まるで乙女ゲーのような
「まぁまぁ、難しい顔をしないで! ニーナちゃんの滞在のおかげでその嫌な気配が消える可能性、俺は高いと思うんだよねぇ」
ランフォスさんがひらひらと手を振りながら、明るい笑顔でそう言った。
「……消えて、くれますかね?」
ワーテルが『嫌な』という枕詞をつけるのだ。消えないままであれば、今後住人たちにどんな影響があるかわからない。できることなら……私の力で消えてくれると嬉しいな。
そんなことを考えていると、わしゃわしゃとランフォスさんに頭を撫でられた。
キールはそれを見て、顔を思い切りしかめながら私の腰を抱く手に力を込める。
「ニーナちゃんの滞在でも、嫌な気配が消えない場合は……。俺たちにはどうしようもないってことだから、予定通りにここから立ち去ろう」
ランフォスさんのそれは、自分にも言い聞かせるような口調だと感じた。
彼は優しい人だから、『なにかが起きるかもしれない』と思いながらこの街を離れることに後ろ髪を引かれる気持ちになるのだろう。
「当然ですよ、関わる義理はありません。それに、現状は気配だけで街になにかが起きているわけではないんですから。放っておいても大丈夫ですよ」
キールはそう言って小さく鼻を鳴らす。
……たしかに。『嫌な気配』が現状では街に実害を与えていないのが、救いかな。
できればこのままずっと、『気配』で止まってくれているといいな。
「さて、聞き込みに行きましょうか。聞き込みが終わったら、テンプラの屋台に行きましょうね! ニーナ様!」
キールが雰囲気を変えるように、笑顔でそう言う。
『天ぷら』というワードに、意地汚い私の心はぐぐっと浮上した。
「うん、行こう! ワーテルは水筒の中に……」
『いや。ニーナのスイハンキの米を食べているおかげですこぶる調子がいいからね。今日は自分で歩きたい気分だ』
水筒を指し示せば、子猫姿のワーテルにふるふると首を横に振られた。お腹を撫でられていたワーテルはスクッと立ち上がり、床へとかろやかな動作で飛び降りる。
「子猫姿で人混みの中に行くのって、危なくないですか?」
万が一はぐれでもしたら……。いや、大丈夫なのかな。ワーテルはふつうの子猫じゃないわけだし。それでもちょっと心配だ。
『君たちと同じ、二本足で行くよ』
ワーテルは飄々とした口調で言うとその身を輝かせた。眩しさに目を瞑り、開いたその時には、ワーテルの姿はすでに変わっていた。
水色の髪をゆるく結んで前に垂らした、絶世の美貌の男性の姿に。服装はトラウザーズと白いシャツという簡素なもので、いかにも旅人ですという年季の入ったザックも背負っている。
今のワーテルは初対面の時のような神々しい様子ではなく、オーラが押さえ気味というか……ちゃんと『人間』に見えた。瞳の色が碧と紫が混じった不思議な色じゃなくて、紫で固定されているのも大きい気がするな。
──人間に見えるといっても、とんでもない美形であることには変わりないんだけど。
「すごいですね、ちゃんと『人間』に見えます!」
『ニーナが毎日、力を与えてくれるおかげだ。上手く化けることができた』
「いやぁ。そんな……」
つい、照れながら『ふへへ』と変な笑い声を出してしまう。
……もっと可愛い照れ笑いができないものかと、ちょっとだけ悲しい。
「じゃあ行きましょう、ニーナ様!」
キールに手を引かれて、そっと立ち上がらせられる。
その後ろには笑顔のランフォスさんとワーテルもいて……
私は、気づいてしまった。
今からこの顔面偏差値がてっぺんの三人と並んで、街を歩くことになるんだと。




