聖女は聖獣が少し心配なのです
宿は街の中心街にいくつか存在し、その中からキールがよい感じのところを選んでくれた。
泊まることになった宿は、ぽってりとした質感の塗料で塗られた白壁が可愛らしい二階建ての建物だ。建物は小さいけれど大きな温泉を持つ宿だそうで、それを聞いた私のテンションは一気に上がった。
野宿中もキールが用意してくれるお湯が入った盥で体を清めてそれなりに身綺麗にはしていたけれど、湯船にゆっくり浸からないと疲れが取れた気がしない。
それになんと言っても、お布団が嬉しい!
「わ~! お布団だ!」
部屋に入った私はベッドにすぐさまダイブした。お布団の柔らかな感触がふわりと体を包み、ついつい眠りに誘われそうになる。私は気力を振り絞り、訪れようとする眠気を必死に振り払った。
聞き込みをしたり天ぷらを食べに行ったりしなければいけないのに、このまま寝るわけにはいかない。
ちなみに。部屋はキールと私、ランフォスさんとワーテルという組み合わせで二部屋確保されていた。水筒の中にいるワーテルの分が必要なのか……は正直謎だけれど。彼が人間擬態して動き回る可能性もあるし、念のために取ったのかな。
私はキールと寝起きするのがすっかり当たり前みたいになっているけど、年頃の男女がこれでいいのだろうか。……キールはわんこだし、いいのかな。
ちらりと見たわんこ──いや、私の聖獣は目が合うと嬉しそうに綺麗な金の瞳を細めた。
「ふふ。ニーナ様がご満足そうで、嬉しいです」
慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、キールが優しく頭を撫でてくる。うう。そんなに優しい手つきで撫でられると、眠くなっちゃうから……!
「いいお宿を見つけてくれてありがとう、キール」
「喜んでいただけて嬉しいです。ニーナ様のお体をゆっくりと休められるといいんですけど」
彼はそう言いながら、綺麗な形の眉を下げる。
キールが気にするのは、いつも私のことばかりだ。彼自身は長くなってきたこの旅で疲れていないのだろうかと、少しばかり心配になる。
「ねぇ、キール」
「なんですか、ニーナ様!」
「キールは疲れてない? 無理はしないでね」
「僕は聖獣なので平気です。お気遣いをありがとうございます」
「……本当に?」
「はい、本当に平気です。聖なるスイハンキのご飯を、いつもいただいておりますし! ですが……」
「ですが?」
言葉を切ったキールをじっと見つめる。すると彼は少し照れたようにはにかんで笑った。
「ニーナ様に心配していただけるのは、嬉しい、です」
大きな尻尾がばふばふと振られて、凛々しいお顔がへにゃりと緩む。
キールは本当に私のことが大好きだなぁ。
……大好きすぎていろいろなハードルがおかしいというか、して当然の心配で喜びすぎだと思う。喜ぶハードルはもっともっと上の方に設置してほしい。
「キール、頭を撫でさせて?」
身を起こしつつ訊ねれば、キールの尻尾がさらに大きく揺れた。
「は、はい! もちろんです!」
ベッドに腰を下ろし、キールがこちらに頭を傾ける。頭を撫でると、いつでも洗いたてのような柔らかな髪の感触が手のひらに伝わった。
……私の体からは聖女の力が出てるみたいだし、キールがこれで癒やされてくれるといいんだけど。
ふだんのねぎらいの気持ちを込めて丁寧に丁寧に撫でれば、キールは嬉しそうに口元を緩ませた。
「……平気だって言われても、心配なものは心配だからね。キールが体を壊すようなことがあったらすごく悲しいから、自分のことにももっと気遣ってほしいな」
守られるのはありがたい。大事にされるのもとても嬉しい。
だけど私のことばかりを優先して、キールが自分のことを粗末にするのは嫌だなって思う。
「私からの、お願い」
「お願い……ニーナ様からの」
「そう。キールが元気だと、私も嬉しい」
そう言いつつ滑らかな頬に触れると、すりすりと頬を擦り寄せられた。
「……いつまでも、元気でいます」
ぽつりと言われて安堵の気持ちが胸に満ちる。だけど……
「そしていつまでも、ニーナ様のお側にいます」
華やかな笑みとともに告げられた言葉のせいで、私の心臓はにわかに落ち着かなくなってしまった。




