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第二十四話 秋の奥多摩

 奥多摩は東京の果てだ。

 青梅線の終点に奥多摩駅がある。

 この駅で降りると自然の多さにびっくりする。

 周囲は山に囲まれており、多摩川には清らかな水が流れている。

 空気は澄み、一軒家が集落を形成している。

 ここにはコンクリートのビルが無い。

 いや、あるにはあるが、低い2〜3階建てでくすんだ看板を立てているようなビルだ。

 都心の高層ビルに慣れた人間にはビルには見えないだろう。

 僕は奥多摩に来る度に秘境感を感じる。

 どこの地方だ、東北か中部の山間地域かと思っても不思議じゃない。

 外国人を連れてくればきっと面白いだろう。

「ロッポンギ、アサクサ、シブヤ」と陽気に考えている人ほど「Where is here!?」と仰天してくれるはずだ。

 ドッキリ企画でありそうだな。

 いや、今はそれはどうでもいいんだ。

 ここには山に登りに来たのだから。


 10月下旬の日曜日、僕は奥多摩駅で電車を降りた。

 乗ってきたのはホリデー快速奥多摩という休日限定の快速列車だ。

 乗客の8割が登山者というのは見た目で分かる。

 これに乗れれば奥多摩もそこまでアクセスは悪くない。

 というより、奥多摩までとことこ普通列車で行くのは考えたくないな。

 着くまでに疲れるし。

 さてと、三ッ瀬を探そう。

 たぶん同じ電車に乗って......いた。

 改札を出たところで左右を見回している。

 大型の黒いザックを背負った後姿が流石に板についていた。


「おはよう」


「おう、松田。おはよう。結構涼しいな」


 声をかけると三ッ瀬が振り返った。

 グレーのウィンドシェルジャケットを羽織っている。

「秋の奥多摩だしね。登山にはいい季節だよ」と答える。

 僕も似たような服装だ。

 上は青いマウンテンパーカー。

 下は3シーズン用のクライミングパンツ。

 クライミングパンツは伸縮性が高く、使い勝手がいい。

 少々値段が張るけど便利な代物だ。

 三ッ瀬が僕の服装を眺める。


「そういう格好していると山岳部時代とあんまり変わらないな」


「学生みたいってことか?」


「いや、山屋って感じがするってだけだ。ほんとに登山やってるんだな、お前」


「自分なりにはね。三ッ瀬みたいには出来ないけどさ」


 歩きながらの会話だ。

 奥多摩駅の南の方へと移動する。

 数分もすると橋を渡る。

 この昭和橋を渡れば登山口はすぐだ。

 今日のコースを確認しておく。


「奥多摩の方から鋸尾根を登って大岳山へ向かう。山頂に到着したら御岳山へ下山というルートだったね」


「ああ。昼は大岳山の山頂かな。俺達なら4時間もあれば着くだろうし」


「そうだな」


 三ッ瀬に同意する。

 歩きながら周囲を見渡す。

 電車の中から見えたように、山ばかりだ。

 この奥多摩駅から少しバスに乗れば雲取山の登山口に着く。

 雲取山は東京都の最高峰と言うと大したことなさそうだけど、その標高は2017メートル。

 そこそこに高い。

 これくらい登れれば「一応そこそこ登れます」と言えるレベルだと思う。

 僕らの進行方向からすると右手のやや後方にその雲取山が位置している。

 三ッ瀬に「雲取山の日帰りというのもあり得たね」と話しかけた。


「ああ、それもありだったなあ。でもあそこを日帰りすると忙しいだろうよ。帰りのバスの時間も気になるし」


「そうだな。そこまで追い込む登山はしたくないしな」


「雲取ってさ、いい山だけど景色が単調なんだよな。コースの途中で川や滝があるわけでもないし。富士山が綺麗に見えるってところはいいけど、景観目当てに登る山じゃないな」


 ちょっと驚いた。

 三ッ瀬がそういう考えの持ち主だとは。

「へえ、案外景観とかも気にするんだ。ストイックに登るタイプかと思っていた」と言ってみる。

 三ッ瀬は「心外だ」と苦笑した。


「そりゃがつがつ追い込むための山もやるけどよ。特にクライミングだと練習用の岩場なんかも自分で決めているしな。だけど普通の山の場合は別だね。どうせ登るなら途中で楽しめる様な山の方がいい」


「区別して考えているってことかい」


「かもしれない。例えばここ、奥多摩から登るなら川乗山とかもいい。あそこは沢添いに登るからコースに変化があるだろ。滝も見られるし」


「ああ、川乗山か。人気の山だけあるよな」


「うん。そういう意味では俺等が今日登るコースも中々いいんじゃないか。松田セレクトだけある」


「変なネーミングだなあ」


 他愛もない会話だ。

 何だか懐かしい気持ちになる。

 山岳部の頃を思い出す。

 あの頃もこんな話をしながら登っていたな。

 気持ちがほぐれた。

 そうこうしている内に登山口に着いた。

 鬱蒼とした木々がそこだけポッカリと開けている。

 標識に従い、山道に足を踏み入れた。

 僕らの他には登山者はいないようだ。

 三ッ瀬も同じことを考えていたらしい。


「大岳山ってだいたい御岳から登るよな。こっちゃマイナールートか」


「御岳からが一番近いしね。あとは南の白倉バス停で降りて登るか、馬頭刈尾根沿いに登ってくるか」


「鍾乳洞沿いのコースもなかったか? 俺はやったことないけど」


「大岳鍾乳洞の側を通って途中で馬頭刈尾根に合流するコースのことか。あそこは途中で滝が見れたり割と面白いよ。林道歩きが長いからそれが嫌な人はいるだろうけど」


 話しながら登っている。

 ウォーミングアップにはちょうどいい。

 紅葉し始めた広葉樹の葉が僕らの左右を埋め尽くしている。

 緑から赤や黄へ。

 微妙なグラデーションが視界を彩る。

 もう少し登れば紅葉も進んでいるだろう。

 もっともこの鋸尾根からのルートはいきなりハードなのだが。


「おっと、そういやこんな階段があったなあ」


 三ッ瀬がぼやく。

 目の前には急な階段が立ちはだかっていた。

 トントンとリズムよく登っているのは流石だ。


「途中の愛宕神社までひたすらこの階段なんだよね」


 僕もすぐ後ろに続く。

 2月に登った日の出山にも愛宕神社はあったな。

 愛宕神社に限らず同名の神社はあちこちにある。

 神様は人気者ということか。


「階段て何となく登る気無くすんだよな。人工物だからかね」


「山登っている気にあまりならないからね。効率良く高さは稼げるけれど」


「メリットはそれだけだろ。階段だけ登るならビルをひたすら登るのと変わらん」


 まったく三ッ瀬の言う通りだ。

 これが大岳山を奥多摩側から登るこのコースの最初の難関だ。

 心理的にいきなり延々と続くこの階段はきつい。

「確か三百段以上はあったような」と僕が言うと三ッ瀬は「よく作ったもんだ」と苦笑した。


「ま、いいさ。体力作りだと思って登ってやるよ。松田、お前もへばったりするなよ」


「そこまでやわじゃないさ」


 この程度で音を上げるくらいなら、冬の奥穂なんて夢のまた夢だろう。

 三ッ瀬も分かって聞いているらしい。

「だよな」とニヤリと笑った。

 食えない男だ。

 そんなやり取りを続けながら古びた階段を登り続ける。

 苔むした石の階段を登山靴で踏みしめていく。

 山間の涼やかな空気が肺に染み渡っていくのが分かる。

 細胞の1つ1つが目を覚ますかのようだ。


「おっと、神社に着いたようだ」


 三ッ瀬の言う通りだった。

 唐突に階段が終わり、小さな社と対面した。

 尾根を削った敷地に建てているので、愛宕神社の社は小さい。

 風雨に晒されてきたからだろう。

 社の柱にも年月を感じさせるひび割れがある。


「この神社、ある意味風格あるよな」


「奥多摩駅を守る神様なのかもしれない」


 そんな会話を交わしながら神社の横をすり抜けた。

 敷地の裏手には山道が続いている。

 ミズナラやブナの木立が色づき、秋の気配が濃い。

 さて、ここからが本番だ。

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