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第二十七話 のんびり塩ラーメン

 どこの山も山頂に至る最後は急な登りであることが多い。

 大岳山もその例外じゃなかった。

 あなたがうっかり背中から後ろに倒れたとしよう。

 途中で止まらず、急登のスタートまで一気に転げ落ちる。

 そんな感じだ。

 実際には途中で岩や木にどうにか引っかかるだろうけれど。


「よいしょっと」


 なので登り終えた僕がほっとしても何の不思議もない。

 三ッ瀬は一足先に登り終えていた。

 やはり本気を出すと速い。


「おう、お疲れ」


「ありがとう。ちょっと遅れたな」


「誤差の範囲だろうよ。しかしここは見晴らしがいいな」


 三ッ瀬の言う通りだ。

 大岳山の山頂はある程度の広さがある。

 小規模な広場といったところだ。

 白っぽいススキの穂が秋風に揺れていた。

 他の登山者も数人いる。

 皆、登り終えてホッとしているのだろう。

 ここからは眺めがいい。

 北側の一部以外はほぼ見通しが利く。


「東京の街が一望出来るのは当然として」


 僕は南西の方を見た。

 山梨県の方だ。

 連なった尾根のその向こうには、白く輝く日本の象徴が見える。


「富士山が綺麗に見えるのはいいね」


「おお。今日はガスってないんだな」


「天候に恵まれたね」


 三ッ瀬も嬉しそうだ。

 普段マッターホルンなどを見慣れているはずなのに、やはり富士山は特別なのだろうか。

 僕はぐるりと視線を巡らせた。

 奥多摩の山々が視界に飛び込んでくる。

 あれは三頭山かな。

 都民の山として人気がある。 

 そこからやや西側に視線を移す。

 一際目立つのは雲取山だろう。

 標高2000メートルを超える東京の最高峰だ。

 この季節に登れば尾根からの絶景が楽しめるはずだ。

 ただし熊には注意しないと怖いね。

 大岳山は身近な山だけど、この景色は中々いい。

 ケーブルカーを使って御岳山、そこから登ればルートも長くはない。

 だけど初心者にいきなり推していい山だろうか。


「大岳山って初心者向けだと思うか?」


 手頃な岩に腰掛けながら三ッ瀬に問う。

 彼はザックの口を開いていた。

 時刻は12時半。

 昼ご飯の時間だ。


「ん? ぎり初心者向けってとこじゃねえかな。御岳からのルートならそんなにきつくないだろ。ちゃんと登山っぽい雰囲気のあるルートだけど、柵や鎖も整備されてるしな。満足度は高いと思うぜ」


「ふんふん」


「ただなあ、片側切れ落ちた崖になってるとこもあるからなあ。心構えのなってない初心者が高尾山のノリで登ると怖い。その程度だな」


「分かる。登山入門者には勧めたくないね。初級者がちゃんと登れば怖くない程度」


「そういう評価でいいと思う。ところで昼飯はどうするんだ。俺は簡単に作るけど」


 そう言いながら三ッ瀬はザックを開いた。

 中から取り出したのは僕の持ってきたものと大体同じだ。

 携帯バーナーとガスのカートリッジ。

 食料はレトルトパックに入ったカレーを2袋。

 シンプルだ。

 お湯を沸かしてカレーを温めれば完成する。

 いや、でもさ。


「このカレー見たことないんだけど。どこのメーカーのやつ?」


 疑問を口にする。

 パッケージにはまったく見覚えがない。

 山用のレトルト食品は登山ショップで売っている。

 一通り見たことはあるけど、これは無かった。

 あ、まさか。


「新製品のサンプルだよ。登山靴やザックのおまけにもらった」


「やっぱりなー。なんかいいな、そういうの」


「そりゃ無料(ただ)でもらえるのは嬉しいけどな。自分の口に合うかは分からんだろう。貰いもんだから捨てるのも忍びないし」


 こうしている間にも三ッ瀬の手は動いている。

 レトルトカレーを温める容器はコッヘルを使うようだ。

 僕も準備しないとな。

 いい加減お腹が空いた。

 テキパキと山頂での調理に必要な器具を取り出す。

 携帯バーナーにガス缶を取り付け、手際よく点火した。

 ボッと火が灯る。

 三ッ瀬が「お、ちゃんと作るんだな」と言った。

「まあね」と答えながらメスティンに水を入れる。


「これでお湯を沸かしてそこにインスタントラーメンをどぼん。メスティンがそのまま丼になる」


「俺よりはちゃんと山ご飯してるなあ」


「お湯が沸くまで待たないといけないけどね」


 答えながら周りの登山者を見た。

 昼ご飯は皆それぞれだ。

 おにぎりやパンを持ってきている人が多い。

 水筒からお湯を注いでカップラーメンを作っている人もいる。

 あっちの大学生らしき一団は本格的だ。

 小さめの鉄板を火にかけて冷凍餃子を焼いている。

 香ばしい匂いがこちらまで届いてきた。

「うお、こっち焦げそう」と元気な悲鳴が聞こえてきた。 

 何だか微笑ましいな。


「若いっていいよな。何でも楽しめる」


「老けるぞ、そういう言い方してると」


 三ッ瀬をたしなめる。

 すると「いやあ、三十路になるとああいう若者が眩しくてさ」と言われてしまった。

 気持ちは分かるよ。


「僕らも山岳部の頃はあんな感じだったね。山登って山頂でご飯作って」


「いつだったかな、無謀にも山でお好み焼きやろうとして失敗したよな」


「言い出したのは桜井じゃなかった? お好み焼きって山には向いてないのにさ。火力高くないと中々焼けないから」


 今思うとバカバカしいけど。

 それでもいい笑い話だ。


 話している内にお湯が沸いてきた。

 袋を開けてインスタントラーメンを中に放り込む。

 箸でほぐしながら待つこと3分。

 いい感じに火が通ったところでバーナーを止めた。

 手早く塩味の粉末スープを上から投入。

 間髪入れずに持参のタッパーから筍の千切りも。

 仕上げに胡麻をたっぷりと振りかけて出来上がりだ。

 今日はヘルシーに塩ラーメンにしてみた。

 そろそろ寒くなってくる季節にはぴったりだ。

 軽い塩味で胃に優しい。


「じゃ、いただきまーす」


「いつも思っていたけど松田って器用だよな。料理のセンスあるわ」


 そう言う三ッ瀬は既にレトルトカレーのパウチを開けていた。

 ご飯はどうするのかと思ったが、それもパウチに入っているらしい。

「ドライカレーなんだよ。温めるだけだ」と三ッ瀬が説明してくれた。

「便利だなー」と言いながら僕もラーメンに口をつける。

 火傷に気をつけながら、メスティンから直接スープを啜った。

 まず胡麻のいい香りが口の中に広がる。

 少し遅れてスープが喉を通り抜けた。

 ごく普通の塩味だけど妙に染みる。

 あっさりしているけど胃にくる。

 あー、温まるなあ。


 "麺はどうかな"


 縮れ麺なので胡麻とスープがよく絡んでいた。

 ズズッと飲み込む。

ああ、いいね、これ。

 麺の仄かな小麦の風味は塩味の優しいスープにぴったりだ。

 具のセレクトも良かったようだ。

 千切りした筍はシャキシャキといい歯ごたえだ。

 醤油も味噌も嫌いじゃない。

 だけど今日に限っては塩ラーメンで正解だ。

 山頂から富士山を眺めつつ、無言で麺を啜った。

 満足度が高い。

 好天に恵まれた秋の一日だ。

 色づいてきた山々を視界に捉えた。

 何だか感慨深いな。

 もう10月の後半か。

 今年は色々あったなあ。

 ふと箸を動かす手が止まった。


「おい、どうした」


「いや、別に何でもないよ」


 三ッ瀬に返答しながら食事を再開する。

 登山を再開してもう半年以上か。

 そこそこ行けそうな感じはある。

 今日もこのロングコースを三ッ瀬に遅れずついていけた。

 少なくともバテていない。


 "もしかして"


 残ったスープを飲みながら考えた。

 三ッ瀬は僕をテストするつもりだったのかな。

 冬の奥穂にも行けるとは言ったけど、実際はどうか分からないから。

 だから一緒に登山の機会を作ったのかも。

 ありそうな話だ。

 だけど僕は直接彼に聞く気は無かった。

 ちょっと無粋に思えたからね。

 仮に三ッ瀬が僕の体力を確認するつもりだったとしてもだ。

 恐らく心配してくれてのことだ。

 そこをわざわざ聞くのはちょっと違うかな。

 うん、そうだな。


 考え終えるのと食べ終わるのがほぼ同時だった。

「ごちそうさま」と言った時、フッと目の前を横切るものがあった。

 赤とんぼかと気がついた時にはもう飛び去っている。

 秋だね、まったく。

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