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横穴の中



 夜が明けて、森の中にも少しずつ日が差しこんできた。穴の底で気を失って寝込んでいた男に直接陽が当たるわけではないが、朝日がどこからともなく零れてくる。その光りに目を覚ました。


「う・・・?」

 なぜこんなところで寝ていたのか、ぼんやりと考え、体を起こそうとして背中の激痛で全てを思い出した。

「いっっっっっっ・・・たああー!」

≪助かったのか。俺って日頃の行いが良いから当然だな≫


 痛む背中を庇いながらそろそろと身を起こし、そうして自分を守ってくれた穴をゆっくりと見回して観察した。


 森の上から見たときは、古井戸のように見えた穴であったが、実際自分がいるところは、直径3メートルもある大きな穴だった。しかも深さも5メートルくらいはあるだろう。この土の壁を上れる気がしない。


 一か所、上から水がタラタラと流れ込んでいて、小さな滝壺のような水たまりがある。そこから、水は細い川となって流れていた。流れる先はその穴から横に伸びる洞穴のようだ。

「へえ、横穴になってら。地下水脈かな?」

 横穴の入口は男の背丈ほどの高さで、あまり広くはないが人が通り抜けるには困らない大きさがあった。


 男は自分が落ちてきた穴の入口を見上げ、それから川が流れ込んでいる横穴の入口を見た。交互にみやって、考える。

「ここを素手で上るのは無理そうだし、横穴(ここ)からどこか地上に繋がってるかもしれないよな」

 行ってみるか。と横穴へ入ることにした。


 ドラゴンから逃れて旅をしている身としては、穴の底に落ちたところでドラゴンには見つからないのだから、別段困らない。むしろ、ここに住むことができるのなら、誰も来ない森の穴の底で暮らすことなど全く気にはならなかった。


 そうは言っても、見てみないことにはどんな横穴なのかわからない。

 うまく魚でもいれば、食べ物の心配もないが、こんな暗いところに植物は育たないだろうし、魚がいる可能性も低い。きっとこの穴を抜けて、また地上に出なければならないだろう。

 そう考えながらも怖がることなく、男は横穴に入って行った。


 中は思ったよりも広く、足元はゴツゴツとした石が多かったものの、意外と歩きやすかった。

「しかし暗いな」

 明かりはない。松明も持たずに洞穴に入ってしまったために、入口から洩れてくる少しの光りしか頼るものがない。それもどんどん遠ざかろうとしている。暗いところに目は慣れてきたが、これからどんどん暗くなるはずだ。どうしたものか。

 ザクザクと小石を踏みながら、男は小川に導かれるように奥へと進んで行った。


 入口から100メートルくらいは入っただろうか。そろそろもう、目が効かない。引き返そうかと一度立ち止まった。振り向いて見ると洞穴の入口が随分と小さく光っている。

「もっと続いていると思うけどなあ。暗いし」

 しかし火をつけるのが面倒である。


 考え込んでいると、洞穴の奥の方から風が吹いてくるのを感じた。少し暖かく感じる。

「外の風かな。やっぱり抜けられるはずだ」

 どうやら洞穴は外へと通じているようだ。やはり先へ行くために明かりを点けようと思った時だった。


― コー・・・ ―


 聞きなれない音がした。

 男は身を硬くして、耳を澄ませた。今一度聞こえた音は、何だ。空耳か、川の音か、石の音か、それとも・・・


― コー・・・ ―


「な、なんだ」

 つい緊張して変な吐息が漏れる。そう、男は怖がりなのだ。その証拠にすでに両手の甲が光っている。明かりを点けなくても良さそうだ。

 手の甲を洞穴の奥へとかざすようにしてジッと見つめるが、何か動物などがいる様子はない。何も見えず、ただ、広い洞穴が続いているのが見えるだけだ。


 戻るか。

 キョロキョロと後ろを見る。しかし、体の向きを完全に入ってきた方へと反転させることはできなかった。何がいるかもわからないのに、背中を向けるなどできない。それはそれで怖いのだ。


≪きっと、石か何かが転がった音だ≫

 無理に自分に言い聞かせ、男は先に進むことにした。戻ったところで、あの高さを上れないのはわかっている。だったら、とにかくちゃんとした「出口」を探さなければならない。

 男は足元の小石がじゃりじゃりと音を出さないように、男の横をちょろちょろと流れる小川の音より大きな音をたてまいと、慎重に歩いた。


 穴はだんだん広くなり、川は途切れて地中に潜ってしまった。

向こうから吹いてくる風が時折はっきりと吹き付けてくる。それに穴が地上に向かっているようで、少し上り坂になってきた。これならきっともうすぐに森のどこかへ出られるだろう。


― コー・・・ ―


 音は時々響くが、それ以外はなにもなかった。

 慎重にゆっくりと10分も歩いただろうか。ふと、広いところへ出た。そしてそこは少し明るかった。向こうから光りが差しているのがわかる。明るくなるとホッとするものである。


 ところが男はギクリと身を強張らせた。

 向こうから差してくる光りの中に、くっきりと大きな影が見えたのだ。黒い影は、明らかに息づいていた。ゆっくりと上下するその影。

≪なんだ、アレ?≫

 あれが何かがわからないと、とにかく怖い。


 男は息を潜め、洞穴の壁にへばりつくようにしながら、ゆっくりと近づいて行った。向こうは外であることはもう分かっていた。向こうの洞穴の出口から光りが入っているのだ。あれは絶対に外だ。

しかし、外に出るにはあの物体の脇を通らなければならない。

 だから、この息づく塊が何なのか、見極めたい。


 その塊は真っ黒で、少し光沢がある。高さは2メートルくらい。幅は、3、いや4メートルくらいはありそうだ。ちょっとした小山のようで、かなり大きい。それが上下に息づいているのだ。


― コー・・・ ―


 時折聞こえる音はこれだ。

≪寝息?これ、黒いけど、まさか≫

 ドラゴンは普通、金色をしているが、ドラゴンのように見える。しかし黒い。どちらにしろ、こんなでっかい生物が目を覚ましたらえらいことだ。


 男は息を詰めるようにしながら、壁に背をあずけ横歩きで少しずつ出口へと進んで行くことにした。

 気になって、目が離せない。

 よく見れば、どうやら羽をたたんでいる状態なのが分かる。顔は向こう側だろう。こっちには尻尾のようなものが無造作に落ちていて、時々ピクリと動く。


≪起きるなよ≫

 ドキドキと体中が脈打つような気がする。早くここを通り抜けたいが、音を立てるわけにもいかない。静かに、早く、外はもうすぐだ。

 そう思いながら、もどかしく壁を伝っていると、


― コッ ―


 あの音が途切れた。そして、黒い塊の向こう側がムクりと起き上がったのだった。




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