三重県編♡
カモシカの様な美脚に花菖蒲の様な凛とした華やかさ。
それが、千鳥紫さんだった。
女子陸上部の絶対的エース。
長いポニーテールをなびかせて、長距離を走り込む姿は本当に一枚の絵画みたいだ。
美しいの一言だ。
僕は、そんな千鳥さんが走る姿が好きだ。
男子陸上部に所属していた僕は、故障で二度と風を切れなくなった。
マネージャーとして留まるように、一年前のちょうどバレンタインの日にチョコを渡してくれながら千鳥さんは励ましてくれた。
「貴方なら、風を切る速さを理解してくれるから」
決して本命チョコではなかった。
でも、僕はとても嬉しかった。
そして今日。
「千鳥~、部活行こう~!」
「待って。靴を履き替えるから」
下駄箱の陰で、僕はその声を聞いていた。指の幾つもの絆創膏を見る。
昨日人生初めてのバレンタインチョコ作りをした。
チョコを刻むときには指先を少しだけ切った。湯煎の時に火傷もした。
何とか普通の溶かして冷やすというチョコを作ることが出来た。
そのチョコを、千鳥さんの下駄箱にそっと忍ばせたのは先程の事。
「あれ?」
千鳥さんがチョコレートの包みに気付いた様だ。
「なになに、千鳥。チョコじゃん!」
「誰から?」
「……匿名みたい」
「えー、逆に怖いじゃん! 紫ったら捨てなよそれ」
数人の女子も賛同している声が聞こえる。
「ううん。大切にするよ。だって一生懸命作ってくれたんだから。それに」
千鳥さんの声が途切れる。
「好きやに、私はこの人の事」
「ハッピーバレンタイン」
どこからか、そんな声が聞こえた気がした。




