慶花の提案
きっと聡い慶花なら、自分が偽物であることを見破ってしまうだろう。いや、もう見破っているに違いない。
そうは思っていたものの、事実として突きつけられると、どう対処したらいいのかわからなかった。
頭が真っ白になるという状態を体感しつつ、鏡の中から自分に向けられる視線を逸らすことができない。
確信を得たと言わんばかりの彼女の目を見ていたら、もう誤魔化しても無駄だと更紗は悟った。
「……いつ、から」
気付いていたの?
緊張で喉は張り付くように乾いていた。声が引っ掛かり最後まで言葉を発せなかったものの、更紗の言いたいことを察してくれたようだ。
「最初から」
最初から? 驚きのあまり目を見開くと、慶花はわずかに苦笑を浮かべる。
「気の毒なくらい緊張されていたでしょう? だから」
ああ……確かに。人前に立つことに慣れている絹蘭が、立ってもいられないくらい緊張などするわけがないのだ。あの時、慶花が手を引いてくれなかったら、大勢の目の前で失態を犯していたに違いない。
「もしかして、他の人にも気付かれているのでしょうか……」
「さあ? そこまではわかりませんが……今のままでは確実に周囲に知れてしまうでしょう」
何が、と問うまでもない。更紗が言葉を失っていると、慶花は冷やかに告げる。
「そろそろ迎えが来ます。その情けない面構えをどうにかなさい」
情けない面構え。言われてみれば、鏡に映る自分は今にも泣きだしそうな情けないとしか言い様のない表情だ。
「どうすればいいのでしょうか」
「それを私に聞くのですか」
「……ですよね」
返す言葉がない。彼女に聞くのはお門違いだとわかっている。恐らく慶花は、一番正体を知られてはいけない存在だというのに。
「はぁ……」
唐突に、慶花の唇から溜息。この上なく面倒くさそうと言わんばかりの。
腕組みをし、眉間に皺を刻んでいる。まいったな、と面倒くさそうな呟きを漏らす。ひとつひとつの仕草は淑女としては褒められたものではない。だが、不思議と違和感がない。愚図という発言があまりにも衝撃的だったせいで、これくらいではもう驚かなくなってしまったのかもしれない。
「名は?」
「え……?」
一瞬、言葉に詰まる。
「あなたの名前は?」
「更、紗……です」
「では更紗殿。お互い協力しませんか?」
「協力、ですか?」
そう、と慶花は頷く。思案するような表情をしていたが、何かが吹っ切れたように真っ直ぐな眼差しを向ける。
「実を言うと、私は星詠み姫にはなりたくない」
曇りない眼差し。彼女が嘘や冗談を言っているのではないことくらいわかる。
「だから、あなたが星詠み姫になって欲しい。あなたが選ばれるよう、私も微力ながら協力しよう」
予想もしない慶花の発言に、更紗は絶句した。
この人は忘れてやしないだろうか。わたしが姉絹蘭の替え玉だということを。
音を立てて椅子から立ち上がると、逃れるように後ずさりする。
「無理です! 私には……無理です」
「どうして? これまで優劣を付けられていた姉上を見返すいい機会では?」
どくん、と心臓が音を立てる。
彼女は知っていた。絹蘭の陰に隠れた惨めな妹の存在を。
ああ、知っていたんだ……。
絹蘭が双子である事実は、世間ではあまり知られていないはずだ。なのになぜ彼女は知っているのだろう。だが少し考えればわかるうことだ。母同士が学友だったせいに違いない。きっと出来損ないの双子の妹がいると聞いたのだろう。
「見返すなんて……考えてもおりません」
更紗は頭を振ると、小さく息を吐いた。
「誰も私が星詠み姫に選ばれることなど望んでもいないし、期待などもしていません。私自身も、ただ姉の身代わりを果たすことしか望んでいません。それに……」
目の前の少女を見つめる。
背が高く、凛とした佇まい。容姿の美しさだけではない、星詠み姫としての風格を彼女は間違いなく備えている。
「あなたの方こそが星詠み姫に相応しいと思います。なぜ、星詠み姫になりたくないなどおっしゃるのですか?」
不意に慶花の瞳が冷やかなものになる。
「あなたには関係ありません」
「でも……姉がどれだけ今日の日のために努力を重ねていたか知っています。それは慶花様もきっと同じだと思います。なのに何故その努力を自ら捨ててしまうようなことをおっしゃるのですか?」
「では、あなたの姉上は何故、これまでの努力を手放してしまったのです?」
「…………」
まったく彼女の言う通りだ。返す言葉が見当たらない。
その時、扉を打つ音がした。
「失礼致します」
宮女の声――楼杏の落ち着いた声が扉の向こうからする。
「宴の用意ができましたので、お迎えにあがりました」
「はい――」
慶花がその声に応える。そして壁に張り付いたままの更紗に目もくれず通り過ぎる。
「この話はまた後程に」
有無を言わさぬ低い声に、思わず息を飲み込んだ。




