彼女の正体
女が「自己紹介しよう」というので、男は仕方なく頷いた。ドラゴンも賛成なのか、前脚を折りたたんで、その上に顔を載せるようなくつろいだ姿勢になっている。
だけど、突然炎を吹いたりしないのだろうか。
男はドラゴンから目が離せずに、まごまごと立ち尽くしていた。
「このドラゴンが怖いの?大丈夫よ、ほら、私の横に座って」
女に促されて、男は渋々そこに座ることにした。できれば穴の出口に近い方に座りたかったのに、そこはドラゴンの大きな身体で遮られていて、そちらには行けなかった。せめて、ドラゴンが炎を吹いても直撃しないようなところに座りたいが、そんなところもない。男はなるべく元来た穴の近くになるように場所をとり、そしていつでも立ち上がって逃げられるように、片足を立てて座った。
「じゃあ、自己紹介ね。私はモン。見ての通りのふつーの女の子よ」
「いやいやいやいや、アンタ自分で言ってるほど普通じゃないよ?耳の位置違うし、尻尾もあるでしょ」
男が目を見開いてモンの耳を指さしている。モンは大慌てで耳を持った。
「あっ、えへへ」
モンがにっこり可愛く笑うと、その高い位置にあったウサギのような耳は、普通の人間の耳の位置と形状に収まった。
「なーっ、魔法使ってんじゃねえか!何もんなんだよ?」
男は初っ端からツッコミ炸裂だった。
「何もんって聞かれても、普通のモンだってば」
「ちょっと上手いこと言ってんじゃねえ。この大陸の普通の人間は魔法なんて使わないんだ」
「そ、そうだけど」モンは少しもじもじした。「じゃあ、誰にも言わないでくれる?」
モンが少し上目使いに言うと、男はドキっとした。
「い、言わねえよ。だいたい大陸に友だちなんていねえんだから」
「そうなの?じゃあ教えるけど、本当に誰にも言わないでほしいの」
「はい」
ドラゴンが静かに頷いた。
「いいから、早く話せよ」
「あのね、私、人間じゃなくて・・・土童っていうの」
「「つちのこ?」」
そんな生物は聞いたことがなかった。
「誰にも言わないでね」
「あ、ああ。分かったけど、土童って何なの?どこにでもいる生物なの?」
男が聞いた。さすがに、土童自身が内緒にしているだけのことはあって、知名度ゼロだ。
「詳しいことは言えないんだけど、地中に住んでいるの。あと、変化の術が使えるだけで、他には魔法は使えないんだけど、人間のふりをして地上で暮らしている土童もいるわ。あんまりいっぱいじゃないけど」
「へえ、知らなかった」
「じゃ、あなたは?名前は?」
モンは自分の話はすぐに切り上げて、男の名前を聞いた。
「お、俺はジェアノラパって名前で」
「じぇあ?」
「ジェアノラパ」
「じぇ・・ぱ?」
「発音難しいのか。ジェイで良いよ」
どうやらモンには、男の名前は聞きとることも発音することもできないようだった。
「ジェイね?うん。ジェイは賢者でしょ?どこから来たの?」
それを言われるとジェイは頭を抱えた。
「うわー、だからさあ、俺は賢者じゃないっての!なんでみんな、俺のこと見ると賢者だって言うんだよ」
「見ればわかりますよ」
ドラゴンが言った。
「見ればわかる?そりゃ、服装はちょっと大陸のやつらとは違うけど、こんなん地方ごとで違いもあるんだから、大したことないだろうが」
「そうじゃなくて・・・」
と、ドラゴンが何かを言おうとした時、
― ドォ――――――ン!!! ―
と物凄い爆発音がした。
「うわ!」「きゃあ!」
ジェイとモンが頭を抱えて叫んだ。
― ドォ――――――ン!!! ―
爆発音は次々聞こえてくる。
「な、なんだ!?」
ジェイは腰を抜かしたようにへなへなと腰を落としたまま、後退さろうと手足をばたつかせた。
ドラゴンが脚を出して低い姿勢のまま洞穴の出口まで顔を出すと外の様子を見た。そうして、すぐに首を引っ込めて二人の方を向いた。
「ドラゴンが来ています」
「ドラゴンって、お前もドラゴンだろうが!」
ジェイが悲鳴のような高い声で叫んだ。
「そうですけど、金色のドラゴンですよ」
「げっ」
≪昨日のヤツだ≫
「森じゅうの木に火をつけています」
「まじで~?くそ、逃げなきゃっ」
森じゅうの木に火を付けられては、危険だ。しかしどこへ。
「もうあちこちで火が回っています。こんな中逃げるのは逆に危険ですよ。この洞穴にいれば安全ですから」
ドラゴンが冷静に話すのをジェイが遮った。
「アホか!森じゅうの木が燃えてるのにこんな穴に居たら、蒸し焼きじゃねえか!俺は単なる人間なんだ。お前たちと一緒にすんな!」
ジェイは立ち上がり、ドラゴンの横を通って穴の出口に走って行った。
そして外を見て呆然とした。
「そ、そんな・・・」
すでにこの洞窟のそばまで火は回っていた。逃げ道を探そうにも、見たこともないような火の海の真っただ中だ。この洞窟が無事なのが奇跡だった。
ジェイはあまりの熱さに、顔を引っ込めた。
「向こう側なら大丈夫かもしれない」
この洞窟の向こう側、つまり入ってきた方ならばまだ火が回っていないかもしれないと、ジェイは穴の奥へと行こうとした。
「待ってください。そっちは私は通れません」ドラゴンが言った。
「なーんでお前も一緒に来る気なんだよ。お前は熱くても大丈夫な身体だろうが」
「えっ、ジェイ1人で行っちゃう気なの?私たち、友だちになったばかりじゃない」
モンが可愛く口を挟んだ。
ジェイはグッと言葉に詰まった。なーんかこのモンは可愛らしいのだ。無下にしたくない。そうは言っても、今の言葉は聞き捨てならない。
「いやいや、え?友だち?え?」
そんな話しだったか?名前を教えただけじゃないか。しかも、ドラゴンのことはまだひとつも情報なしだ。
「私たちを置いて行かないでしょう?」
モンが詰め寄る。
「いや、その。いや、え?一緒に行く気?」
「良いわよ、一緒に行きましょうよ。こっちよ」
訳がわからない。
モンは一体どうする気なのだろうか。だいたい、ジェイはいつだって1人だったのだ。友だちだって1人もいない。誰かと話すことなんてほとんどないのだ。それなのに、ただ、この洞窟で今、会ったばかりの、今、自己紹介しただけのこの人間じゃない奴らと、どういうわけか、一緒に逃げるというはめになってしまったのだった。




