平和な宿の夜1
『首輪』の魔導士との奇妙な邂逅の後、私たちは街で買い物を済ませた。
キールがハラス牛の肉の半分程度を商人に売り、得られたお金でガタがきていた装備の買い替えや日用品の買い足しをしたのだ。ハラス牛は本当に希少なようで、キールがにこにこ顔になるくらいに高く売れたみたい。
買い物には思ったより時間がかかってしまい、宿へ戻る頃には周囲はすっかり薄闇に包まれていた。
そして、天ぷらをあんなに食べたのにも関わらず……私の胃袋には空きスペースができていたのだ。
前にランフォスさんが、私は常に力を放出してるって言ってたし! すぐにお腹が減るのはしかたないことだよね!
そんな言い訳を胸の内でしつつ、『宿のご飯ってなにがあるんだろう』などと考えながら宿の扉を開ける。
すると……ふわりと鼻先にいい匂いが香った。宿屋の一階には食堂があり、その厨房から匂いが漂っていたのだ。
『きゅるるる』とお腹を鳴らしていると、隣に立っているワーテルがもっと大きな音でお腹を鳴らす。その音は『ぐがががぎゅるるる』という怪獣の鳴き声のような大きなもので、それを聞いた食堂にいるお客さんたちがぎょっとしながらこちらを向いた。
……ワーテルが隠れ蓑になって、私の食いしん坊感が軽減されて非常に助かる。
『いい匂いがするね。なにかオススメなどはあるんだろうか』
「今日の日替わりは、甘く味つけしたひき肉をパン生地で包んで焼いたものみたいですね。それと根菜類がたっぷり入ったスープか。女将のオススメ定食は……揚げ魚と書いてありますけど、魚はさっきたくさん食べましたしね」
『そうだな。肉がいいな』
ランフォスさんが壁に張ってあるメニュー表を見ながら、ワーテルに説明をしている。
ひき肉入りのパン……すごく美味しそう。
「さ、ここに座ってください。お水ももらってきましょう」
『うむ』
ランフォスさんのワーテルのお世話も、すっかり板についている。彼は面倒見がいいから、ちょっとくらい手間がかかる精霊でもまったく気にしていないようだ。
貴族なのに、どうして人の面倒を見ることに慣れてるんだろうなぁ。
「さ、ニーナ様。僕たちも座りましょう!」
キールがそう言いながら、ワーテルの向かいの椅子をさっと引いてくれる。
「ありがとう、キール」
私はキールにお礼を言いつつ、椅子に腰を下ろした。その隣にキールも腰を下ろし、人数分のお水をお盆に載せたランフォスさんも戻ってくる。
皆が席に揃ってから、私は壁のメニュー表に目を通した。
と言っても、私はこの世界の字が読めないんだけどね! いつか読めるようになりたいなぁ。
キールから『日替わり』と『女将オススメ』以外のメニューの説明も受けて少し悩んだ後に、私は日替わりに決めた。
日替わりって言葉には、どうにも弱いのだ。
注文からしばらくすると、テーブルに料理が運ばれてきた。
女給さんはキールとランフォスさん、そしてワーテルをちらちらと見て頬を赤く染めながら、テーブルに料理を置いていく。
……私は知っている。このテーブルに誰が料理を持っていくかで争い、二人の女給さんと女将さんの間でじゃんけんが行われていたことを。彼女はその勝利者なのだ。
お皿の上にはまんまるとした手のひらよりも大きいサイズの柔らかそうなパンが山になっており、底が深いスープ皿には根菜が入ったスープが盛られている。結局皆日替わりを頼んだから、パンは一皿に盛ったのだろう。なんとも大迫力である。
「ワーテル、パンは一人二つですよ」
『む……』
食欲旺盛な精霊が人の分まで食べないように、キールがぶすりと釘を刺す。
ワーテルはそれを聞いて、実に不服そうな顔をした。




