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学年も上がり二年生になった。
「カラフィアート令嬢」
最近では声だけでルドヴィークだと認識できてしまえる程に彼と挨拶だけはしていた。
「はい……ん? 」
振り返ると、彼一人。
エミーリアがいないのにルドヴィークに声を掛けられたのは今回が初めての事だった。
「令嬢と少し話したいのだがいいか? 」
「……はい」
断りたいと思うも、相手は王族。
笑顔を貼り付け了承すると、ルドヴィークは場所を移動し始めるので後を付いて行く。
案内された部屋には誰もいない。
婚約者未定の王子と二人きりでいたことが周囲に目撃された時、良からぬ噂が立つのは王子にも予想できたはず。
なのに、誰もいないなんて……
「アルドロヴァンディ王子、二人きりを避ける為にどなたか同席して頂いた方がよろしいのではありませんか? 」
念の為、私から提案。
「いや、今回の話は令嬢のみと話したい。万が一誤解があった場合、私が確り否定するので令嬢の迷惑にならないようにする」
提案したにもかかわらず二人きりを望むという事は、それ程重要という事だろう。
「そうですか、分かりました」
第一印象から回復したとはいえ、私はルドヴィークとは距離を置いておきたいというのが本音。
どうして私が呼ばれたのか、何について話をされるのか全く見当もつかない。
「令嬢には大変失礼な発言をしたが、最近エミーリアへの忠告は落ち着き始めた」
「私は何もしていませんよ」
「あぁ。だが、あの時令嬢が学園の方針や私の交友関係について異論はないと発言してくれたのが大きい」
やはり、ルドヴィークの話の大半はエミーリアの事。
心配する事は無かったのかもしれない。
「そうでしたか」
「最近は直接ではなく、エミーリアの私物の破損や紛失が増え始めたんだ」
二人きりを望んだのはそういう事か。
先程も『忠告は落ち着き始めた』と言った。
直接だとルドヴィークに告げ口……報告されてしまうと思った令嬢達は、隠れて彼女に対して分からせようとしているらしい。
そこに私が関与しているとルドヴィークは疑っているのだと読み取れる。
「私ではありません」
はっきりと否定したところで彼が私の言葉を信じるとは思えない。
彼は恋人の言葉しか耳に入らないのだから。
「いや、令嬢を疑っているわけではない」
私の言葉を彼が信じていないように、私も彼の言葉を信じるつもりはない。
「では、そういった事は学園側に報告するべきで、私にされても何もできません」
「……あぁ、分かっている。その事は……こちらで解決するつもりだ。今回呼んだのはエミーリアの話ではなく、令嬢の話が聞きたくてだ」
「私ですか? 」
「令嬢は婚約者はいないのか? 」
婚約者という言葉に不安が過る。
「……はい」
「ベルナルトとは幼馴染なのだろう? 」
「いえ。彼とは一度夫人のお茶会でご挨拶をしましたが、それ以降会話した事はありません」
「二人はそれだけなのか? 」
「はい。最近何故か勘違いされることがありますが、令息とは幼馴染という親しい関係ではありません」
「ベルナルトの様子がおかしかったから気になっていたんだ」
「彼の異変と私は一切関係ありませんよ。何か他の事で悩み事があるのではありませんか? 」
「以前から気になっていたのだが、令嬢はベルナルトを避けているように見えるのは私の気のせいか? 」
「……私を嫌悪している方と距離を詰めようとは思いません」
「令嬢を嫌悪? ベルナルトがか? 」
「はい。初対面の時に、私が彼の気に障るような言動をしてしまったようで『友人関係は望まない』とはっきり告げられました。未だに私の何が原因だったのかは分かりませんが、私は彼を苦しめるつもりはありません」
「いや……私からすると令嬢の責任ではないと思う。ベルナルト自身の問題だと私は思うが……」
「そうでしょうか」
「エミーリアから、令嬢はベルナルトとの関係改善を望んでいると聞く。もしよければ私が協力しようと思う」
私が彼との関係改善を望んでいる?
彼女は人の話を聞いていないのか?
それとも私の言葉が理解できなかったのだろうか?
どっちにしろ、迷惑だ。
「エミーリア様にも伝えたのですが、誤解があるようですね。私はリンドフスキー令息との関係を改善する必要はないと思っております」
「必要ない? 令嬢とベルナルトは母同士が友人だと聞くが……」
「はい。母同士は友人ですが、私と彼は友人ではありません」
「一度二人で話し、過去の誤解を解く必要があるんじゃないのか? 」
どうして皆、他人に興味があるのだろうか?
私のことは放っておいてほしいのに。
「必要ありません。嫌いに拍車がかかるだけだと思いますから」
「それが誤解だと思うぞ」
「私はリンドフスキー令息と親しくなりたいとは思いませんし、このまま互いの存在を意識しない距離でいたいと思っております」
「……令嬢はベルナルトが嫌いか? 」
「好きでも嫌いでもありません。強いて言うなら、彼が私の視界に入らないようにしております。彼にも私を視界に入れてほしくありません」
「そんなになのか。正直に話すと、ベルナルトは過去の己の過ちを後悔している。令嬢との関係改善を望んでいるんだ」
「私はお断りさせていただきます」
「そう言わず、一度ベルナルトに弁明の機会を与えてはみないか? 」
「……アルドロヴァンディ王子は、相手の一方的な意見のみで物事を判断するのですか? 私は何度もお断りしております。それなのに、相手が望んでいるからその思いに応えるべきだと? 」
「そんな風に捉えてほしくはないのだが……ベルナルトは私の友人なんだ。友人が悩んでいるのは見過ごせない」
「それであれば、私の友人がアルドロヴァンディ王子を慕っているのでお時間を頂けますか? と言ったら了承を得られるのでしょうか? 」
「……それとこれとは違うだろう」
「私からすると同じですが。拒絶しているにも関わらず、真摯な思いだから気持ちに応えてほしいという事ですよね? 」
「……そうだな。友人の気持ちを優先するあまり、令嬢の事を考えていなかったな。これ以上は何も言わない」
「分かっていただけて何よりです。もしこれ以上お話が無ければ失礼させていただきたいのですが……」
「あぁ。もう十分だ」
私は先に部屋を退出。
ルドヴィークはエミーリアに頼られ仕方なくやって来たのかと思っていたが、友人のベルナルトを心配してだった。
それでも王子の親切は間違いだ。
何故なら初対面で私と『友人関係になりたくない』と宣言したのは彼の方なのだから。
そんな彼が私との関係について悩む事は無い。
悩んでいる事は私とは関係ない事だろう。
それこそ、ルドヴィークとベルナルトは話し合うべきだ。
勝手に動いて、見当違いの解決方法を選んでは余計拗れるだけ。
「そこに私を巻き込まないでよ」




