ハラス牛のステーキ丼~白い聖獣と一緒に~6
「では、いただきます!」
お約束の言葉を言いつつ両手を合わせた後に、フォークでステーキを掬い上げる。しっかりとした肉感がフォーク越しに伝わり、味への期待感が高められていく。
そして私は……至福の時間を得るためにお肉を頬張った。
「んっ!」
お肉は筋を感じさせることのない柔らかさで、噛みしめるごとに旨みを凝縮した肉汁が滲み出してくる。サシがたっぷりと入ったお肉だったので、脂っぽさがあるのかな? と少し思っていたけれど……。上質な脂は重たくならず旨みしか残さないのだと、二十三年の人生ではじめて知った。
――ハラス牛、恐るべし。
考えてみたら、前の世界ではこんなにいいお肉を口にしたことがなかったもんなぁ。高級和牛のA五サーロイン……なんてものに憧れないわけではなかったけれど。社会人になりたてのOLに、手が出せる値段ではなかったのだ。
上からかかったキール特製のソースにはすりおろした玉ねぎがたっぷりと入っていて、それがお肉とよく合っている。
ああ……幸せ。
美味しさを味わっているうちに、お肉は淡雪のように溶けてなくなってしまう。それに少しの寂しさを覚えるけれど、お肉はまだまだたっぷりあるのだ。
それに……本番はここからだ。
目をカッと光らせながら、お肉でつやつやのお米をくるりと包む。すると、まるで肉寿司というビジュアルになり、見た目の罪深さがさらに増した。
それを口に放り込むと――
「ふ、ふぁああ」
蕩けるお肉と、もちもちのお米。それが見事な調和を奏でる。
天国だ……お口の中が、天国だ!
「はい、ニーナちゃん。これもどうぞ」
あまりの幸せに笑み崩れていると、ランフォスさんからスープが手渡される。
これは……白身魚のスープかな?
「リーボスの街で、ニーナちゃんたちがバルサって魚を買ってたでしょう? それで作ったんだ。あれは焼いても美味しいけど、スープにしても美味しいんだよ」
「わぁ! ありがとうございます!」
「ちゃんと、隠し味も入れたから。隠せてないかもしれないけど」
「隠せてない、隠し味……?」
スープに顔を近づけると、ランフォスさんの言葉の意味がわかった。
カレーの……カレーの香りがする!
「カレー粉を入れたんですね! この香り、食欲をそそられる……!」
「ふふ、お口に合うといいけどね」
「絶対に合います! ありがとうございます!」
スープを口にし……私はほうっと息を吐いた。
薄味で、だけど魚からの出汁がしっかりと出ているスープは口中をすっきりとさせてくれる。カレー粉がシンプルなスープの旨味を引き立てていて、味のバランスが素晴らしい。
口にしたバルサの白身はほろりと崩れ、優しい味を舌に伝えてくる。
ほっとする味だなぁ……。スープもとても美味しい。
ステーキ丼とスープを夢中で食べ、ふと周囲を見ると皆も食事を思い思いに味わっていた。
シラユキ君は「お米、お米すごいです! ああ、お肉も美味しい」とうっとりしながら丼をかき込んでおり、ワーテルはすでにステーキ丼を食べてしまったらしく『お替りはないのかね?』とキールに訊ねて微妙な顔をされていた。ワーテルは、細身の体からは想像できないくらいによく食べる。あんなにあった川の主の白身も、猪のお肉も。ワーテルによって食べ尽くされてしまいそうな勢いだ。
キールとランフォスさんがマメに食料補給をしてくれるから、旅の途中で食材が尽きる……なんてことはなさそうだけど。無限にお米が出てくる炊飯器もあるし。まぁ問題はない、はず。
「キールさん。ワーテルさんのお替りは俺が作るから、ニーナちゃんとご飯を食べてたら?」
「……では、お言葉に甘えてそうします」
ステーキ丼を頬張りつつのランフォスさんにそう言われ、キールは自分の分のステーキ丼とスープを手にして、私の横へとやってくる。そして、ちょこんと隣に座った。
「キール、お疲れ様。美味しいものを作ってくれてありがとう」
「いえいえ。ニーナ様のためですから」
ねぎらいの言葉をかければ、キールは尻尾を振りながらそう答える。
手を伸ばして頭を撫でると、彼は幸せそうに笑った。
……本当に、いつもありがとう。キール。




