エピローグ:モンの思い出話
あたしがまだ小娘だった時、森の中に黒いドラゴンを見つけた。ドラゴンは意味もなく炎を吐いては、何もかもを焼いてしまうから大っ嫌い。そう思っていた。
だけどその黒いドラゴンは、炎を吐かないし、歌ったり寝そべったりするだけで、のんびりと生きていた。
こんなドラゴンもいるのかしら、と不思議に思ってずっと観察していた。
黒いドラゴンは歌ったり泣いたり、泣いたり、泣いたり・・・よく泣いた。泣き虫ドラゴンだった。
あたしはすごくそのドラゴンに興味が湧いた。ドラゴンはとても優しかった。あたしたちの大切な土をむやみに焼いたりしないで、小さな動物や昆虫にも親切だった。
ある日、ドラゴンが森の洞窟で眠っていると額に賢者の印を持った若者がやってきた。賢者がドラゴンを殺してしまうと思ったあたしは、つい、声をかけてドラゴンを助けてしまった。
だけど、結局賢者はドラゴンを殺さなかったし、最後にはドラゴンを人間に戻してあげた。
あたしたちはとっても仲良くなったけれど、すぐにドラゴンとはお別れになった。
○○○
ジェイは額の賢者の印をドラゴンにあげたので、パッと見は賢者だとはわからなくなった。
「俺、普通の人間になれたみたいだ」
ジェイは嬉しそうだった。もう、誰に会っても「賢者様!」と声をかけられることはなくなった。だけど、あたしは思う。賢者の印をメルドメトゥルにあげてしまった今のジェイのほうが、額に印をつけていた頃のジェイよりもずっと賢者になっている。
だって、魔法も上手になったし、人と接するのも上手くなったと思う。それになによりも、彼は色んなことを知っていた。あとになって聞いたけれど、ジェイの歳はメルドメトゥルと同じくらいだった。それだけ長く生きていたら、歴史も、生きる術も、何でも知っていて不思議じゃない。結局彼は、本当に賢者だったんだわ。
あたしたちは、長命の種族同士、長い間一緒に旅をした。困ったことがあると、彼の口癖の「まじで~?」ってイヤそ~顔をしながらも、いつも彼はその不思議な知恵で乗り越えた。それは知っていることがたくさんあるから乗り越えられたっていうよりは、彼の優しい性格のおかげだったんだろうな、って思う。
それだけ人格的にも優れていて、知恵もあるっていうのに、彼がもう賢者だと思われなかった理由は、なにも額に印がなくなったからだけではない気がした。だって、手の甲にはまだムヴュがあったんだから、手の甲の星が光っていたら賢者だって気づかれるはずじゃない。
ちょっと小難しいことを言ったり偉そうな態度をとったり、威厳のある振る舞いから正反対のところにいるジェイは、額のムヴュがなくなっただけで、賢者だと知られることはなくなって、とにかくホッとしていたみたい。
だいたい、あれからもうドラゴンに襲われることはなくなった。
それをジェイが
「最近ドラゴンを見かけない」
なんて言い出したから、びっくりしちゃったわ。
だって、ゴローが言ったことを思い出してみてよ。
10人の王様が魔王に招かれて、そのうちゴローを入れて9人が魔法をもらったでしょ?すぐに1人が死んでしまったから、ドラゴンになったのは8人だったはず。
ジェイが水に濡れたシャツでドラゴンを初めて捕まえてから、彼は5頭のドラゴンと戦ったのを私は覚えている。
それから、自分から死にたかったドラゴンと、ゴローを合わせて7頭。
あとは、途中の町で「昔ドラゴンを捕まえて殺した」という話を聞いたから、それで8頭でしょ?
もうドラゴンはいないのよ。
こういうことに気づかないのが、ジェイなのよね。まあ、このくらい抜けているほうが人間味があって良いと思うけど。
それから200年が経って、ジェイは素敵な老人になった。
彼は死ぬ間際に、あたしの右手のひらを彼の右手の甲に当てて、彼のムヴュをくれた。
「君に持っていてもらいたい。そして君があっちに着いたら、俺とメルドメトゥルを探してくれ」
「うん。あなたたちならすぐに見つけられるわ」
あたしがそう言うと、彼はあたしの頬にそっと触れた。
「幸せだったよ」
そして彼は、左手の甲のムヴュだけを持って安息の地へと旅立って行った。
心から大切に思う人に与え、正しい道に導くという賢者の印“ムヴュ”。あなたの大切な人にしてくれて嬉しかった。
そして、あたしも幸せだった。
あたしがあっちに行くとき、きっと彼らは笑顔であたしを迎えてくれる。そしてきっとこう言うんだわ。
「遅い!」ってね。
あたしの命が尽きるまで、まだあと数百年もあるけれど、それでも彼らは待っていてくれて、喜んで迎え入れてくれることがわかる。
あたしは、彼らに再び会える日を思い描きながら、土の中へ帰って行った。
これにて完結となります。
お付き合いいただきありがとうございました。




