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星詠み姫の選定  作者: 勇魚
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皇太子との謁見

 最初は近寄りがたく、鋭い刃物のような少女だと思った。

 言葉を交わしても取り付く島もない。きっと彼女とはろくに会話もできないまま、選定期間が終わるのだろうと思っていた。思っていたが……。


 慶花様って、結構面倒見がいいよね。


 お茶を淹れてくれたり、髪を結い直してくれたり、化粧まで直してもらった。思い出してみると、足が震えて歩けなくなったところで手を引いてくれたり、転びそうになったところを支えて貰ったり。昨夜は、黙って肩を貸してくれた。身体の震えが止まるまで傍にいてくれた。

 ふと、出立前の絹蘭の言葉を思い出す。


『璃家の慶花。彼女なら、力になってくれると思うわ』


 絹蘭は直感だと言っていたが、さすが星詠み姫候補というべきか。

 早々に替え玉だと気付かれた時はどうしようかと思ったけれど、一応は絹蘭としてやり過ごせるよう協力してくれるということではある。しかし、あくまで更紗の望み……紅家の望みは、絹蘭として無事選定の儀を終えることで、星詠み姫に選ばれることではない。

 絹蘭を、姉を見返すいい機会ではないかと言われた時、心の奥底に燻っていた自尊心が首をもたげてきたのは事実だった。しかし、才能が無い自分が大それたことをできるとは思ってはいない。

 どうすれば慶花は考えを変えてくれるだろう?

 どういう事情で星詠み姫になる気が無いのかは知らないが、彼女こそが星詠み姫に相応しいと確信している。絹蘭だって彼女が相応しいと言っていたくらいだ。

 本当の事情を話したら、思い直してくれるかわからない。それに、慶花にどんな事情があって星詠み姫にはならないと言っているのかもわからないのだ。


 どうすれば……いいのかな。


 やはり慶花と腹を割って話し合わなければならないのかもしれない。絹蘭の妊娠を話すのは、替え玉だと知られた今でもかなり思いきりが必要だ。でも、こちらの事情を隠したままで、相手に打ち解けて貰うのは無理ではなかろうか。

 

「はぁ……」


 真っ暗な天井を見上げ、溜息を吐く。

 少々不安はあるが、慶花と行動を共にできることが、実をいうとほんの少し楽しみだった。我ながら呑気だなとは思うが、慶花と少しでも親しくなれたらいいなと思う。そんなことを言ったりしたら「あなたは莫迦ですか」と、また言われかねないけれど。


 




 朝食の最中、一言も口を利かなかった慶花がやっと言葉を発したのは、食後のお茶を飲み干した後だった。


「本日は皇太子殿下の下へ参ります」

「は、はい」


 反射的に返事をしたものの、言葉の内容を理解したのは一拍遅れてだった。

 今……皇太子殿下って、言ったよね?

 途端、冷や汗が背筋を伝う。

 星詠み姫候補というものは、簡単に皇太子に会えるものなのだろうか。


「あなたも一度、万理様にお目通りしておいた方がいいでしょう」

「はい……」


 万理様。間違いない、やっぱり皇太子殿下の名前だ。


「どうして一度お目通りしておいた方がいいのでしょう?」

「星詠み姫になるのなら、次期国王の万理様とある程度懇意になった方がよろしいかと思いまして」


 ……やっぱり。

 更紗が星詠み姫になるよう、助力をしてくれているのだろう。しかし、それでは困る。

 ここはきちんと言わなければ、と、更紗は気持ちを奮い立たせる。


「星詠み姫にはなりません。といいますか、なれません。お願いですから思い直してください」

「…………身支度をいたしましょう。それでは半刻後に」

「慶花様!」


 席を立つ慶花に追いすがるが、彼女は邪魔な虫でも見つけたかのように剣呑な目を向ける。


「……半刻後に」

 明らかな拒絶の態度に、更紗はそれ以上何も言えなかった。



 皇太子万理殿下は御歳二十三歳。現王陛下はご高齢のため皇太子殿下が国王代理を務めている。幼き日から聡明で、諸国から集めた高名な教師陣も舌を巻くほど。神童と言われていた。そして、同盟国の姫君と婚約中という噂。

 更紗の皇太子に対する知識はその程度だ。まあ、一般市民はこの程度知っていれば十分過ぎるくらいであるだろう。しかし更紗は一応は星詠み師の家の生まれ。勉強不足ですと自ら言っているようなものだ。


 招かれたのはこじんまりとした客間のようだ。しかし天井は低く、窓は単に明かりを取り入れる程度のものでしかない大きさのものが、。椅子も机もない。代わりに床にあるものは毛足の深い敷布だった。床にはすでに毛足の短い絨毯が敷き詰めれている。

 まるで秘密の場所みたいだな、と思いながら慶花の後を付いていく。案内をしてくれた宮女はここまでのようで、中へと進む二人を深い礼で見送った。


「あの……慶花様。ここは一体……」

「殿下の私室のひとつです」

「私室?」


 私室のひとつ、ということは、いくつか私室はあるのだろうけれど……。

 謁見の間のようなところでお会いするものだと思っていた。まさか私室に通されようとは夢にも思っていない。


「皇太子殿下とは、お親しいのですか?」


 すると、慶花の代わりに第三の声が答えてくれた。


「ああ、その通り。慶花殿とは幼馴染のようなものでね」


 驚いて振り返ると、そこには長身の青年が人の好い笑顔を振りまいて佇んでいた。


「やあ、いらっしゃい」


 恐らく皇太子殿下で間違いないのだろう。

 更紗は我に返ると、慌てて跪いた。すると、軽い調子で皇太子である青年は言った。


「僕の私室だから、形式とか気にしなくていいから。ほら顔をあげて。堅苦しい挨拶は必要ないから」


 え?

 今、まさにひれ伏そうとする更紗の耳に、意外な言葉が届いた。


「殿下もそうおっしゃっております。お立ちください、絹蘭様」


 恐る恐る顔を上げると、慶花が手を差し出す。無意識にその手を取ると、力強く引き上げられる。

 公理様といい、皇太子の万理様といい、礼をされるのが嫌いなのだろうか?


「堅苦しいのは嫌いなんだ」


 万理皇太子殿下は、涼やかにほほ笑んだ。

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