生徒会役員は多忙ですので監督生には選ばれませんの」


 監督生は生徒と教員の推薦を受けて決まるらしい。女子寮というとなんか上級生のお姉様がお気に入りの下級生に託していくイメージあったけど、そういう制度はないようだ。やはり女子校じゃないとダメかー。


「女子寮の備品も盗まれておりましたわ……」


 寮内の見回りをして備品の確認をしていたマライヤが、頭痛がするのか額を押さえながら戻ってきた。


「こういう場合、学院はどのような処分になるんですか?」


 王立学院で盗難事件なんかなさそうだけど、なんらかの罰則はあるだろう。


「家に報告して反省文、謹慎一ヶ月です」

「タナカ商会はどうしていますの?」


 その時、玄関のドアが開いて警備兵に付き添われた二人の少女が入ってきた。よほど怖い思いをしたのか、二人とも泣きじゃくっている。


「あなたたち……っ」

「お嬢様!」

「お嬢様、ご無事で……」


 マライヤと二人のメイドが駆け寄った。


「ありがとうございますっ。よく見つけてくれました」

「泣きながら震えていましたので、すぐに発見できましたよ」


 腰を折って礼を言うマライヤに警備兵が苦笑しながら応じた。作戦成功だ。


「……タナカ商会なら、窃盗は現行犯で捕まえて警備隊に突き出します」


 貴族向けの本店でも、庶民向けの支店でも、残念ながら万引きはあるんだよな。

 貴族でも庶民でも対応は変わらない。警備隊一択だ。バックヤードで説教は当然のこととして、罪は罪として裁いてもらう。万引き犯は客じゃない。

 まあ、貴族だと警備隊に金を渡して無罪放免だろうが、店は当然警戒するし、醜聞が怖い貴族は前もってひと言言ってくる場合もある。人の物を欲しがったり、遊び感覚での盗み、あるいはそういう病気とか、理由は様々だ。

 庶民なら罰金刑、懲りずに繰り返すと懲役刑になる。貴族は無罪放免になっても不行状な者は社交界にも出せないから、そのほうがずっと厳しい処分だろう。


「けっ、警備隊は、やりすぎでは……?」


 クレモンが驚きすぎて声がひっくり返った。無事を喜んでいたマライヤ、メイド、そして犯人である少女二人が固まる。


「商売なんですよ、こちらは。量産品にせよ作った者の生活がかかっています。説教と買取だけで済む問題ではないのです」


 クラリッサに言って、それから二人の生徒を見た。


「お二人とも、今は学生で学内のこと。たいしたお咎めはないでしょう。ですが社会に出たらそうはいきません。守られるのは子供だからです、これからずっと、過去の自分に苦しめられるんですよ……」

「ターニャさん……」


 誤解しないで貰いたいのは、こちらが好きで警備隊に突き出しているのではない、ということだ。あまりやりすぎるとタナカ商会もダメージを負う。警備隊が来るというだけでもイメージダウンなのだ。一罰百戒。本当は一度もないのが一番良いんだけどな。

 生徒を見守ってきた寮監は、俺の言葉の意味をくみ取ると顔を蒼ざめさせ、それでも決意を込めて二人に語りかけた。


「……その通りですよ、人の口には戸が立てられません。女子寮のみんなが二人を心配して寮内を探してくれたのです。……みんなに謝って、許してもらいましょう」


 淑女失格の行いをどう見られるか。これからあの魔窟ともいえる社交界が待つ貴族令嬢だ。少しでも醜聞にならないよう、許してもらわなければならない。

 一時の気の迷い。ちょっとした冒険心……。しかしその代償は、あまりにも重かった。




ちょっと厳しいかな、と思いますが、良いとこのお嬢さんが夜に出歩くのは身持ちが悪いと思われてもしょうがないです。

今さらですけど警備隊は警察と同じ役割です。

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