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ゴローの思い出話2

ゴローの一人称語りが続きます



 火の魔法と聞いて私たちは愕然としました。確かにその魔法を授かれば戦いを勝利に導くでしょう。それはわかります。だけど、それをしてはいけないのです。それは悪魔の魔法ですから。たくさんの人の命を奪うだけの悪い魔法だからです。

「火の魔法を操るには我が授けた名前を名乗らねばならぬ。故にそなたたちの名前を渡してもらう。資格はそれだけである。さあ、火の魔法を授かりたい者は誰ぞ。前に(いずる)がよい」


 私たちは顔を見合わせました。

 悪魔の魔法など、たとえ戦いに勝利できようともいりません。悪魔に魂を売るような真似を誰がするでしょうか。こんなものを貰うくらいならば、私の小さな国など負けてしまっても構わないでしょう。人間らしく生き、人として尊厳を持って死んでいくのなら、その方がずっと美しいはずです。

 私たちはみんなそう思っていました。


「誰もおらぬか」

 魔王は少し寂しげな顔をして言いました。神々しく光りを放つその人は、悪魔の魔法の使い手だと聞いても、とても信じられませんでした。その人がそのように寂しそうな顔をするのを見て、私の心は少し痛みました。もし、誰も火の魔法を要らないと知って怒りを燃やし、私たちに力づくでその魔法を押し付けようとするならば、反発もしたでしょう。だけど、その人は終始穏やかで、哀しそうな表情さえするのです。せっかくの親切を踏みにじったような、こちらが悪いことをしている気にさえなってしまうのでした。


「まあ、良い。我の魔法など誰も必要としていないということがわかっただけだ。きっとこの魔法が欲しいだろうと思ったのだが、思い違いだったようだ。ここまで足を運ばせてしまい、悪かった」

 その人はこともあろうか、私たちに謝ったのです。信じられませんでした。この人の一体何が魔王であり、悪なのかがわかりませんでした。


 すると1人の王が手を挙げたのです。

「魔王様、私はあなた様の火の魔法をいただきたいと存じます」

 そう言って、魔王の前に跪きました。よほどの勇気が要ったでしょう。しかし彼の気持ちもよくわかりました。目の前の優しそうなあの方を失望させたくないという気持ちと、火の魔法を欲しいという気持ちは私にもありますから。


「よいのか。我の魔法は悪の魔法ぞ。そなたの名前を貰い受け、我が授ける名前を名乗らなければならぬぞ」

 魔王は嬉々として魔法を授けるのではなく、悪の魔法を受ける決心があるかを確認しました。ますます悪い方には見えません。


「畏れながら魔王様。火の魔法を授けられたら、私めも悪魔の一員となるのでしょうか」

 魔王の前に跪いている王ではなく、私のそばにいた王が叫びました。

 その質問は、跪いている王に気づいて欲しいからこその叫びだったのでしょう。魔王の魔法を授かれば悪魔の一員となってしまうということに気づき、王として人間として大切なものを守らなければならないことを思い出してもらうためです。


 魔王は静かに、禍々しさなど微塵も感じられない顔をこちらに向けて言いました。

「我は確かに魔王であるが、そなたらに殺戮を命じるようなことはすまい。我の魔法はそなたたちのために使うが良い」


「魔王様、私めは、あなた様にいただく名前を大事にいたします。どうぞ、魔法をお授けください」

 他の王も、魔王の前に跪きました。

 すると魔王はまた優しく言いました。

「無理をすることはない。心ならず名乗れば、我の授ける名はそなたらを苦しめるであろう。納得もせずに魔法を授けようとは思わぬ」

 魔王は本当に私たちに無理強いをするつもりはないようでした。

 逆にこのように注意しなければならないことを、ちゃんと教えてくださっていたのです。だから私も、この魔法を手に入れても良いのではないかという気持ちになっていました。


 するともう一人の王は立ったまま、まだ跪くことのない私たちの方を向いて語り出しました。

「魔王様は、小さな国で戦いに苦しむ私たちのためにこの魔法をくださろうとしているのです。それは、魔王様が戦いを望んでいるわけでも殺戮を望んでいるわけでもなく、勿論お命じなっているわけでもないのです。私たちのために、ただ名前と引き換えに魔法をくださろうとしているだけではないですか。

 魔王様は慈悲深い方だ。私はそう思います。

 火の魔法を授かっても私たちが悪魔になることはないと魔王様はおっしゃいました。いかがですか、私たちはこの魔法をいただき、魔王さまの恩に報いて勝利を得ようではありませんか」


「そうだ、私もお願いいたします」

「私も、魔王様」

「魔王様、私にも魔法をください」

 こうして7人の王が、魔王様の前に跪きました。

「本当に良いのか?我の授ける名を名乗り、火の魔法を使って勝利したいと願うか?」

 魔王様は彼らに優しく問いました。

「はい、魔王様」

 7人の王たちは声を合わせ、誓約しました。

 それを見て魔王様は頷くと、一人ひとりに杓を当て、魔法を授けました。


 それが終わると、魔王様は残った3人、つまり私と先ほど叫んだ王ともう1人の王に向いて言いました。

「そなたたちにはとんだ無駄足をさせてしまったな。我の魔法を受け入れぬからと言って咎めることはせぬ。安心して帰るが良い」

 そう言われると、もったいない気がしてきました。

 もうあの7人は火の魔法を貰ったのです。彼らはきっと戦いに勝利するでしょう。魔法があることは、戦いでは非常に有利なのです。それが、民を率いる王自ら魔法を携えて戦えるとなれば、きっと彼らは負けることはないはずです。


 羨ましく思いました。

 私も火の魔法を欲しました。

 しかし、それは悪魔の魔法。やはり心のどこかでやめた方が良いと警告が聞こえるのです。


 私は考えました。このまま帰ってしまえば、こんなチャンスはもう二度とないでしょう。それに、魔王様は、魔法を授かっても悪に手を染めることはしなくて良いと言われました。魔王様が何かを命令することはないと仰ったのです。ただ、私たちの戦いのために魔法を授けようとしただけなのです。


 だったら、その魔法があっても悪魔に魂を売ったということにはならないような気がします。

「魔王様、私めにも火の魔法をお授けください」

 気が付くと私は、魔王様の前に跪いていました。

 国のために、民のために、これが最善の方法だと思いました。

 こうして私は、火の魔法を手に入れることを決心したのです。




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