悪巧みへの誘い
そんな学院でも、意外と外のことを知る手段はある。
学院長の話、アイーダ公爵とトーマからはちょくちょく手紙が届いている。
「早くも効果が出ていますよ」
学院の会議室を借りて、開口一番公爵が言った。呆れたような口調だった。
「たしかに。購買でもノートとインクが売り切れておりますな」
タナカ商会が撤退した効果だ。案の定、買い占めに走った生徒が出たらしい。
「学院では定価での販売が義務付けられていますが、物が入ってこないことにはどうにもなりません。教員の報告では、生徒間での売買まではじまっているとか……」
嘆かわしい、とため息を吐く学院長が言うには、生徒同士の売買は特に禁止されていないらしい。もともと高位貴族が傘下の下位貴族に融通するのはよくあることだったとか。持てる者が持たざる者に施しをするのは貴族なら当然で、学院側も止めない。
ただ今回は金銭の授受が発生しているのが問題になっていた。売値が高額なのだ。
まあ、転売ってのはいつの時代も値が吊り上がって問題になるもんだ。想定内である。
「街はそこまでいってはいない。が、かなり不安が広がっている」
「オデットとヘンドリックは?」
「今こそみんなで危機を乗り越えよう、と寄付を呼び掛け、賛同者を募っている」
「賛同者なんかいるんですか?」
寄付といえば聞こえはいいが、ようするに金寄こせ、物資を持ってこい、だろ。そんな都合の良い話あるのか。
呆れながら聞いてみれば、いるよ、と言って公爵がニヤッと笑った。
「あそこに行けばタダで食わせてくれると噂が流れていてね。日雇いの労働者や、浮浪者などが続々と集まっているようだよ」
「うわあ……」
そんな連中が集まったところで困窮するのが目に見えている。共倒れだ、えげつないな。
オデットとヘンドリックは、あれから本当に声明を出した。
『聖女オデットは聖魔法を失っていない。人々の悪意を払うためにヘンドリック殿下がオデットを救出したものである。真の聖女とは病や怪我を癒すだけではなく、心の闇を祓い、その魂を救済する者なり』
いやなんというか、本当に出てきたよ『魂の救済』と思ったね。なんだろう、言葉の響きが良いのかな。真面目に言ってるのなら失礼かもしれないが、大笑いさせてもらった。
トーマからの手紙にも『本当に魂のステージ言ってくる人いました!』と驚きが綴られていた。なんでも困っている人々に配布するため商品をタダで寄こせと恫喝されたらしい。現世で善行を積めば魂のステージが上がって天の国に招かれ、次の生でも幸せになれるとかなんとかご高説を垂れたようだ。上から目線の物乞いにトーマが応じるはずがなく、罵倒のあげくに呪いの言葉を吐くそいつに「そんなに人を妬んでるようじゃ魂のステージ低そうですね。頑張ってください!」なんて煽ってやったと書いてあった。ふはははは、トーマ、よくやった。
王家はすでにヘンドリックの王籍を廃してヘンドリック・ポターとしていたため、重罪人として引き渡し要求をしている。オデットも脱獄囚として新たに逮捕状が出た。
「立地も良いしね」
アイーダ公爵はにやにやしている。
「立地?」
「ああ。王家が所有する秘密の館に立て籠もっているんだ。鳥籠の館と呼ばれるところだよ」
「鳥籠」
意味深な呼び名だ。愛人でも囲っていたのか? 公爵の笑みが深くなる。
「お察しの通り、身分の低い愛人のために建てたものだよ。今では秘密会合や、仮面舞踏会など、表沙汰にできないことに使用されている」
「はあ」
「管理人はいるが使用人は全員通いだ。現在は全員の無事が確認されている」
「なるほど……。それなりに広くそれなりに豪華で、聖女が住むにはぴったりなのですね」
「そうだ。城から遠く、人目から隠れるような場所にある。ポター氏は元殿下だから知っていたんだろう。夏休みにはオデットを招待してやったらしい」
昨年の調査結果でそれが判明した。王都の別荘扱いだったから、ヘンドリックでも好きに使えたのだ。
「使用人はいないのですね?」
「元々平民で、平等を旨としている人だからね。お友達ならいたそうだ」
あ、やっぱり賛同者という名の集りは公爵の仕込みだ。浮浪者に紛れ込ませてスパイに偵察させてるんだろう。
「友達ですか。さぞや都合の良い相手なのでしょうね」
公爵と二人でククク……と笑っていたら、学院長を若干びびらせてしまった。
「期間限定の夏休みと比べて、何日もつかな?」
「王家所有の館にごろつき住まわせていたらたいしてもちませんよ。公爵も人が悪い。王家の威信にかけても早期解決を図るでしょう」
オデット信者の貴族はオデットの下に馳せ参じていた。しかしどの家もまともな家族や臣下たちが行くなら一人で行け、と財産は渡さなかったそうだ。当然だな。
主張していることは新興宗教にありがちな寄付という名の強奪でも、教祖が国家動乱罪の罪人だ。連座で処罰されるのが目に見えている。
だったら罪は本人一人だけにして、家の取り潰しだけはなんとしても回避しなければならない。それが貴族というものだ。
「日に日に増えていく『信者』たちに、食糧確保だけでも大変そうだよ。食料品店はさすがに撤退できずにいるけど、店ごと買い占めたって足りるものではないからね」
「その鳥籠の館って、トイレはいくつあります?」
「住人用のものと使用人用、二カ所だけだ」
食べれば出るのは生物の摂理だ。そんな大人数が長期滞在するように館はできていない。
「では渋滞が発生しますね。トイレットペーパーもすぐになくなりそうだ」
避難所と同じである。水と食糧があっても生活用品が尽きれば困るに決まっている。
貴族令嬢ならタナカ商会の女性用品を使っていただろうし、それらを用意するのは使用人の役目だ。と、なれば何も考えずにそうした準備もせずにオデットの下へ行っただろう。
今までと同じ生活ができない、というのは想像以上にストレスなのだ。しかも次から次へと見ず知らずの者たちが集まっての共同生活となれば、令嬢が耐えられるとは思えなかった。
「ベッドはオデットとヘンドリックが使うにしても、他は床ですか? いやー、大変だなー」
棒読みしてやったらとうとう公爵が噴き出した。
「と、取り急ぎ何も用意できないようにしたのは君だろう……っ」
「いやだなあ公爵。当商会は襲撃の危険を感じて撤退したんですよ? まさか何も考えずに立て籠もったなんて思いませんよー」
「ぶっふ!」
堪えようとして失敗したくしゃみみたいになってますよ、公爵。学院長がオロオロしちゃってるじゃないか。
ひとしきり笑った公爵がようやく息を整えた。
「貴族出身者は自分を人質にして物品の要求をしているが、突っぱねられている。予想外だろうな」
「あれだけ堂々と『見世物』になっているのに可愛い我が子を助けられる貴族はいないでしょう。令嬢であれば確実に縁談が消える事態です」
「彼らは何を学んでいたんでしょう。まったく嘆かわしい……」
学院長の嘆きはもっともだ。不特定多数の異性がいる家でお泊り、なんて貞操を失ったとみなされる。そうした分別を付けるためにも学院は男子と女子で寮が分けられているのだ。
学校ってのはただ勉強してりゃいいってもんじゃない。社会性や一般常識、他人の考えを知り、交流し、意見の擦り合わせを学ぶ場でもあるのだ。
「……学院長、もしかすると連中はここに来るつもりかもしれません」
「なんですって!?」
「ここにはベッドもある。トイレもある。食事の世話をしてくれる人がいて、物資も豊富。なによりオデットたちは「本当なら自分もここにいた」という思いがあるでしょう」
さらにいうと、ヘンドリックは王子だった頃が忘れられないんじゃないかな。誰もが頭を下げ、命令を聞いてもらえたのだ。たった半年ほど前まで。素直になれなかったが愛しい婚約者もいた。
「まさか。……そこまで愚かなのか?」
公爵が愕然として言った。
「私も若い頃は無茶をやったもんです。金も身分もなかったけど、蛮勇ともいえる全能感と行動力はありました。それがタナカ商会の原動力となったと言っても良い」
「金と身分がないのは今の彼らも同じだろう」
「生まれた時からないのと途中で失ったのは違いますよ」
俺がタナカ商会を失っても一から出直しだが、彼らはマイナスなのだ。
「とんでもありません! 伝統ある王立学院が元生徒とはいえ罪人に乗っ取られるなどあってはならないことです! 生徒たちの保護者になんと言えば……」
学院長が頭を抱えた。貴族の子供を集めたのに不特定多数の賊の侵入を許したなんてなったら学院存続の危機だ。
なぜわざわざ貴族の子供を王都に集めて学習させるのか、考えたことがある。位階によっては学院よりずっと進んだ教育を受けた子供たちである。義務教育があっての王立学院ならまだわかるが、一カ所に集める理由があるはずだ。
俺は、これはもしかしたら人質なのではないかと思う。江戸時代の武家みたいなものだ。妻子を江戸に置いて大名を国元から参勤交代させたように、貴族の大事な跡取りたちを王家の手元に置き、教育することで貴族に余計な力を付けさせないように牽制する。
貴族というのは地方領主なのだ。それくらいしなければ王家に権力が集中しない。独立独歩の機運が高まっても子供が人質に取られていたり、また学生時代の友人が敵になることを考えれば、大人しく従っておいたほうが良いと判断するだろう。江戸幕府は足利幕府の失敗を見て学んだわけだ。一応帝という日本国のトップがいたしな。
「結界の強化をして、護衛も増員しよう。公爵家から理事会に働きかけて騎士を出してもらう」
「こういう学校なら万が一の際の、秘密の抜け道とかありそうですけど?」
「あります。王族も通いますから、学院から城に繋がる通路と、城下に繋がる通路……が……」
思わず公爵と顔を見合わせてしまった。あるのはいいんだ。むしろ無いほうがおかしい。
「ヘンドリックは……」
「ご存知のはずです……」
秘密の抜け道はもちろんひとつではなく、ダミーも含めて複数あるという。
「まさかと思うが内部に手引きする者がいたらまずいぞ」
「他に知っている人は?」
「避難誘導の関係で教員と、生徒会は知っています」
おい、歴代生徒会を考えれば、それを子供に教えている可能性大だぞ。
「つまり、けっこうな人数が知っているんですね……」
そういう秘密の抜け道ってのは意外と忘れないし、学生なんて遊びに行く際に都合良く使うだろう。門限に間に合わなかったりした時に、何食わぬ顔で戻っているとか。真夜中の冒険なんていかにも楽しそうだ。俺ならやる。




