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ゴローの死



 金色のドラゴンは空中で命が尽きたのだろう。背中を下にしたまま落下した。そして力なく地面に叩きつけられ、その振動で大地は揺れた。

 低木をなぎ倒し、土煙を巻きあげたそこには落ちた金色のドラゴンの影しか見えない。

「ゴロー!ゴロー!」

 ゴローの姿がないのだ。ジェイは大声で叫びながらゴローを探したが、黒いドラゴンはどこにもいなかった。


 土煙の中に金色のドラゴンが横たわっている、そこまでジェイは走って行った。

 もう命が尽きているのがわかるほどに、その金色は鈍く、皮膚はカサカサと萎れていた。そして、ジェイはそこに、見つけたのだ。

 ドラゴンの腹の上に、裸の人間が倒れているのを。

 ジェイは目を見開き、両手を震わせた。


≪人間に戻った≫

「ゴロー!」

 ジェイはすぐにゴローを手元に引き寄せた。ドラゴンの腹の上ではゴローのようすがわからないからだ。それに、あんなに臭くて嫌なところにゴローを載せておきたくなかった。

 自分の足元にゴローを横たえると、すぐに自分の上着をかけた。

「ああっ」

 ジェイはゴローの左腕がないことに気づいた。ゴローの命だ。それがなければゴローは死ぬ。


 しかし、ゴローはまだかすかに息があった。

 ジェイはすぐにゴローの左腕を探した。ドラゴンの腹の上にはなく、それは藪に引っ掛かっていた。それを持つとまたゴローのところに戻った。

「ゴロー、今、腕を付けてやる。大丈夫だ。まだ、死なないから」

 ジェイはゴローの左腕についた砂をはらうと、腕がくっつくように置いた。そして魔法を発しようとした時、ゴローが目を開けた。


「い、んです。ジェイ、つけなく、て」

「何言ってるんだ。大丈夫、俺の魔法なら、骨も血管も神経も全部ちゃんとくっつくから、安心しろ。大丈夫だ」

「いえ、も・・・ドラゴンには、なりたく、ない」

「でも。もう大丈夫だ。きっと、ドラゴンにはならないから。俺を、」

「いいえ・・・いいん、です」

 それでも、ジェイはわかった。ゴローはやっと人間になれたのだ。彼は喜んでいるのだ。だから、目の前に死が迫っているのを受け入れていた。


「ジェイ、私を見てください」

 ゴローはしっかりと目を開き、ジェイの瞳を見つめた。

 ジェイが見ると、その目は黒く美しかった。顔はまだあどけなく、青年にさしかかったくらいの少年にすら見えた。

「ご・・・」

「私の名前は、メルドメトゥル。そう呼んでください」

 そう言って、王は微笑んだ。

 魔王につけられた名前はもう名乗らなくて良い。自分の名前を取り戻したのだ。


「メルドメトゥル」

 ジェイが言うと、王は頷いた。

「私は人間に戻れました。だけどジェイ、私は怖い」

 ジェイは、苦しそうに話し続けるメルドメトゥルの右手を握った。浅い息を吐き、王は話し続けた。

「私は魔王のしもべとなりたくさんの大切な人を死なせました。私には、安息の地への道が見えません。黄泉(よみ)へと下る暗い道が私の前に見えるのです。

 ジェイ・・・私は、この道を下るのが恐ろしい」

 姿は人間に戻れても、死を目の前にして、メルドメトゥルの前には黄泉への道しか見えなかった。


 ジェイは首を振った。

「お前は俺を助けてくれたじゃないか。俺の大切な友だちだ。俺を助けてくれたなら、お前は黄泉に下らなくたっていい」

「でも、もう」

「大丈夫だ。メルドメトゥル。俺が安息の地への道を知っている。俺が導くから俺の光りを見ろ」

「見えません、ジェイ・・・」

 メルドメトゥルは目を瞑った。もう命が消えようとしている。暗い道を歩こうとその一歩を踏み出しているのかもしれない。

「もう、なにも」


 その時、ジェイはメルドメトゥルの右手を自分の額に付けた。手のひらにムヴュを押し付けるようにしてジッと目を瞑った。

 そしてメルドメトゥルの手を離すと、ジェイの額の賢者の印がなくなっていた。

「俺のムヴュをやるから、先に行ってろ」

 メルドメトゥルは小さく頷いた。

「ああ・・・ジェイの、賢者の光りが見えます」

「そうだ。それをやるから、ついていけば良い。ちゃんと安息の地に連れていくから」

「はい」

 メルドメトゥルは口の端を少し上げた。

 そしてもう、動かなかった。

 いつの間にかモンがそばにいて、ジェイとモンとでメルドメトゥルの手を握り、彼を送り出した。


 息絶えたメルドメトゥルの口が微かに開き、そこから小さな星が光り輝きながら現れた。そして、ゆっくりと空へと上って行った。

「あなたのムヴュとゴ、メルドメトゥルの命ね」

 モンが呟いた。

 ジェイが頷いた。

「聞いたことがあるわ。賢者の印は大切な人を正しい道に導くって」

「そうだ。メルドメトゥルは俺の大切な・・・一番大切な友だ。お前は一番の友だちだよ」

 ジェイはそう言うと、メルドメトゥルの命の光りが空に吸い込まれていくのを、名残惜しそうにずっと見ていた。

≪俺もそこに行くとき、俺のムヴュとお前の魂を必ず見つけるから≫


 ジェイのムヴュをジェイが見つけられないはずがない。ジェイが死ぬとき、またメルドメトゥルに会えるのを、ジェイは知っていた。

 だけど、今は会えない。それがとても寂しかった。




お読みくださいましてありがとうございます。

次回エピローグを持ちまして完結となります。今までお付き合いくださいましてありがとうございました。


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