平和なはずの街
街に入る際に厳しい検問などは特になく、『他国の商家の娘で旅の最中』という『設定』をランフォスさんが門兵に伝えると人のよさそうな衛兵があっさりと中へ通してくれた。
ガルフィの街は適度にのどかで適度に栄えている様子の住みやすそうな街に見える。
行き交う人々の表情が暗かったり……ということもなく、差し迫った危機があるようには感じられない。
「見たところ、平和そうだね? ……神気の濁りも少ないのかな?」
ワーテルの言う『嫌な気配』を心配していた私はほっと息を漏らした。ワーテルは現在水筒の中で大人しくしており、その反応はわからない。宿屋に着いたら『嫌な気配』に関して今どう感じているかを訊いてみよう。
「ふむ、そうですね。……濁りの影響がなさすぎるような気もしますけれど」
「影響が、なさすぎる?」
キールの言葉の意味が捉えきれず、私は目を丸くする。濁りの影響がないのは、いいことなんじゃないの?
「はい。二代前の聖女様は例外的にお立ち寄りになられたようですが、この街は聖女様の巡礼ルートからは本来遠く離れております。なので、逃亡のルートに選びました」
……なるほど。巡礼のルートから外れていたら、王家の関係者とかち合う可能性は減るもんね。
「二代前の聖女様は、どうして立ち寄ったんだろうねぇ」
不思議そうにランフォスさんが言う。
二代前の聖女様がこの街に立ち寄った理由はわかる気がする。
たぶんだけど、二代前の聖女様は食に対しての欲求が強いタイプなのだろう。
だってカレー粉を再現し、温泉卵や天ぷらを広めるくらいなんだから。ほかにも、きっといろいろなことをしてるんだろうなぁ。
二代前の聖女様はこの街に沿って流れる大河に生息するお魚に、興味を引かれたのに違いない。いや、きっとそうだ。
……もしかして、ここの川にはうなぎとかもいたりするのかな。二代前の聖女様直伝うなぎの白焼き、なんてものも屋台にあるのかもしれない。想像だけでよだれが出そうになるなぁ!
私も食べることが好きな方ではあるし、二代前の聖女様に勝手に親近感が湧いてしまう。同じ時代に生きていたら、いいお友達になれたのかもしれない。
二代前の聖女様にちょっぴり思いを馳せた後に、私は口を開いた。
「だけど今は心愛さんが巡礼を進めているわけだし。円同士が共鳴して円が大きくなったら、ここも円の内側……浄化される土地に収まるんだよね? その影響なんじゃないの?」
お布施で滞在期間が変わるそうなので、巡礼の道行はゆっくりとしたものなのだろうけど。それでも、進んではいるはずなのだ。
「うーん。この土地を浄化するための円の形成は巡礼の後半だから、まだここは巡礼の影響を受けていないはずなんだ。とはいえ、領主が善政を敷いている場合などに神気の濁りが遅くなることもあるから。そういう濁りにくい土地だった、ということでいいんじゃないかな? ニーナちゃんが気を病まなくて済むしね!」
ランフォスさんがそう言ってニカッと笑う。
たしかにそうだ。この土地がハーミア村のように神気の濁りのせいで荒れた土地だったら。私はきっと手を出さずにいられなかったと……そう思う。
だから私は、この状況を素直に喜んで享受するべきなのだ。
「そ、そうですね!」
「ニーナちゃんがいることで、さらに神気が綺麗な土地になるだろうし。『聖女様』の巡礼を待つまでの間も安泰だと思うと、素晴らしいことだよね」
「たしかに! たしかに!」
こくこくと頷く私を、キールとランフォスさんが微笑ましげな表情で見つめている。なんだかちょっと恥ずかしいな。
「さて、ひとまず宿を探しましょうか。そしてこの街にいるという『首輪』を作った魔道士一族の情報収集を少ししたいですね。危険な人物でないかを、把握しておかないと……」
キールがそう言って眉間に皺を寄せる。
「たしかにそうだね。危険な人じゃないといいなぁ」
心愛さんのため、そして私にとっての万が一のために『首輪』をどうにかする方法は知っておきたい。そのためにも、ちゃんと話が通じる人物であることを願いたいな。
「そして情報収集の後は……テンプラを食べましょう!」
「天ぷら!」
キールの言葉につられたように、頭の中にぱっと天ぷらの映像が浮かぶ。
日本のもののようにおつゆにつけて……というものじゃないのだろうけど、きっと美味しいんだろうなぁ!




