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ゴローの対話



 ジェイは短剣を振り上げた手を止めてゴローの方へ振り返った。しかし完全にゴローの方を向いてしまうと、縛られているとはいえまだ生きて動いているドラゴンに倒されてしまう。こんなのにのしかかられたらそれだけで圧死できる自信があった。

「なにっ!?」

 ドラゴンを前にいっぱいいっぱいになっているジェイは、短剣を刺すことはやめたものの、ドラゴンから目を離すことをせずになんとか(こら)えた。

「そのドラゴンと話をさせてください」

「話し、できるのか?」

 前にドラゴンにとどめを刺す前にゴローに聞いた時は、ドラゴンと話すことは無駄だというような雰囲気だったのに。

「なんとなく」

≪なんとなくかい≫


 それでも、ゴローの言いたいこともわかった。ゴローはゴローなりに、人間に戻るための方法を探しているのだ。

 以前のドラゴンでは言葉が通じなかったかもしれないけれど、このドラゴンは違うかもしれない。ドラゴンとひと口に言ったって、ゴローのように言葉の通じるドラゴンもいるのだから、それぞれ違うのだろう。

「わかった」

 ジェイは慎重にドラゴンから離れると、その背中の方へ回った。短剣はしまわず、手に持ったままだ。

 ゴローがドラゴンに近づき、臭いを嗅ぐように顔を寄せた。


― グルル ―


 途端に響く金色のドラゴンの低いうなり声。首を大きく振って威嚇するようにゴローを見て唸る。

≪うわ、怖え≫

 ジェイは今までにないほどに恐怖を感じた。

 至近距離だからというだけではない。ゴローがいるせいもあるだろう。


 無力な人間を殺すのと違い、ドラゴンを前にして、金色のドラゴンの凶暴性はますます膨れ上がるのではないだろうか。ゴローが近づくたびに、その凶悪さがドラゴンの皮膚からにじみ出てくるようだ。

 翼を縛られているとはいえ、前脚を地面に着き、ジリジリと身構える金色のドラゴンを見ていると、たとえ短剣を持っていても容易に殺されるような気になる。それくらい、ドラゴンは強い生き物なのだ。


 しかしゴローも負けてはいなかった。金色ではなくてもゴローもドラゴン。ゆっくりと、まるでその目で見つめるだけで射殺すかのような気配を醸し出して近づいてくるゴローは、今までジェイが知っているゴローとは違った。

 どちらのものかはわからない、低い唸り声が響く。決して大きくはないが、腹に響く唸り声が背筋を冷やす。


 2頭のドラゴンは、ゆっくりジリジリと近づいてゆき、お互いを睨みつけながら歩いた。

 ゴローが右に寄れば、金色のドラゴンも右に一歩を踏み出す。睨み合い、間合いをとってゆっくりと廻り出す。一触即発とはこういうことを言うのだろう。

 お互いの前脚が届くか届かないかという絶妙な距離を保ちながら廻る2頭を、ジェイは息もできずに見守っていた。

 これは、会話なのだろうか。

 それとも戦いなのだろうか。

 ジェイには手を出すことはできない、ドラゴンの世界だ。


― グルル ―


 金色のドラゴンが、口の端を持ち上げるようにして唸った。その口の中に火が見える。しかし、その口はジェイの縄でしっかりと縛られているので、火を吐くことはない。ただ橙の炎の先がチラリと見えるだけだ。

 それに触発されるように、ゴローの口が薄っすらと開いた。

 その口の中には、炎があった。

「ゴロー、ダメだ」

 すぐにジェイが呟いた。炎を吐いてはダメだ。理性を失って人間らしさを失くしてしまう。それはわかっていることだ。

 大事な人たちを、理性を失くしている間に自分の手で殺してしまうことは、もう二度とあってはならないと、ゴローが言っていたのだ。


 ゴローはジェイの小さな声で我に返り、口の中の炎を消した。それでも、その目は金色のドラゴンを睨んだままだった。

 炎を出すことはしない。

 だけど、2頭のドラゴンの迫力は増した。その緊張が高まったのがジェイにも感じられた。

 その刹那、ゴローが翼で地面を叩き、金色のドラゴンに突進した。

 金色のドラゴンは、翼を広げて飛ぼうとしたのだろう。大きく身を捩り、翼を持ち上げようともがいた。

 しかし、金色のドラゴンは飛ぶことも、炎を吐くこともできず、ただ自ら地面に転がった。

 ドラゴンの大きな躰が地面に叩きつけられるのと同時に、ゴローは爪を出して、金色のドラゴンの左前脚に切りつけた。


― ブシュー ―


 巨体を地面に叩きつける音と砂の巻きあがる音。そこに、金色のドラゴンの血が吹き出す音が重なった。

 砂で見えにくいとはいえ、ドラゴンの黒い血は鮮やかに地面を濡らす。全てのものを漆黒で染めようとするかのように裂けた左前脚から血が吹き出すと、悪臭が立ち込めた。

 ジェイがえづいて蹲る。

 その横で、金色のドラゴンの躰はみるみるうちに干からびていった。体中の血が抜けてしまったようにひと回り小さくなると、まるで化石のように風化してそこに横たわっていた。


「死んだ」

 ジェイが呟くと、金色のドラゴンの骸の向こうでゴローがビクりと動いた。ゴローはなにか震えているように見える。

「ゴロー?大丈夫か」

 あの時、ゴローが切りつけた時に、ゴローもやられていたのだろうか。どこか怪我をしているのではないだろうか。

 ゴローは先ほどとは違う、虚ろな目でジェイの方を向いた。

「いえ・・・返り血を浴びたので・・・洗ってきます」

 そう言うと、ゴローは荒れ地を歩き出した。



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