表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星詠み姫の選定  作者: 勇魚
13/21

宵闇の女神

 そもそも何故このような状況になったというのだろう。


 初めての男性からの抱擁に動揺しつつ、どこか冷静な部分で考える。

 恐らく相手は絹蘭と勘違いしているに違いない。しかも相手が皇子ときた。幼い頃から王宮に出入りしている絹蘭なら、皇子と知り合う機会もあっただろうが、恋仲にまで進展するものだろうか? 

 確かに紅家は星詠みの一族で、過去に何人もの星詠み姫を輩出してきた。過去に後宮入りした者は存在するのかまではわからない。

 絹蘭ならどんな名家に嫁いでも大丈夫であろう。しかし星詠み姫になれば結婚は不可能だ。寿命を迎えて任を解かれるのが大抵だから、一生涯独身である。


 それとも、ただの戯れ?

 結婚することのない星詠み姫の候補となる娘。物珍しくて戯れに手を出してくる可能性は十分だ。


 ……でも。戯れではない気がするのは、そうであって欲しいという願望だろうか。


「絹蘭」


 切なげな囁きが耳に掛かる。この武人然とした第二皇子からは、想像もしなかった甘い響きに少し驚く。しかし、骨ばった長い指折りが顎に触れた途端、我に返った。

 顔を上向きにされた上、相手の顔が近付いてくる。経験のない更紗でも、何をされようとしているのか予想ができた。


「いけません……」


 拒絶の声を上げるが、思ったように声が出ない。指から逃れようと顔を背けるが、ほんの僅かに角度を変えるので精一杯だった。一瞬皇子の動きが止まる。顎から手が離れ、よかったと安堵したのは束の間、今度は強い力で抱き締められる。

 相手の鼓動すら感じるほど密着し、息もできないほどだ。

 嫌だ……!

 反射的に身を捩ろうとするが。


「すまない。少しだけ、このままで」


 耳を掠めた声があまりにも切実で、つい動きを止めてしまう。


「すまない……」


 自分よりも年上で、大きな男の人が、まるで縋るように自分を抱き締める。乞われているのは絹蘭だとわかっているのに、まるで自分が乞われているような錯覚を起こしそうだ。

 でも、わたしは絹蘭じゃない。

 皇子に対して、申し訳なくすら感じる。

 ごめんなさい、絹蘭じゃなくて……。

 せめてもの償いにと、そっと皇子の背に手を添えるが、一瞬背中が強張るのを感じる。不味かったかなと思っていると、ふと首筋に温かくて柔らかい感触に気が付いた。


「……っ、あ」


 首筋に小さな刺激を感じた途端、これまで味わったことのない感覚が背筋を駆け抜ける。同時にそれを恐れる気持ちが湧き上がり、今すぐこの腕から逃れたい衝動に駆られる。


 助けて!


公理こうり様」


 突然上がった第三者の声に、皇子の拘束が緩んだ。


「何だ」

 低い声で答えながら、ゆっくりと更紗から離れる。


「皇太子殿下がお探しです」

 堅い少年の声が告げる。姿は見えない。貴人の御前ゆえ、木陰に姿を忍ばせているのだろう。

「……わかった。すぐ行くと伝えよ」

「はい」

 少年が立ち去る気配を見届けると、皇子は再び更紗と向き直った。

「選定の儀、陰ながら見守っている」

 再び静けさを取り戻した青の双眸で更紗を見つめると、振り切るように立ち去っていった。


 まるで嵐のような出来事に、更紗はぼんやりと立ち尽くしていた。

 一体どれくらいそうしていただろう。聞き覚えのある声が自分の名を呼んだような気がして、背後を振り返った。


「絹蘭様」

 夜闇に溶ける漆黒の髪。神話の宵闇の女神が具現したのかと、一瞬錯覚する。

「探しましたよ。こんなところで油を売っていたのですか」

「慶、花さま……?」


 ずいぶんと機嫌が悪そうだ。仕方がない、今夜の宴の主役でもあるというのに、長らく席を外してしまった自分が悪いのだから。

 でも慶花の顔を見た途端、張りつめていたものが消えて、気づいたら地面にへなへなと崩れ落ちていた。


「どうされました」

 慶花は駆け寄ると、へたり込んだ更紗の前に膝を折る。

 何か言わなければと思っても、混乱して言葉が出てこない。しかも、さっきの出来事をどう言い表せばいいのだろう? 思い出しただけで恥ずかしく、また怖いという気持ちも拭えない。


「更紗殿、大丈夫ですか?」

 耳元でそっと囁く。

「……っ」

 無意識だった。助けを求めて手を伸ばし、目の前の細い肩にすがり付いた。

「更紗殿?」

「ご、めんなさい……」

 声が震える。自分が震えているのだと、他人事のように自覚する。

 駄目だ。ほら慶花が困っているではないか。でも彼女の温もりから離れがたく、離さなければならないと思っているのに離れられない。

 小さな溜息の後、少し声を和らげて慶花は訊ねる。

「……何があったのですか?」

「あ、の……」

 心の整理がつかないままに口を開くと、やんわりと慶花が遮る。

「話すのが嫌なら無理に話す必要はありません」

「そういう、わけでは……ない、です」

「では、心を少し落ち着けてから」

「……はい」

 離れろと言わないのをいいことに、そのまま彼女の肩をお借りしたままだ。丸みが欠ける細い肩に額を預けると、諦めたような嘆息が聴こえた。

 慶花の手が背中に触れる。一瞬背中が強張る。しかしその手が、あやすような仕草で背を叩き始めると、ゆるゆると力が抜けてくる。まるで小さな子供にする仕草だと思ったが、実際心地よく感じるのは事実だった。


 身体の震えがいくらかましになると、更紗はゆっくりと身体を起こした。

「ありがとうございます……少し落ち着きました」

「それはよかったです」

 慶花は薄く微笑む。さっきまで身体を預けていたのかと思うと、女の子同士でも少し気恥ずかしい。

 恥ずかしさを誤魔化すように、更紗は語り出した。

「実は……さきほどまで、第二皇子の公理様がこちらにいらしたのです」

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ