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星詠み姫の選定  作者: 勇魚
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託した理由

 本当に何故なのだろう。

 絹蘭が更紗に選定の儀を託した理由。それは更紗自身が聞きたいくらいだ。しかし、心にある言葉をそのまま口にするわけにもいかないようだ。万里は笑顔を浮かべてはいるが、更紗を見つめる目は冷ややかだ。


「更紗殿、君の見解を聞かせて欲しいな」


 語り口は柔和そのものであるが、万里の目を見ればこれが命令であることは明らかだった。


 どうしよう。


 わからない、知らないでは通用しない。しかも、紅家は王家を謀っている。絹蘭ではなく、更紗が王宮にいるその理由が必要なのだ。


 つい、慶花に救いを求めたくなるが……駄目だ。これまでも、彼女は色々と自分を助けてくれた。だからと言って、何でも彼女に頼っていいわけがない。しかも、これは紅家が撒いた種だ。紅家の自分が始末しなくてどうする。


 絹蘭ではなく、自分がここにいる理由。

 いくら絹蘭と同じ顔をしているからといって、星詠の才能どころか知識すら皆無の更紗で誤魔化せると思うわけがない。

 ならば何故、更紗が星詠姫候補としているのか。


 更紗はからからに乾いた喉を、僅かな唾で湿らせると、意を決して口を開いた。


「それは、私も……紅家の星詠みだからです」


 案の定、万里の瞳に好奇心が宿る。


「幼い頃に才がないと言われたのに?」


 更紗は怖じ気づく心を叱咤しながら、腹に力を入れる。


「……本当に才がないのなら、母は私を王宮へあげたりは致しません」

「ふうん、なかなか言うね」


 心臓の鼓動が、まるで早鐘のようだ。なのに身体はみるみる冷えていく。冷えた指先を握り込むと、吐き出すように言葉を紡ぐ。


「姉は優れた占術師の資質を持っていますが……繊細で、弱さを抱えています。紅家を継ぐのはひとりです。だから、外の世界で生きていくのが難しい姉を、母は後継者にと選んだのです」

「君も相当、生きていくのが困難にみえるけれどね」


 そんなことはわかっている。今、口にしていることは、すべてデマカセだ。絹蘭は繊細で弱さもある。しかし、星詠み姫の候補に選ばれるだけの強さも持ち合わせている。


 一方、自分ときたら学舎でも上手く立ち振る舞うことすらできず、自信も強さも欠片もない。自慢できることと言ったら、無遅刻無欠席で学舎を卒業したことくらいだろう。


 良好な交友関係は築けなかったものの、身体を壊すことなく、成績も中の上を維持できるくらいの強さ……いや、これは強さではなく単に神経が図太いのかもしれない。


 どんな環境でも、雑草のように目立ちはしないが踏み潰されても生きていける。だから、母は自分を王宮に送ったに違いない。それしか理由が見つからなかった。


「……恐らくですが、わたしは図太いので苦労したとしても、どうにかするだろうと母は判断したのだと思います」

「図太いか……」


 万理は口元を扇で覆うと、堪え切れないといった様に、肩を震わせて笑い出した。更紗は万理の反応に困惑しながら、つい慶花を見てしまう。慶花は万里と反応は真逆で、無表情でお茶を飲んでいる。更紗の見解には、まるで興味がないようだ。


「確かに更紗殿、君は図太い。僕のお墨付きをあげよう」

「あ、ありがとうございます……?」


 褒められているようには思えないが、一応お礼を言っておいたが、ますます万理の笑いを誘うだけだった。

 ひとしきり笑った万理は、薄っすら浮かんだ涙を拭うと、笑わない目をして形ばかりの笑顔を宿す。


「でもね、図太いだけでは星詠み姫は務まらないよ?」

「わ、わかっております」

「十日後には星図を起こし、この国の行く末を詠んで貰うよ。君にできるの?」


 当然、星図を起こしたこともなければ、星詠みのやり方すら知らない。

 ならば教えを乞うしか道はない。


「慶花様に、教えていただきます」


 彼女は更紗に「星詠み姫になって欲しい」と言っていたのだ。恐らく協力してくれるはずだ。


 とはいえ、図々しい頼みであることくらい自覚している。後から冷や汗が滲んできた。協力してくれるだろうと思うものの、快く引き受けてくれるとは限らない。むしろ、その可能性は低いくらいだ。


「どうする、慶花殿?」


 からかうように万里は問う。更紗は全身を耳にして、慶花の返事を待ち受ける。なのに慶花の反応が怖くて、彼女の顔を見ることができない。

 彼女は溜め息をひとつ吐くと、思いの外力強い答えが返ってくる。


「いいでしょう。この方を、誰にも文句が言えないような星詠み姫に仕立てあげてみせます」


 初めて聞いた熱の籠った声に、思わず慶花に目を向ける。そして、人の悪い笑顔を浮かべる彼女を目の当たりにし、今更更紗は気が付いた。


 結局、慶花の願いに沿う形にしか、この場を切り抜ける方法がないのだと。

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