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モンを待って



 暗くなった空に飛びあがったゴローの姿は、地上からはすぐに見えなくなった。金色のドラゴンと違い、ゴローは真っ黒だからだ。

 それを良いことにゴローは荒れ地を見渡すと、すぐに地上に降りた。あまり遠くへ行ってしまうと、モンと合流できなくなってしまう。

「ゴローありがとう」

 地上に降り立つと、ジェイはすぐにゴローの背中から下りた。

「モンを探しに戻るか?」

 ジェイが言うと、ゴローは頭を振った。

「いえ、きっとモンはここまで来てくれますよ」

「来てくれるかあ?」

「はい。前にも来てくれたじゃないですか。モンはああ見えて、すごい子ですよ」

「そうかもな」


 二人はもう真っ暗になった荒れ地にひっそりと立っているひしゃげた木の下にたどり着くと、腰を下ろした。

 辺りを見渡しても、何もない荒れ地だ。ただ、ジェイのムヴュだけが少しの光りを発している。あとは空に星が瞬いているだけだ。ジェイは額の布を巻きなおしながら、キョロキョロと周囲を見てみた。

「おーい、モーン。ここだぞー」

 小さな声で呼んでみたが、勿論返事はない。


「早く来ないと寝ちゃうぞー」

「ジェイ、眠そうですね」

 ゴローがジェイの顔を覗き込むと、ジェイはもう目も開かないほどだった。

「うん、眠い。ていうかさー・・・」

「なんですか。って、喋りながら寝ないでくださいよ!ほら、起きて!」

 ゴローは、木に背中をもたせ掛けて目を瞑っているジェイの顔をその大きな手でポフポフと叩いて起こそうとする。

「んっ、爪、爪、痛えって」

「爪なんて出していませんよ」

 ジェイは自分の顔を叩こうとしているゴローの手を両手で掴んだ。自分の顔よりも大きな肉厚のゴローの手を目の前に持って来てマジマジと見ると

「ほら、爪!あるじゃねえか」

 と、横目で睨んでみせた。

「出してません。そりゃ、ちょっとははみ出ていますけど、ホントに爪を出すと」


― シャキン ―


 と、音を立てるようにして、ゴローの手に鋭く尖った爪が現れた。ジェイの短剣よりもずっと冷たくて切れ味がよさそうだ。

「うわっ、あぶね!」

「目が覚めましたか」

 ジェイはゴローの手を掴んだまま、恐る恐る爪の先を触っていた。黒いドラゴンではあるが、爪だけは金色だった。


「覚めた覚めた。爪すげえな。ていうかさー・・・お前って空飛べるんだな」

「飛べますよ。ドラゴンですから」

「そうだよな。忘れてた」

「忘れてたって、なんだと思ってたんですか」

 ゴローが爪をしまい、前脚を身体の下に丸めながら聞いた。

「なんだと、って、人間だと思ってたよ」

「この大きさを見て人間だと思ってたんですか。ジェイは呑気ですねえ」

 ゴローは嬉しそうに目を細めた。

 大きなドラゴンになっても、ジェイは人間だと思って接してくれていたことが、思いのほか嬉しかった。


「しかし、モンはまだかな。あー、つっかれた」

 ジェイは、そんなゴローのようすなど気づかずに、欠伸(あくび)をしながら言った。また瞼が落ちてしまいそうだ。

「そうですね。ちょっと手ごわかったですね」

 今日はゴローも一緒に戦ってくれた。きっと疲れていることだろう。ジェイのそばでとぐろを巻くようにして落ち着いていた。

「そ。すっげえ力が強くてさ、魔法が撥ねつけられてさ」


「途中から、魔法を言ってませんでしたね」

「余裕なくて。いや、でも、あれって、無詠唱魔法だよな」

 ジェイは急に目を覚ましたように、キョロリと目を見開いた。

「無詠唱魔法?」

「口に出さなくても魔法が発動することだよ。あれ、俺ってもしかして上達してる?」

「なに、ニヤニヤしてるんですか」

「いやあ、だって」

 手ごわいドラゴンと戦ったことで、期せずして無詠唱魔法ができるようになったことに気づき、ジェイは嬉しさがこみ上げてきた。

「気持ちの悪い賢者様ですねえ」

「あ、お前、気持ち悪いって」

 と、二人がじゃれているところに、声が聞こえた。


「おーい!」

「「モンだ!」」

 二人は立ち上がり、モンの小さな姿を探した。

「こっちよー」

≪あんな小さいの、この暗さで見つけられるはずがない≫

「声はすれども姿は見えず」

「屁じゃないから!」

 ジェイの言葉を遮るように笑いながら、モンは二人のいる木の根元まで走って来てくれた。

「迎えに来てくれてありがとうございます」

「お前、さすがだなあ」

「屁じゃないから!」

 どうやらモンは、自分がおなら扱いされたくないことをきちんと伝えたいらしい。ジェイとゴローが「はいはい」と頷くまで「屁じゃないから!」と言い続けた。

 やっとメンツが揃うと3人は笑い合った。


「それにしても、モンはよく私たちの居場所がわかりますねえ」

 ゴローが感心して言うと、モンは“屁”の話しを切り上げた。

「置いて行かないでほしいわ、まったくぅ」

 そうは言っても、二人が飛んで行ってしまったのは仕方がないことだとちゃんとわかっていた。


「今日はここで寝る?それとも地下に潜る?」

「地下に入れてくれ。今日は疲れた」

「私も疲れました。地下で休みたいです」

 二人が地下で休みたがったので、モンはとても嬉しそうな顔をした。普段地上で生活するはずのジェイとゴローが、地下で休みたいと言ったのだ。地上よりも地下の方が休まるという意味にとれる。

「いいわよ、ちゃんと道ができてるから。さ、こっちよ」

 モンの案内で、3人は地下に潜った。夜を迎えた地上よりも、地下の方が少し温かく感じられた。ほんのりとジェイのムヴュが地下の穴を照らしていて、それがまた心地良い。


 地下に降りると、安心したのか、ジェイはすぐに横になって眠ってしまった。ゴローも疲れていたので、ジェイの隣で横になるとスウスウと寝息をたてはじめた。

「二人とも、よく頑張ったね」

 真っ暗になった地下の道で、モンが二人に声をかけても、ジェイもゴローもすでに夢の中だった。



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