宴の始まり
扉を出た途端、着替えなかったことをたちまち後悔した。
星読み姫である、慶花や更紗よりも、宮女たちの方が華やかに着飾っていた。彩度を抑えた朱い衣は単なる無地ではなく、控えめながらも金糸の刺繍で鳳凰の意匠が施されている。
朱色の中に、妙に自分の白い衣が浮いているようにみえて、居たたまれない気持ちになる。隣りを歩く慶花の様子はといえば、動じた様子などまるでない。
委縮しそうになる心を、更紗は必死に叱咤する。
ここでボロを出しては駄目だ。偽物だと知れれば、それは王族を裏切った証。
更紗自身は勿論のこと、絹蘭とお腹の赤ちゃんもどうなるか。そして、紅家一族も。
息を吸って、胸を張れ。
慶花の言葉が蘇る。
そうだ。服は他の人たちと比べたら見劣りするかもしれない。
でも化粧や髪は慶花が施してくれたもの。
大丈夫、わたしは……絹蘭になれる。
ずらりと回廊に立ち並ぶ宮女たちの数に圧倒されながら、広間へと続く扉が大きく開かれた。
うわ……。
広間は多くの色彩と音、匂いで溢れていた。鼻をくすぐる様々な香の匂いは、貴婦人たちの衣に焚き染められたものだろう。目に鮮やかな衣装を纏う人々は、恐らく王侯貴族たち。談笑する声が重なる中、宮廷楽師たちが奏でる楽の音が間を縫うように流れる。
滅多に目にしない豪華な衣装を纏った老若男女たちの視線が、一斉にこちらに集まる。
一瞬臆しそうになるが、負けるものかと気を引き締める。そっと息を吸い込むと、更紗は挑むように足を踏み出した。
まずは国王夫妻への挨拶だ。好奇の目が見守る中、玉座へと向かう。
最初の対面の場では、声も届かないような距離から額づいただけだったが、今度は互いに会話できるほどの近距離だ。もちろん直接会話など出来やしないだろうし、目を合わせることすらないだろう。
き、緊張する……。
近づくにつれ、周囲の警備が物々しくなる。もちろん、宴の場であるから普段よりは多少簡易的なのかもしれない。とはいえ玉座へ近づくにつれて空気が張りつめているのがわかる。
貴人との対面する上、絹蘭を知る人物と対峙するという緊張のお陰で、最初の気合いはどこへやら。足が震え、眩暈までしてきた。
つい、救いを求めるかのように隣りの慶花に目をやってしまう。思ったとおり、彼女は緊張など微塵も感じさせる様子はなかった。ふと、慶花がこちらに目を向ける。途端、彼女はにやりと人の悪い笑いを浮かべる。
け、慶花様?!
星詠み姫候補たる彼女に相応しくない表情を見せた慶花に、更紗の方が肝を抜かれる。周囲に見られてやしないか冷や冷やしたが、誰も彼女が見せた一瞬の表情に気付いていないようだ。当の慶花はすまし顔で、思い込みだろうが更紗が焦っているのを楽しんでいるかのように思えてしまう。
結構口も悪いし、ちょっと意地が悪い。そのくせ割と面倒見が良かったりと、まるで人物像が掴めない。
『優しい人よ』
絹蘭が言っていたのを思い出す。優しい人かはわからないけれど、悪い人ではなさそうだ。しかし、彼女は一体何を考えているのだろう。彼女ほど星詠み姫に相応しい人はいないだろうというのに、なりたくないと言うなんて。
思いやられるな――と、いつの間にか足の震えが止まっていることに気が付いた。もう一度慶花を盗み見るが、相変わらずのすまし顔で、こちらを見ようともしない。
更紗の緊張を解くために、人前にも関わらずあんな表情を見せたのか、はたまた単に倒れそうなくらい緊張していた更紗の様子が面白かっただけなのか。
本当のところはわからないが、お陰で転倒せずに国王夫妻の御前にたどり着けたことだけは感謝するべきだろう。
「星詠み姫候補の璃慶花殿、紅絹蘭殿をお連れ致しました」
高らかなその声を合図に、更紗と慶花は跪くと深く首を垂れた。
公募の締め切りは過ぎてしまいましたが、ちゃんと完結するよう頑張ります。
できれば最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




