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不穏な空気



 領地を持たない新参男爵にも、避けて通れないことがある。

 社交界だ。

 腹の探り合いなんて仕事上の社交でお腹いっぱいなのに、何が悲しくて見栄張って貴族を招待して顔で笑いながら飯食ったり踊ったりしなくちゃならんのだ。


「めんどくせぇけどやんなきゃダメなんだよなー……」


 タナカ商会の執務室。手元の書類は予定されているターニャ・カー叙勲祝いのパーティについてだ。招待状を出す相手を選別するだけでも一苦労である。

 ついつい盛大なため息が出てしまう。げんなりとなった俺に、トーマがきりりと目を吊り上げた。うちの番頭は今日も絶好調だ。


「あたりまえでしょう。商会長の叙勲祝いなんですよ? お祝いを贈ってくださった方々への返礼の意味もありますし、今まで商会長についてきてくれた社員、幹部一同それはもう張り切ってますよ! さすがに今からではお屋敷は間に合いませんのでホテルを貸切るしかありませんが……。それに、こんな機会でもなければクラリッサ様と商会長の家族は顔合わせもできませんよ」


 それが問題なんだよ。

 俺の家族、両親と弟妹合わせて六人はバリバリの庶民だ。仕送りで学校に行かせてやれたし、全員それなりの職を得て妹たちは結婚して子供もいる。そこそこ中級くらいの生活基準は維持できていた。

 しかし、全員タナカ商会に関わっていない。

 実家の金物屋は移転して、中央商店街の道具屋街に店舗を構えている。そこはすぐ下の弟が継いでいた。


 タナカ商会が大きくなっても身内意識で調子に乗ったりせず、つつましく暮らしている。俺の自慢の家族だ。会いに行けば「そろそろ身を固めたら?」とお約束を言ってくる、本当に普通の庶民である。


「……クラリッサ様を紹介したら、親父が腰抜かさないか? 母さんは妹より年下の女の子に手を出したって知れば泣いて殴ってきそうなんだけど」

「それは……ありそうですね」


 これがカーラだったら「自業自得でしょう」とバッサリ切られるだろうが、そこはトーマだ。うちの家族を知ってるだけあって理解が早い。二十歳差なんて普通にドン引きだ。


「ですが結婚まではあと二年あります。商会長はともかくクラリッサ様は適齢期ですし、そこまで問題ありませんよ」

「そうか? ついに人身売買に手を出したって言われそうだが」


 原作からほど遠くなった俺だが、原作の設定はいまだに怖い。調べたら人身売買は違法だった。それをワンカットでやられたほうの身になれ。いや俺はやってないけど。


 クラリッサの場合、王太子だったヘンドリックの廃嫡に伴う婚約破棄で、彼女に瑕疵があったわけではない。王家からは詫びとして子爵位を賜っている。

 ただし、うるさく重箱の隅を突いてくるやつはどこにでもいる。クラリッサとヘンドリックの不仲は有名だったからな、婚約破棄をさせるために、わざとオデットをヘンドリックに近づけた、という噂がどこからか聞こえてきた。すべてはタナカ商会とアイーダ公爵家の仕込みで、ヘンドリックは嵌められたのだ、という。


 何も知らない者ならそう勘繰りたくもなるだろうが、これが社交界で密かに流れているのが気持ち悪い。学院に通っている生徒たちは、文化祭の事件に関しては緘口令が布かれたが、その前のヘンドリックとオデットの横暴は貴族に伝わっているはずだった。


「トーマ、……例の噂、出所はわかったか?」

「いえ、それがまだ……。社交界でも下位貴族や上流階級の層で流れていて、高位貴族は真相を知っているからか相手にしていません」


 下位貴族というのは子爵までのことだ。男爵、子爵だけかと思いきや、騎士爵、官位に伴って爵位を与えられた名誉貴族など、けっこういる。

 上流階級というのは爵位はないけど金と土地を持っている成金のことだ。少し前の俺がここだった。

 そしてこの層にいる者たちは、噂に敏感である。


 俺のような商人なら情報操作で流行を生み出したり、評判を広げたりと情報合戦を繰り広げている。

 貴族はもっと切実で、自分の家と本家にあたる高位貴族の仲良しアピールに余念がない。下位貴族はいざという時本家に責任を取ってもらう立場なのだ。見捨てられたり、逆に責任を押し付けられたりしないよう切実になる。阿るだけではなく、様々な情報を仕入れて報告する。それらの情報を精査し、対処に当たらせ、重要度の高いものに対して自ら動くのが高位貴族だった。


「クラリッサ様はまだご存知ないようだが、学院に戻れば嫌でも知れるだろう」

「はい……。アイーダ公爵家は?」

「小うるさい蠅が飛んでいる、程度には不快なようだ」


 カールはともかくとして、公爵と奥様は俺をクラリッサの婚約者として扱っている。隣に座ることを許し、クラリッサの手に手を添えても咎めなかった。

 俺が――俺とタナカ商会がクラリッサの敵に回ることはないと信頼しているのもあるだろう。公爵家が動けば事は早く沈静化するが、それでは大きくなりすぎる。今度はアイーダ公爵家に反逆の意志あり、とでも噂されかねない。


 つまり、俺がなんとかすることを期待しているわけだ。公爵家の宝玉、王家にまで認められた姫君を守って見せろ、と。


「オデット・イーデルに傾倒していた連中だろうな。聖女の毒はそうとう強力らしい」

「聖女様ですからね……。まず言葉の響きからしてなにやら尊く感じられますし、オデットは学院内では貴族のルールを無視して身勝手な『平等』を振りかざして煙たがられていましたが、平民に『平等』の思想は受けが良かったのでしょう。一度信じたものを嘘であったと認めるのは難しいものです」


 たしかに聖女って清らかで善人なイメージがある。昭和のアイドルみたいな、トイレ行かないとか言いそうだ。


「ずいぶん実感籠ってるが、実体験か?」


 長い付き合いの番頭が宗教に嵌ったとは聞いてないぞ。この世界に宗教らしい宗教はなく、なんとなくキリスト教っぽい教会があるくらいだ。こういうところが八百万日本の影響受けてると感じる。


「私の場合は嘘ではなかったのでご心配なく」

「え、そっちのほうが心配なんだが? いいかトーマ、『魂の救済』とか『魂のステージ』とか『魂の浄化』とかいうのは詐欺かやばい宗教だからな?」

「なんですかその魂推し」

「それっぽい綺麗事言って納得させようとしてくるんだよ。いいか、幸せってのは生きてる間に掴むもんだぞ」


 真剣に言ってるのにトーマはにこにこと嬉しそうにしている。そういう目で見るのは止めなさい。なんか馬鹿にされてる気になってきた。俺はお前の子供じゃないぞ。


「わかっていますよ。タナカ商会は幸せのお手伝い、ですものね」

「そうだ。誰だって楽していいんだ。好き好んで苦労するとか意味わからん。母親の苦労が子供の幸せに繋がるわけじゃないぞ」


 聖女信仰があるくらいだし、そこまで男尊女卑な世界じゃないのは幸いだった。ただし古今東西老若男女問わず、苦労したほうが努力が身に付くと考えている者は一定数いる。

 たしかに努力は必要だ。誰だって、なんでもかんでも最初から完璧にできるわけがない。努力に苦労は付きものだ。


「苦労することと効率が悪いのはイコールじゃない。コツを摑むのなんか本人しかできないのに、便利なもの使って「手抜きするな」とか「楽をするな」とか。自分がした苦労を後輩にも押し付けようとするやつって何なんだろうな」

「悔しいのはあると思いますよ」


 トーマが微妙な顔で苦笑する。それは俺も思う。自分が苦労してきたことを、後からやって来た人が便利な道具を使ってひょいっとできてしまったら、誰だって悔しいと思うものだ。青は藍より出でて藍より青し。でも、それだって藍がなければはじまらない、どちらが優れているかではなく、託せる者がいるのを喜ぶべきだ。


「苦労して、それでも努力し続けられるのは俺も凄いと思う。だがな、話を戻すが苦労を強要してそれを幸せだと思い込ませて、横から利益を掻っ攫っておいて『魂』がどうのと綺麗事を持ち出してくるやつは詐欺だからな」

「はいはい、わかっていますよ」


 トーマは俺の弟分だ。番頭として、ずっと隣にいてくれた。それでも俺はトーマのすべてを知っているわけではない。俺にも言えない悩みや、カーラにも見せられない部分だって当然あるだろう。


「カルト宗教ってのは生真面目で優秀、性根のやさしい者ほど嵌りやすいんだ。……あれ。それならトーマは平気だな?」

「ちょっと商会長。そりゃないでしょう。というか、人のこと言えませんよね?」

「図太く開き直れなきゃ他人様押しのけて商会成長させられんからな」

「いよっ、それでこそ商会長! 天下のターニャ・カー!」


 真面目な話をしていたはずなのにおかしいな。切り替えは大事。悩んでもどうしようもないことは悩まないほうが精神衛生上吉だ。




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[気になる点] >王太子だったヘンドリック 王太子は次代の王でランスロットでは。
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